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#88 杉本正

#88 杉本正 - Tadashi Sugimoto

投手コーチ、左投左打
1980年ドラフト3位
御殿場西高~大昭和製紙~西武ライオンズ~中日~ダイエー
静岡県出身、1959年5月3日生、172cm / 80kg
今季2012年の1軍投手コーチには、杉本正コーチが就任することになっている。恐らく2月から始まる春季キャンプでは、厳しく若き投手陣を指導していくのだろう。だがその杉本コーチ、インターネット上ではその評価はあまり芳しくはない。それは恐らくホークス、ベイスターズでのコーチ時代のチーム防御率が良くなかったためだろう。だがコーチの能力を過去の数字だけで判断することはできない。例えば本当にチーム防御率が悪化した年であっても、投手陣に故障者が多ければ仕方がないという見方もできる。もちろんそんな状況であっても結果が求められるのがプロのコーチではあるのだが。

西武ファンの中にも恐らく杉本コーチを歓迎していない人々がいるのだろう。だが筆者はそれほどは心配はしておらず、それよりもむしろ歓迎しているほどだ。ホークスやベイスターズ時代の杉本コーチは、まだまだチーフ投手コーチとしての経験が浅かった。だが今や杉本コーチの経験は豊富なものとなっている。韓国でも投手コーチを経験し、昨季は楽天イーグルスでスカウトも勤めていた。コーチとして最も重要な「見る」能力は、かなり培われたのではないだろうか。

もし杉本コーチがネット上でバッシングを受けているように、本当にコーチとして無能であったならば、果たして西武球団は杉本コーチの招聘を考えただろうか?そして渡辺久信監督も杉本コーチの招聘に賛成をしただろうか?いや、しなかったはずだ。こうして球団、監督が迎え入れたということは、杉本コーチのコーチング能力を評価しているという表れだ。杉本コーチはきっと期待に応えるだけのコーチングを見せてくれるはずだ。

さて、西武球団がなぜ杉本コーチの招聘を考えたのかと言えば、それは明らかに先発サウスポーを育成してもらうためだと言える。帆足和幸投手の去った今、ライオンズにローテーションが確約されたサウスポーは1人もいない。石井一久投手は筆頭ではあるが、昨季後半はリリーフ待機したことから、今季は先発を目指すものの先発だけにこだわることはないと明言している。そして菊池雄星投手にしてもまだまだ発展途上だ。

杉本コーチの命題は、チームを優勝に導くことと、先発サウスポーの早急な育成にある。こうして考えると、先発サウスポーを確立させることができれば、それだけ優勝に近づくと言うこともできるだろう。石井・菊池両投手だけではなく、武隈祥太投手の覚醒、小石博孝投手の飛躍、星野智樹投手の復活にも杉本コーチには助力してもらいたい。

杉本コーチは西武コーチ時代、森繁和コーチ、加藤初コーチ、そしてさらには東尾修監督の元でコーチ経験を積んでいる。今季投手陣の故障者を減らすことができれば、杉本コーチはその時の経験を、今季最大限活かすことができるだろう。とにかく杉本コーチには石井貴コーチと力を合わせ、投手力で勝てるチームにライオンズを高めて行ってもらいたい!

2012年01月31日 13:43

今季まさに背水にある高山久選手と大島裕行選手

ライオンズには続々と有望新人、外国人選手が入団してきている。その中でも注目すべきなのは、外野のポジション争いだろう。捕手・内野陣とは異なり、外野争いにはまだまだ大きなチャンスが残されている。外野のレギュラーは現在栗山巧選手のみで、3分の2がまだ空いている状態だ。守備力を考えれば、秋山翔吾選手の固定も考えられるし、スイッチ転向が上手く行けば熊代聖人選手もレギュラーを十分に狙える。さらには内野に空席がなければ、昨年同様浅村栄斗選手が外野に回ることも考えられるだろう。

だが今回は彼らのような有望な若手選手ではなく、もはや背水状態であるとも言える選手にスポットを当てて行きたい。つまり高山久選手大島裕行選手の2人だ。

彼らは99年、共に将来を嘱望されてライオンズに入団した。高山選手がドラフト1位で、大島選手が3位指名だった。2人とも高卒ルーキーとして入団した同世代で、高山選手はかつて秋山幸二選手が背負った1番を与えられ、大島選手はかつては小関竜也選手が背負い、イチロー選手の活躍により価値の高まっていた51番が与えられた。しかし高山選手はその後1番を剥奪され44番となり、大島選手も小関選手のような活躍は今なお見せることができていない。

筆者は2人を見ていても、確固たる自信を感じることができない。もちろん1軍で継続的に結果を残せていない選手が自信を持つことは不可能だ。しかしプロで何年も野球を続けている2人なのだから、「今までやってきたことを普通にやれば、必ず活躍できる」とは思っていて欲しい。だがそれを2人から感じ取ることが、筆者にはできずにいる。具体的に話すと、高山選手にしても大島選手にしても、結果が持続しないとすぐに打撃フォームをいじる傾向があるのだ。

高山選手は2010年、まるで落合博満選手のような神主打法でブレイクの兆しを見せ、自己最多の116試合で.291という打率を残した。2011年は一気にレギュラー獲りかとも期待されたが、しかし結果は僅か19試合の出場で打率は.196という低さに終わった。せっかく2010年にブレイクしかけたにも関わらず、2011年にはまた違った打撃フォームになっていた。基本的には神主打法なのだが、タイミングの取り方や振り出しなどが、2010年とはもうすでに異なるものとなっていたのだ。もちろんこのような変更をするにはそれなりの理由があるのだとは思うが、しかし1年でここまで変えていく必要はないのではと、筆者は見ていて思った。

