牧田和久投手、西武では12年振りの新人王獲得
本日、牧田和久投手の新人王が発表された。有効投票数214票中、150票を獲得しての文句なしの新人王だ。埼玉西武ライオンズから新人王が選出されたのは、1999年の松坂大輔投手以来、実に12年振りの快挙となる。2011年春季キャンプ、ライオンズはゴールデンルーキー大石達也投手ばかりが注視される中でも、社会人野球出身の牧田投手は着実に好成績を残し続けた。大石投手は開幕1軍の座は得られたものの中継ぎ要員で、開幕直後に肩の不調を訴えファーム落ちしている。一方牧田投手は開幕1軍はもちろんのこと、先発ローテーション入りも果たし、初登板は開幕3戦目のホークス戦だった。
この初登板では8回途中まで2安打1失点という好投を見せるも、指のマメが潰れてしまっての降板となった。この時点でライオンズは2-0とリードし、牧田投手にはプロ初勝利の権利もあったのだが、緊急登板となったあとを継いだ投手が打たれ、ライオンズはあっさりと同点に追いつかれてしまう。試合はそのまま11回までもつれたが、惜しくもサヨナラホームランを浴び、この試合には敗れてしまった。この試合はまさに牧田投手の先発としての今季を象徴していた。
初登板以降も安定したピッチングを続けるものの、なかなか勝ち運に恵まれなかった。この頃ライオンズは守護神不在に苦しんでいたという事情もあり、牧田投手も好投するも勝てていないという結果が相まって、渡辺久信監督は交流戦が明けると、牧田投手を守護神へと配置転換させた。
牧田投手はその起用に見事応え、5勝7敗22Sという立派な数字を残したわけだが、普通に考えればここまで上手くいくことは考えにくかった。投手にとっての配置転換とは、野手にとってのコンバートと同様だ。先発とリリーバーでは役割も違えば、調整方法も違い、試合で投げるボールの質も通常は変わってくる。単純に考えれば先発では6~8割の力加減で投げるが、リリーバーはすべてのボールを全力投球に近い状態で投げる。
ルーキーにしてこの難しい配置転換にも適用できたのは、やはり社会人野球で培った経験の賜物だったのだろう。シーズンが開幕してから2ヵ月も経ってから守護神の座に就いたにも関わらず、22セーブという数字は本当に立派だった。20セーブを越えて欲しいとは思っていたが、ここまで素晴しい数字を残すとは思っていなかった。
来季は先発組に戻ることが決まっている牧田投手だが、この新人王の獲得は大きな自信となったはずだ。来季は10勝以上の数字を期待することができるだろう。ただし、今季は左打者をかなり苦にした。アンダーハンドスローの投手は一般的に逆手打者を苦手とするわけだが、牧田投手も同様に苦しんだ。今オフ、その左打者対策をしっかり練り上げることができれば、来季は10勝とは言わず、15勝を挙げられるだけの実力を牧田投手は持っている。
先発投手陣の層は厚いライオンズだが、牧田投手には来季、その先発陣を涌井秀章投手、岸孝之投手、帆足和幸投手らと共に力強く牽引していってもらいたい!
祝!牧田和久投手2011年新人王獲得!
2011年11月30日 17:48
ミンチェ投手、12年目で取得したFA権を行使
さすがにミンチェ投手がFA宣言するとは、筆者自身まったく予測していなかった。昨季同様、西武球団がFA宣言後の残留を認めていなければ、ミンチェ投手もFA権を行使していなかったかもしれない。しかし今季からは球団の方針が変わり、FA宣言後の残留も認められるようになった。今季のミンチェ投手の活躍からすれば、他球団が自分をどのように見ているのかを知りたくなるのは、ごく自然の流れだったかもしれない。ミンチェ投手は今季が12年目のシーズンだった。過去には期待通りの活躍を見せた年もあったが、しかし全体的に見れば決して輝かしい成績を残してきたとは言えない。だが今季に関しては、ミンチェ投手の活躍は本当に素晴しかった。先発した唯一の試合では完封勝利を収め、リリーバーとしても見事セットアップ役(=お膳立て役)に定着し、首脳陣も安心して8回を任せられるようになった。そして試合展開によっては2イニングス以上を投げることもあり、ミンチェ投手の活躍がなければライオンズの今季3位という順位はまず考えられなかったことは確かだ。
ミンチェ投手はFA権を得たということで、来季からは日本人選手同様の扱いになる。つまり外国人選手枠に捉われず1軍登録が可能となる。グラマン投手、シコースキー投手、フェルナンデス選手、ブラウン選手が揃っていた時期は、外国人選手枠の問題でファーム調整を強いられたミンチェ投手だったが、来季からはそういうことがなくなる。ちなみにフェルナンデス選手も来季からは日本人選手扱いとなる。
さて、冒頭で昨年までの西武球団はFA残留を認めていなかったと書いたが、これは裏を返せば西武球団は自ら、交渉能力がないと宣言したことと同等だった。球団フロントに交渉力があれば、FA宣言後の残留を認めても何ら問題はない。金額を大切にする選手もいるが、実際には金額以外のことを大切に考える選手がほとんどであるため、資金力に乏しい西武球団であっても、FA交渉後の再契約は十分に可能なのだ。しかし交渉力に自信がないため、西武球団はFA宣言後の残留を禁止することで、FA宣言されることを極力防ごうとしてきた。これは考え方としてはあまりにもプロフェッショナルとして相応しくはない。
だが今季はGMに相当する球団本部長に鈴木葉留彦氏が新任し、FA宣言後の残留も認められるようになった。これは過去、数々の交渉で有力選手の入団にこぎつけてきた鈴木葉留彦氏の自信の表れだと言って良いのではないだろうか。それを考えるとミンチェ投手の慰留は、鈴木球団本部長の最初の大仕事、腕の見せ場となるのではないだろうか。
ミンチェ投手は「新しい挑戦をしたい」というコメントとともにFA権を行使した。鈴木球団本部長は、まずはミンチェ投手が考える挑戦についてをしっかりとヒアリングしなければならないだろう。そしてそれがライオンズで可能なのか、難しいのかを的確に判断していかなければならない。
ミンチェ投手自身は、もしかすると先発にこだわりがあるのかもしれない。そうなると先発陣の層が厚いライオンズよりは、他球団に移籍した方が挑戦はしやすいだろう。しかしそうではなく、セットアッパー以上のリリーバー、つまり守護神