大島選手にしてもやはり、バットを立てたり寝かせたりと比較的忙しない。なかなか結果を残すことができず、藁にもすがる思いで色々と試してみたいと思う気持ちはよく分かる。しかし現実はそうではならない。プロである限りはもっと信念を持ち、自分が本当に良いと感じた打撃フォームであるならば、それをとことん追求していくべきだ。そもそも大島選手は、栗山巧選手のようなショートヒッターになりたいのか、中島裕之選手のようなギャップヒッターになりたいのか、はたまた中村剛也選手のようなロングヒッターになりたいのか、それが筆者にはハッキリ見えてこない。ただヒットが打ちたいという漠然的な考えで色々と試しても、それが上手く行く可能性は高くはない。

技術的な面を見ていくと、2人が打ち取られる時はだいたい泳がされてしまっている。つまりボールを待ち切ることができずに、完全に迎えに行ってしまっているのだ。これではフックすることが多くなってしまい、打率を上げていくこともできない。メジャーリーグで8回首位打者を獲得した左打ちのトニー・グウィン選手は、ライト方向へのホームランよりも、ショートライナーでアウトになることを喜んだ。これはつまりボールを前で捌き、スウィングスピードに頼って長打を打った時よりも、ボールをしっかりと懐まで迎え入れて反対方向に打てている時の方が、継続的にヒットを打てるということだ。もっと極端に言うならば、バットを振ることをどれだけ「我慢」できるか、ということになる。

高山選手にしろ、大島選手にしろ、もっと我慢をすべきだろう。我慢して我慢してボールを懐まで呼び込み、絶対に自分のタイミングでバットを振るように心がける。これができるだけで、2人はレギュラークラスの活躍ができるようになるはずだ。2人はそれだけの技術をすでに体得している。良いバッターは、フリーバッティングでファールチップを打つことに抵抗を覚えない。ファールチップとは、ギリギリまで我慢してからバットを振らなければ出てこない打球だからだ。つまりファールチップとは紙一重で、もう少しボールがバットに当たるポイントが異なれば、最大のスウィングパワーでボールを弾き返すことができる。そして良いコンタクトができるか、ファールチップになるかは3:7の関係で良い。つまり極端な話、(試合においては)70%はファールチップになったって良いのだ。

ファールチップを打ってしまうと、打者からすると何となく投手に力負けしたような感覚が残る。しかしそうではない。ファールチップは紙一重なのだ。高山選手にしろ、大島選手にしろ、ファールゾーンギリギリのホームラン性のファールを打つことよりは、ファールチップを打つことに喜びを感じてもらいたい。引っ張った当たりで打ったホームラン性のファールは、遠くまで飛ばしたこと自体は気持ち良いかもしれない。しかし冷静に考えれば、それは投手によって完全にタイミングを狂わされたことを意味している。

2人とも、今季はまさに背水の陣だ。もし今季納得してもらえる結果を出すことができなければ、トレード要員になるばかりではなく、整理リストに入れられてしまう可能性もあるだろう。だが2人とも簡単に戦力外になってはいけないレベルの選手だ。潜在能力は非常に高い2人なのだ。この2人が外野のレギュラー争いに加われていない状況に、筆者はいささか寂しさを覚えている。高山選手と大島選手には今季こそはファンにも届く確固たる信念を持ち、とにかく後悔のないシーズンを送ってもらいたいと思っている。2人とも練習量は非常に多い選手だ。その努力が報われることだけを、今筆者は切願している。

2012年01月30日 14:11

西武球団よ、巨人軍を凌ぎ再び球界の盟主となれ

西武ライオンズが、埼玉西武ライオンズとなったのは、渡辺久信監督が就任した1年目、2008年シーズンのことだった。それまでの数年間のライオンズは28年振りのBクラスに終わったり、松坂大輔投手のメジャー移籍により観客動員数が低迷したり、アマチュア選手への裏金問題があり、堤義明前オーナーのインサイダー問題がありと、とにかく暗い話題しかなかった。このままでは西武がライオンズを手放してしまう日もそう遠くはないかもしれない、そうも思われていたほどだった。現に2004年以降は他球団との合併の噂が浮上したり、球団売却の噂も絶えなかった。

堤義明前オーナーの問題があり、ライオンズの将来が心配された際、もしみずほ銀行から送られた新オーナーが後藤高志氏でなければ、西武が球団を手放していた可能性はかなり高かったのではないだろうか。そしてもし太田秀和元社長の存在がなくても、やはりライオンズはさらに苦しい状況に追い込まれていただろう。このような経緯から、筆者は後藤オーナーと太田元社長には、ファンとして本当に感謝している。太田社長が入場ゲートでファンを迎えてくれていた姿は、今もファンの心に強く残っている。

その後藤オーナー、太田元社長の尽力もあり、「西武ライオンズ」は見事蘇った。2008年に埼玉西武ライオンズとチーム名を改称し、埼玉の球団であることを誇りとして掲げた。様々な努力も尽くされた。チームが勝てない時期も、野球以外でもファンが楽しめるような工夫をしてくれた。もちろんチームが勝つことが何よりのファンサービスではあるのだが、西武球団の努力は確実にファンの心に届いていった。2008年以降、観客動員数が50万人以上増えたという実績は、まさにその努力が実っていることを如実に表している。

今年に入り、ライオンズは2つのビッグプロジェクトを掲げた。その1つ目は中学硬式野球大会ライオンズカップの開催で、2つ目は小学生を対象にしたライオンズアカデミーの開校だ。ライオンズカップは今後も永年的に続けていくことを明言しているし、ライオンズアカデミーでは石井丈裕コーチと岡村隆則コーチが小学生を直接指導する。これらの取組みは、野球界の裾野を広げるためにも本当に素晴しいプロジェクトだと筆者は思っている。ライオンズアカデミーに関しては、今後さらなる拡充が図られれば、ライオンズを戦力外になった選手たちのセカンドキャリアとしても活かすことができるだろう。

ここまでの素晴しい努力をしてくれてる中、筆者があと1つ求めたいのは、ユースの設立だ。Jリーグではユースの存在はもはや当たり前となっているが、野球界ではどのように捉えられているのだろう。現在NPBでは年に一度、ジュニアトーナメントを行っているが、これは常時活動しているチームではない。このトーナメントのために、一時的に結成された12チームによるトーナメントとなる。

もし今後プロ野球界にもユースチームの存在が生まれてくれば、同一球団間であればドラフトを介さずともプロ契約を結べる、という新ルールなども誕生するだろう。このように、プロチームが子どもたちを熱心に指導する意義を持てるようになれば、野球界は再び輝きを取り戻せるはずだ。そしてこのような指導システムが拡充されていけば、野球界にも指導者ライセンスが誕生するかもしれない。現在は様々な障害があり、提案はされているものの議論は進んでいない野球界の指導者ライセンス制度。これが誕生すれば、コーチ人事で「仲良し内閣」が出てくることもないだろう。まさに勝利主義のチーム編成が主流になっていくはずだ。

野球アカデミーはジャイアンツが球界の先駆者ではあるが、今後はジャイアンツばかりにリードさせるのではなく、埼玉から、埼玉西武ライオンズにどんどんリードして行ってもらいたい。そしてジャイアンツの顔色など気にすることなく、埼玉西武ライオンズには率先して球界改革の最前線に立って行って欲しい。社会貢献に尽力する企業は多くの場合で、最終的には業績を伸ばす結果に繋がっている。西武球団も、今はもしかしたら色々な面でまだまだ厳しい状況であるかもしれない。それこそ西武グループの再上場課題も抱えている。だが今このように、ライオンズカップやアカデミーの開校で社会貢献、地域貢献を積極的に続けていけば、必ずさらに多くの人々に受け入れてもらえる球団へと進化していけるはずだ。

今季は月に1回ずつでもいい。シーズン中に1軍のスター選手が小学校で生徒たちと一緒に給食を食べ、その夜にナイトゲームを戦うという姿を筆者は見せてもらいたいと願っている。メジャーリーグでは当たり前の姿だ。一緒に給食を食べた選手が西武ドームでスタメンに名を連ねるとなれば、子どもたちもクラスをあげて西武ドームに応援に駆けつけてくれるはずだ。だからこそ2軍の選手ではいけない。1軍のスター選手でなければ。西武球団がこの提案を意思強く行えば、栗山巧選手会長もきっと快く協力してくれるはずだと、筆者は確信している。

2012年01月27日 15:00

野上亮磨投手はどうすれば主戦投手になれるのか

若手先発投手の中で、筆者は野上亮磨投手にも大きな期待を寄せていた。しかしプロ入りから3シーズンを終えたが、期待通りの活躍にはまだ至ってはいない。それどころか昨季は自己最低の4試合のみの登板に終わってしまった。チームダルビッシュの一員として自主トレを行った効果を、昨季は見せてもらうことはできなかった。

筆者が見る野上投手最大の魅力は、ストレートの質の良さだ。野上投手のストレートは非常に質が良い。伸び、切れともにあり、球速以上の武器になるはずだと見ていた。左右の違いはあるが、杉内俊哉投手や和田毅投手のように、打者が球速以上に打球を詰まらせる、そんな投手になっていくだろうと筆者は大きな期待を寄せていた。だがこの3年間の野上投手のピッチングを見続けていても、あまり大きな成長は見せていないように感じられる。

ライオンズにも岸孝之投手という、非常に質の良いストレートを投げるエース級の投手がいる。ではなぜ岸投手は勝てるのに、野上投手は勝てないのだろうか?ボールの重さは野上投手と岸投手とでは然程変わらない。質の良いストレートを投げる投手の弱点はボールの軽さにあり、ジャストミートされてしまうと本塁打を打たれる危険性は高い。

筆者が見る限り、岸投手と野上投手の違いは配球ではないかと考えている。岸投手は自らのストレートをよく理解しているため、そのストレートでどんどん打者を追い込んでいく。しかし一方野上投手は被打率が高いことを気にしているのか、ヒットを打たれまいと変化球で交わそうとする場面が多いように思える。野上投手は以前、ロングリリーフで好投するなどの活躍も見せていたが、その時は緊急登板で良い意味で開き直れたのか、どんどん攻めて行けていた。あのリリーフはまさに筆者が期待した野上投手の姿だった。

投球術という面で見れば、野上投手は1軍での実績・経験がまだまだ乏しいということもあり、発展途上にあると言えるだろう。だがそうならば、自分に自信が持てるようになるまでは配球は完全に捕手任せであっても良いだろう。捕手から見た野上投手の魅力を、捕手の配球によって引き出してもらう。それでも良いと思う。そして野上投手は捕手の配球の意図をしっかりと理解し、捕手の要求に対しベストピッチをすることに集中すれば良いと筆者は考える。

野上投手はこの3年間の数字を見る限り、1軍レベルであるという評価には至らない。しかし1軍レベルの投手である資質は十分にあると、筆者は確信している。それこそ先発ローテーション入りを期待したし、ライオンズが守護神不在に苦しんだ時期は守護神候補としても期待を寄せた。

社会人出身、即戦力投手としてライオンズに入団し、野上投手は今季で4シーズン目となる。もし今季も思うような結果を残すことができなければ、20番という背番号はオフ、間違いなく剥奪されることとなるだろう。ライオンズにとっての20番はエースナンバーというわけではないが、しかし投手として20番を背負っているということは、西武球団はそれだけ大きな期待を野上投手に寄せているという何よりの証だ。

今は野上投手に対し、エースを目指せとは言えない。しかし今季は、自分の投球に悔いを残さない一年間にしてもらいたい。スライダーばかりに頼るのではなく、切れのあるストレートでもっとどんどん強気に攻めていく、野上投手にはそんなピッチングを今季は期待したい。とにかく今季は野上投手にとり、今後の大きな自信となる一年間にして欲しいのだ。そして高額年俸を勝ち取り、入団時に宣言した通り、日産社製の高級車を購入し、古巣への恩返しを果たしてもらいたい。

2012年01月26日 16:22

中村剛也選手が55本塁打を打つために必要なこと

ライオンズの4番を打つのは、今季も間違いなく中村剛也選手だろう。昨季自己最多タイの48本塁打を放ち、3度目の本塁打王に輝いた中村選手はこのオフ、近いうちに55本塁打を目指したいと明言した。55本塁打とは、王貞治選手が1964年に打ち立てた不滅の金字塔だ。近年、2001年にタフィ・ローズ選手(大阪近鉄)、2002年にアレックス・カブレラ選手(西武)も55本塁打を記録したが、しかしこれは王貞治選手が記録した55本の価値には遠く及ばない。その理由はボールだ。

もちろんローズ選手、カブレラ選手の55本も本当に素晴しい記録だ。この点だけはハッキリさせておきたい。だが王貞治選手の時代に使われていたボールは、2000年代のものよりもはるかに劣悪なものだった。反発力など当然なく、打った瞬間にボールが潰れている姿を肉眼でも見られるようなレベルだった。そのようなボールを打っての55本だけに、筆者は同じ55本塁打でも、王貞治選手の55本の方が価値があると考えている。

だが球場の広さという点も加味するならば、現代の方が広い球場が多い。王貞治選手が在籍していた巨人軍のホームグラウンドだけを見てもそれは明らかだ。王貞治選手の時代の後楽園球場はセンター120m、両翼90mという狭さだったが、東京ドームはセンター122mで、両翼は100mと後楽園球場よりもはるかに広い。ここまで考えれば王貞治選手の55本と、ローズ選手・カブレラ選手の55本を同等に見るべきだとも思えるのだが、それでも筆者は王貞治選手の55本をより尊重したいと考えてる。それはやはり、王貞治という選手が日本人であり、我々と然程変わらぬ体格であるためだろうか。

いま日本で最も55本塁打に近い選手の名を挙げれば、恐らく10人中10人が中村剛也選手の名を挙げるのではないだろうか。ここからはその中村剛也選手と、王貞治選手に焦点を絞って書き進めて行きたい。

もし今季、中村選手が55本塁打を記録しても、当然だがそれは王貞治選手に並んだということにはならない。数字の上では並んだとしても、野球人としての偉大さを考えれば、王貞治という野球人はあまりにも偉大過ぎる。しかしだからこそ中村選手には、そこに挑戦してもらいたいのだ。では中村選手が王貞治選手に近づくためには、何が必要なのか?

数字の上だけでそれを考えるならば、答えは明確だ。2人のOPSを見比べるとその差はあまりにも歴然で、中村選手の自己最高OPSは1.010だが、王貞治選手の自己最高は1.293で、1.100を下回ることはほとんどなかった。OPSとは出塁率+長打率で算出するセイバーメトリクスの1つなのだが、これはいかにチームの得点に貢献したかを表す数字となる。得点への貢献は勝利に直結することにもなるため、OPSが高い選手ほど記録以上に、ファンの記憶に残る選手となる。もちろん清原和博選手のように、OPSは際立った数字を持たずともファンの記憶に残る選手はいるが、これは稀な存在だと言えるだろう。

まず王貞治選手の数字を見ていくと、出塁率はほとんど毎年4割台後半で、自己最高は.532という驚異的な出塁率を記録している。これは2打席に1打席以上は必ず出塁しているということを意味する。さらに長打率も多くの年で7割以上を記録している。一方の中村選手の数字を見ていくと、出塁率は昨季の自己最高で.373で、長打率は.651が最高だ。王貞治選手の数字と見比べると、あまりにも見劣りしてしまう。

だが王選手と中村選手には決定的な違いがある。それは、王選手は主に3番を打っていたが、中村選手は4番を打っているという点だ。王貞治選手の場合、後ろには長嶋茂雄選手というスーパースターが4番に控えていた。つまり相手投手からすれば、3番の王貞治選手を簡単に歩かせてしまうと、長嶋選手に打点を記録されてしまう危険性が高まる。そうなると、どうしても王貞治選手とは勝負せざるをえなくなる。ただ、それでも王貞治選手は「王シフト」を取られるなどの攻めに遭いながらも、時に厳しい内角攻めに遭いながらも、打ち続けた。

そして中村選手だが、ライオンズは昨季、4番を打つあとの5番打者を確立し切ることができなかった。つまり相手投手に、4番の中村選手を歩かせたとしても、5番打者をしっかりと抑えればいいという選択肢を与えてしまうことになるのだ。そこで筆者は考えた。今季も3番を打つ可能性が高いであろう中島裕之選手を5番で起用するのだ。そして3番には栗山巧選手を起用する。あるいは中島選手と中村選手の3・4番を入れ替えるだけでも良いだろう。

とにかく中村選手の後続を打つ打者が安定しない限り、中村選手が55本を打つのは非常に難しくなるだろう。ちなみに2001年近鉄の4番ローズ選手のあとを打った5番磯部選手は.320、17本塁打を打ち、2002年カブレラ選手のあとを打った5番和田一浩選手は.319、33本塁打を打っている。つまり過去55本塁打を記録してきた打者の後続には、必ず素晴しいバッターが控えていたのだ。これは考えるとやはり、中島-中村という打順ではなく、中村-中島と続く打順を取るべきではないだろうかと、筆者は考えている。

もちろん新外国人選手であるヘルマン選手カーター選手が期待以上の活躍を見せてくれれば良いわけだが、しかし彼らが中島選手以上の活躍をしてくれるかと問われれば、筆者には自信を持ってイエスと答えることはまだできない。やはり中島・栗山両選手という、信頼感の高い選手が中村選手を挟むのがベストではないだろうか。

中島選手は1年後にはFA権を行使し、間違いなくメジャー移籍をしていくはずだ。そうなると、中村-中島という打順を組めるのはまさに今季が最後となる。中村選手に55本、いや、55本以上のホームランを打ってもらうためにも、渡辺久信監督には、3・4番の並びを入れ換えるということも選択肢の1つに加えてもらいたいと筆者は希望している。中村選手はいつか必ず55本塁打を打つだろう。その初めての55本塁打が今季であればいいと、筆者は強く願っている。

2012年01月24日 13:06

佐藤友亮選手から若手が盗むべく「間」の使い方

ライオンズが優勝するためには、若手選手が活躍するだけではいけない。平尾博嗣選手のような経験豊富な大ベテラン選手も必要だし、それと同じようにいぶし銀の技術を持つ佐藤友亮選手のような存在も欠かすことは出来ない。だがその佐藤友亮選手はここ3年間、納得の行く打撃成績を残せずに苦しんでいる。近年は2軍生活も長くなってきてしまった。

佐藤友亮選手が主力となってからのライオンズは、佐藤友亮選手が活躍した2004年と2008年に優勝をしている。2004年の佐藤友亮選手の打率は.317で、2008年は.302だ。その前後の佐藤友亮選手の打率を見ていくと、この2年の数字だけが突出している。2008年時が31歳だったということを考えれば、もしかしたら年齢的衰えが顕著となってきたのかもしれない。

佐藤友亮選手の打撃の特徴は、とにかく右打ちの巧みさだ。ヒット&ランのサインが出た時はもちろん、二塁走者をとにかく三塁に進めたい時、佐藤友亮選手はどんなボールでも右方向に打球を転がしてくれる。試合ではあまり目立つことのない一打ではあるが、これは本当に高度な技術だ。打率が低かったとしても、このようなチームバッティングが出ているならば、首脳陣は佐藤友亮選手を1軍に置いておくべきだろう。

だが筆者が佐藤友亮選手に最も求めたいのは、試合の山場であっても冷静にプレーをすることのできる経験値だ。バントなど小技の上手さだけで判断すれば、恐らく佐藤友亮選手よりも原拓也選手炭谷銀仁朗捕手の方が上手いかもしれない。しかし原選手や炭谷捕手はまだ、本当の勝負どころで冷静にプレーできる経験値が少ない。反面それを豊富に持っている佐藤友亮選手の能力は、チーム内でもっと活かすべきだと筆者は考える。

通常ベテランは開幕1軍に名を連ねずとも、首脳陣はチームに疲れが見え始める梅雨あたりから仕事をしてくれれば良いと考えられている。だが筆者は佐藤友亮選手に関しては、シーズンの序盤に出てくる勝負どころから起用し、100%バントを成功させなければならない場面でバントを決めさせ、その姿を若き選手たちに見せてあげて欲しいのだ。佐藤友亮選手は、プレッシャーのかかる場面でいかにして打席に立っているのか。その姿、心構え、準備の仕方、それを若手選手たちが盗める環境を、首脳陣には作ってもらいたいと考えている。

シーズンの山場は当然序盤ではなく、終盤に訪れる。4月の1敗と9月の1敗とでは、測り切れないほどに9月の1敗の方が重い。その重い1敗を中心となって防がなければならないのは、若手たちだ。その若手たちがシーズンの序盤でプレッシャーとの戦い方を学んでおけば、終盤になってイージーミスを繰り返すこともなくなっていくだろう。特に原拓也選手は野球に対し生真面目で、一度のミスを引きずってしまう傾向がある。ミスを繰り返さないためには自分に腹を立てるばかりではなく、ミスをした原因を冷静に分析し、それを次に活かすという能力が必要とされる。原拓也選手はまさにその能力を、佐藤友亮選手から可能な限り盗み取るべきだろう。

佐藤友亮選手は「グラウンドの諸葛孔明」と呼ばれている。戦国時代に、羽柴秀吉の軍師として名を馳せ36歳でその生涯を閉じた竹中半兵衛という武将がいた。彼はまさに日本が生んだ諸葛孔明で、秀吉が見せた三顧の礼などのエピソードは、まさに劉備が孔明を迎え入れた際のエピソードを真似たものだ。その竹中半兵衛は1579年6月13日、三木(兵庫県)で結核に倒れた。そしてそ400年後、半兵衛の命日である6月13日に生まれたのが佐藤友亮選手なのだ。

恐らく佐藤友亮選手は将来、有能なヘッドコーチとなるだろう。それこそ黒江透修コーチや、故島野育夫コーチのような名参謀になるであろうことは想像に難くない。頭脳的野球をやらせて、現役選手の中で佐藤友亮選手に敵う選手はほとんどいないのではないだろうか。野球というスポーツはフィジカルも非常に重要だが、それと同等にメンタルの扱い方も重要だ。野球というスポーツは考えるスポーツだ。そのために1プレーごとに「間」が存在する。ライオンズの若き選手たちはその「間」の使い方を、もっともっと貪欲に佐藤友亮選手から盗み取る努力をすべきだろう。

2012年01月23日 14:42

西武ナインは昨季の平尾博嗣選手の涙を取り戻せ

筆者が初めて買ったオーセンティック・レプリカ・ユニフォームは、平尾博嗣選手のものだった。2004年のビジター用で、確か3万円くらいしただろうか。しかし平尾選手のガッツを考えると、あまりライオンズグッズを買ったことがなかった筆者にとっても、決して惜しい買い物ではなかった。そして平尾選手のレプリカユニフォームは、今だ筆者の部屋の壁に飾られている。

平尾選手がライオンズにやってきたのは2001年のことだった。谷中真二投手との交換トレード。筆者はセ・リーグの情報には疎いため、アマチュア時代は大宮を沸かせた高校球児だったと言われても、平尾博嗣という名前にあまりピンとは来なかった。その平尾選手はトレード1年目の6月、ファールフライを追いかけブルペン脇の金網のフェンスに激突し、その金網にスパイクのクリーツ(歯)を引っ掛けてしまい、右足脛骨・腓骨骨折という重症を負ってしまった。当時の新聞記事には、「医者は再起不能と診断」とも書かれていたほどだった。だが平尾選手は決して諦めなかった。地道で苦しい孤独なリハビリに耐えたのだ。
※平尾選手のこの事故により、西武ドームのファールエリアのフェンスは現状のものに張り替えられた。

翌2002年の後半戦、再起不能とまで言われた平尾選手は西武ドームのグラウンドに戻ってきた。そして復帰1打席目で見事なヒットを放ったのだった。筆者もこの試合を観戦していた。それまで平尾博嗣という選手をさほど知らない筆者だったのだが、この1本のヒットには涙を堪えることができなかった。筆者が平尾選手を熱く熱く応援するようになったのは、この瞬間からだった。

平尾選手はプロ野球選手として今、酸いも甘いも知る大ベテランとなった。今季は37歳を迎える。阪神時代にはレギュラーが期待された大型選手ではあったが、度重なる故障で出場試合数を増やすことができなかった。それが地元埼玉に戻り、ライオンズのユニフォームを着るとレギュラーとは行かないものの、勝負強い打撃でライオンズには欠かせない選手となる。ファースト、セカンド、サードと、内野の複数ポジションを守れることも大きな魅力だ。

優勝するチームには、必ず若い選手たちを縁の下で支えてくれるベテランの存在がある。今やライオンズにとってその存在が平尾博嗣選手だ。プロ野球という世界で20年間も現役として仕事を続けている大ベテランが一生懸命練習していれば、平尾選手よりも若い選手が練習をしないわけには行かない。平尾選手はライオンズの精神的支柱であるのと同時に、今なお選手としても良いお手本となってくれている。だからこそ球団が補強策に失敗し、さらには主力に多くの故障者が出たここ数年であっても、ライオンズは壊滅的な負け方をすることはなかった。

2011年8月10日、西武ドームで行われたファイターズ戦。この試合のヒーローインタビューに呼ばれたのは、栗山巧選手と平尾博嗣選手だった。その時、平尾選手は涙ぐみながらこう言った。「僕が打っていれば勝っていた試合があったので・・・・・・。申し訳ない気持ちで一杯でした。打てて良かったです」。その声は震えていた。この時期はチームも最下位に低迷していた頃だった。ライオンズの中で、勝てないことを誰よりも悔しく感じていたのが、他でもなく平尾選手だったのだ。

1勝の重みを誰よりも責任感強く背負っている平尾選手。ライオンズにとって彼の存在は本当に大きい。FA権を取得しても行使することなど一切考えず、生涯ライオンズを貫くとも宣言してくれている。投手陣のミスターライオンズが西口文也投手だとすれば、野手陣のミスターライオンズは平尾博嗣選手であると言っても、もはや良いのではないだろうか?もう平尾博嗣選手には、阪神からやってきたという外様の空気感は一切ない。今や平尾博嗣選手はどこを切ってもライオンズの選手だ。

あのヒーローインタビューでの平尾選手の涙は、ライオンズナインの誰もが目にしていたはずだ。今季、若きナインたちは再び平尾選手に同じような悔し涙を流させてはいけない!万が一でもそんなことを繰り返すようなことがあれば、百獣の王の名が泣くどころか、廃れてしまうだろう。

筆者が望むのは、今季は全球団に勝ち越して優勝を決め、日本シリーズではセ・リーグの覇者を破り、渡辺久信監督の次に平尾選手を胴上げしてあげて欲しいということだ。若きナインが平尾選手のあの悔し涙を取り返すためには、それしか方法はないと筆者は強く信じている。

2012年01月22日 15:18

涌井秀章投手が受ける、ダルビッシュ投手の影響

北海道日本ハムファイターズのダルビッシュ有投手の、テキサス・レンジャーズへの移籍が正式に決まった。これはファイターズにとっては大きな打撃となるが、ライオンズへの影響も少なからず存在する。それは涌井秀章投手のモチベーションだ。と言っても、もちろん親友であり最高のライバルであるダルビッシュ投手がメジャーに移籍したとは言え、涌井投手のやる気がなくなるということはない。涌井投手はこれからもずっと、ライオンズのエースとしてチームを勝利に導いてくれるはずだ。

だが筆者が懸念するのは、涌井投手の「更なる進化」を考えた時、目の前にダルビッシュ投手がいるといないとでは大きな違いがあるという点だ。ライバルの存在は自分を大きく成長させてくれる。それは涌井投手、ダルビッシュ投手それぞれ同様で、お互いの存在があったからこそ、お互いの能力を最大限高めることができた。メジャーに移籍しても屈指の投手となるであろうダルビッシュ投手であっても、今なおライバルの名を問われれば「涌井秀章」と答える。ダルビッシュ投手にとり涌井秀章という投手はそれだけ大きな存在であり、また涌井秀章投手にとってもダルビッシュ有という投手は大きな存在なのだ。

自分の限界はなかなか自分自身で超えていくことはできない。しかし目の前に強大なライバルが存在すれば、その存在が自分自身を高めてくれる。涌井投手がこれから更なる進化を遂げていくためにも、筆者はダルビッシュ投手にはファイターズに留まっていて欲しかった。そしてこれからも平成の名勝負として、涌井投手とダルビッシュ投手には最高の投げ合いを魅せてもらいたかった。

だがここまで考え、筆者の考え方は変わった。ダルビッシュ投手はメジャー移籍したことで、恐らく更なる進化を遂げるだろう。もしかしたら、もう日本人打者では手に負えないような次元の投手になって行くかも知れない。そもそもダルビッシュ投手がレンジャーズと結んだ契約年俸は平均1,938万ドルで、これはメジャー全体の投手の中で現時点では5番目に高い金額だ。MLBには30球団が存在し、エースピッチャーが30人いて、その中の上から5番目の存在がダルビッシュ有投手なのだ。その存在感、期待感の大きさはもはや計り知れない。

涌井投手もダルビッシュ投手の近況は事細かに知っているはずだ。金額面の話はさておき、投手としての成績面に於ける数字は、現状では涌井投手よりもダルビッシュ投手の方が上だ。ダルビッシュ投手の通算93勝に対し、涌井投手は通算79勝。2人の間には14勝もの差があり、これはエースピッチャーが1年間に挙げるべく勝利数に値する。この現状を、涌井投手が悔しいと感じていないはずはない。ましてや今後、涌井投手がダルビッシュ投手に対して白旗挙げることも決してないはずだ。

リーグは違えどお互いやることは今までと何も変わらない。お互いエースピッチャーとして、チームの勝利に貢献するための努力を人一倍続ける。これに関しては今までも、そしてこれからも変わることはないだろう。そしてリーグは違えど涌井投手はダルビッシュ投手を意識するだろうし、ダルビッシュ投手も涌井投手を意識し続けるはずだ。つまり筆者の思惑とは別に、2人のライバル関係はこれからも永遠に続くのだ。そしてそれが続く限り、2人は今後も切磋琢磨し合い、自らのレベルをさらに、さらに高めていくはずだ。

そうして高め合った力は、来年2013年に行われる第3回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)でチームメイトとなることで、再確認し合うのだろう。もし今後ダルビッシュ投手がMLBを代表するエースとなり、涌井投手が日本ナンバー1投手に再びなることができれば、来年のWBC、日本の死角はほとんどなくなるだろう。ダルビッシュ投手と共に、日本を三度目の世界一に導くためにも、涌井投手にとり今季は非常に重要なシーズンとなる。

涌井投手にはただチームの優勝に貢献するだけではなく、文句の付けようのない圧倒的な成績を挙げ、ライオンズを優勝に導いて欲しい。つまり防御率1点台で、20勝を挙げ、8割近い勝率を残して欲しいということだ。そして再び沢村賞を獲得することで、日本代表チームに於いてダルビッシュ投手のエースの座を脅かす存在になって欲しい。筆者は涌井投手に対し、それだけの期待を抱いている。そして涌井投手にはそれだけの能力があると、筆者は信じてやまない。

2012年01月21日 10:55

藤田太陽投手がエースリリーバーになる日は近い

今季、筆者が最も「やってもらわなければ困る!」と思っているのが藤田太陽投手だ。藤田投手は2009年7月、水田圭介選手との交換トレードで阪神から西武へと移籍してきた投手だ。移籍1年目となった2009年は25試合27イニングスを投げ、防御率2.00という好成績を記録し、ライオンズファンに大きな期待を抱かせてくれた。しかしそれが2010年になると防御率は3.91まで跳ね上がってしまい、昨季は5.87にまで悪化してしまった。原因はやはりコンディショニングにあったのだろう。藤田投手はふくらはぎに故障を抱え、坐骨神経痛も患っている。

ふくらはぎに故障を抱えるということは、それだけ下半身を使って投げられなくなるということを意味し、これは肩・肘への負担を大きくするばかりではなく、低目への制球を低下させる大きな要因ともなる。藤田投手の投げるストレートは、本当に惚れ惚れしてしまう切れがある。「なぜこのボールが簡単に打たれてしまうのだろう?」と思ってしまうこともあるほどだ。だがプロ野球という最高峰では、ストレートに切れがあるだけでは勝負には勝てない。その切れのあるストレートを、ストライクゾーンの低めにしっかりと制御できる能力がなければ、パ・リーグの並み居る強打者たちにかかれば藤田投手のストレートを弾き返すことなど、まさに朝飯前なのだ。

これは何も藤田投手にだけ言えることではない。スーパーエースとも称され、テキサス・レンジャーズへの移籍が決まったダルビッシュ有投手であっても同じだ。どんなに凄いボールを投げられたとしても、それを制御できなければ意味はない。良いボールを持っていても勝てる投手と勝てない投手に別れてしまうのは、まさにこれが最大の要因だ。

藤田投手のブログを毎回楽しみにしている筆者は、今オフ、藤田投手がどれほど厳しいトレーニングをしているのかをほんの少しだけ知っている。決死の決意で挑み、血も滲むようなトレーニングに励む藤田投手を、筆者は応援せずにはいられない。90秒間走というトレーニングをご存知だろうか?これは90秒間全力疾走をし、180秒間歩き、再び90秒間の全力疾走、これをひたすら繰り返すトレーニングだ。やってみるとよく分かるのだが、普段体を鍛えているアスリートであっても、3~4本が限界だ。3本と考えても270秒、4分半だ。4分半全力疾走をすると考えるだけでも、筆者の息は上がりそうになる。

何度も繰り返してしまうが、藤田投手のストレートは本当に素晴しい。今オフ厳しいトレーニングを積んだことで強靭な下半身を作り上げることができれば、今季はその素晴しいストレートを低めに制御できるようになるはずだ。あの切れのあるストレートが外角低め、内角低めにしっかりと決まるようになれば、打者はそう簡単に打ち返すことはできなくなるだろう。それこそ2010年の4月、防御率0.00を継続した時のような快投を、1年間継続して見せてくれるはずだ。

過去2年、もし藤田太陽投手がもっと安定したピッチングを魅せてくれていれば、ライオンズはここまで苦しむこともなかったはずだ。ライオンズ1年目の2009年は、ブルペン陣が総崩れの状態に近い中、一時期はクローサーを任されるほどの信頼を得た藤田投手だ。つまり藤田投手に高い能力があることは、すでに藤田投手自身が実証してくれている。あとはその持っている能力を、どれだけ安定して発揮できるかどうかだ。その鍵が、やはりコンディショニングとなるのだろう。体の状態さえ悪くなければ、2012年、藤田太陽投手は必ずライオンズの優勝に大きく貢献してくれるはずだ。筆者の中には今、それに対する疑いは一切ない。

2012年01月20日 14:29

主将、二塁手争いに加われなかった片岡易之選手

強いチームには、必ずチーム内での熾烈な競争がある。エース争い、ポジション争い、正捕手争い。それを考えると、今季のライオンズには様々な期待を抱くことができる。涌井秀章投手岸孝之投手のエース争い、中島裕之選手浅村栄斗選手の遊撃手争い、炭谷銀仁朗捕手星孝典捕手の正捕手争い。だが中でも、最も熾烈になるであろう争いはセカンドという場所で起こるのではないだろうか。

万全の状態であれば、渡辺久信監督も正二塁手には片岡易之選手を選ぶだろう。しかし片岡選手は左肩の手術明けで、開幕に間に合う保証はまだない。渡辺監督はしっかりと治し、開幕までに間に合えばいいという判断で、春季キャンプは片岡選手をB班に入れた。片岡選手は、バットは少しずつ振れるようにはなったようだが、まだフルスウィングができる状態ではない。現状を思えば、開幕に間に合う可能性は高くはないだろう。

本来の二塁手が怪我で不在の今、控え選手や新加入の選手は虎視眈々とそのポジションを狙っている。片岡選手が開幕に間に合わなかった場合の最有力二塁手は、現状では原拓也選手だ。昨季後半は栗山巧選手と1・2番コンビを組み、二塁手として多くの勝利に貢献をした。もちろん原選手の調子にも左右されるが、原選手の打力が昨年よりも少しでも向上しているのならば、昨年同様2番セカンドは原選手に与えられるだろう。

だが春季キャンプのA班には、セカンドもこなせる選手が数人いる。まずその筆頭は鬼崎裕司選手だ。彼はこれまで打つ方では本領を発揮することはできていないが、守備に関しては1軍レベルだ。セカンドを守らせても十分役割を全うしてくれるだろう。そして今季2年目となる林崎遼選手も、本職はショートながらもセカンドを守らせれば、安定したプレーを見せてくれるはずだ。林崎選手も打撃はまだ1軍レベルではないようだが、少し振り子打法にも似たあの打ち方は、ぜひ1軍でじっくりと観てみたい。

そして遊撃手争いと同時に、二塁手争いにも加わってくる可能性があるのが、浅村栄斗選手だ。昨季は外野、一塁を守ることの多かった浅村選手だが、それ以上に能力を発揮できるのは二塁となるだろう。中島裕之選手のライオンズ在留が決まった今、今季も浅村選手はショート以外を守る試合も多くなるはずだ。その時良い打撃を続けていれば、浅村選手がそのまま正二塁手となる可能性も低くはない。この選手の存在が大きいからこそ原選手、鬼崎選手、林崎選手、さらにはベテラン阿部真宏選手もウカウカすることはできない。

さて、熾烈な二塁手争いだが、実は新外国人選手であるヘルマン選手も二塁を守ることのできる選手だ。ヘルマン選手しろ、カーター選手にしろ、できれば守備の負担の少ないポジションで起用したいところではある。しかし片岡選手の現状を考えればそうも言ってはいられない。ヘルマン選手がセカンドでどのようなプレーを魅せてくれるのかはまだ分からないが、しかしメジャーでセカンドを守った経験は大きいだろう。いくら控え選手だったとは言え、能力がなければメジャー枠には入ることは出来ない。

近年、ライオンズは多くの故障者に泣かされ優勝を逃してきた。しかし今季は、想定外の怪我を抱えている選手がいない。手術明けの片岡選手にしろ、坂田遼選手にしろ、すでに回復の途中にある。今季のライオンズは補強に関しても良い内容であったと思うが、それ以上に想定外の故障者がいないということも非常に大きい。だがもちろん油断はできない。シーズンに入ってから痛いと言い出す選手も多少は出てくるはずだ。コンディショニングコーチにはしっかりと目を光らせていてもらいたい。

さて、片岡易之選手は、開幕に間に合わなかったとしても、シーズンの早い段階で1軍に戻って来てくれると筆者は信じている。だが決してムリはしてもらいたくはない。片岡選手は左肩の脱臼修復手術を受けたわけだが、脱臼で思い出されるのは森慎二投手だ。ポスティングによりタンパベイ・デビルレイズに移籍した森投手だったが、オープン戦で右肩を脱臼し、選手生命を絶たれた。片岡選手の場合は投げる右肩ではなく、左肩の脱臼ではあったものの、とにかく焦って欲しくはない。片岡選手はまだまだ先の長い選手だ。その先の野球人生を考え、まずは完治を最優先に考えて欲しい。

昨季以降、片岡選手は本当に悔しい思いばかりをしているはずだ。片岡選手は常々、キャプテン就任への思いを口にしていた。だが昨季は自身の怪我もあり、渡辺監督がキャプテンに任命したのは同学年の中島裕之選手だった。本当は自分がキャプテンになりたかったはずなのに、キャプテンとしてチームを勝利に導きたかったはずなのに、それは叶わなかった。そして中島選手のポスティングにより、今季の新キャプテンの任命にも、渡辺監督は栗山巧選手を選んだ。栗山選手は片岡選手の一学年下の選手だ。またしても手術による出遅れで、キャプテンになることができなかっただけではなく、キャプテンの選考対象となることもできなかった。

年下の選手がキャプテンになったということで、今後片岡選手がキャプテンに就任する可能性は限りなく低くなった。片岡選手には新主将である栗山選手を支えながらも、ぜひこの悔しさを強く持ち続けて欲しい。悔しさは必ず選手を強くする。そしてそれは、いつか片岡選手がライオンズの指導者となった日に、必ず役立つはずだ。片岡選手はキャプテンになることはできなかったが、しかしその代わりにライオンズの監督を目指せばいいと思う。片岡選手もこれからはベテランと呼ばれる年齢へと差し掛かっていく。この時期をどのように考え過ごすかにより、例えば東京ヤクルトの宮本慎也選手のような、自他共に認める将来の監督候補となることができるはずだ。

そしてライオンズというチームも今後は、将来の監督候補を選手のうちからしっかりと育成していくことが必要とされるだろう。片岡選手や栗山選手は、将来は必ずライオンズの監督候補として名前が挙がるはずだ。その時のためにも球団は、今後30代を迎える彼らに帝王学を叩き込む準備を整えておかなければならない。そして片岡選手には渡辺監督が持つ帝王学を、貪欲に求めていって欲しい。なぜなら、きっと20年後には片岡易之監督がライオンズを優勝に導いているからだ。

2012年01月19日 13:50

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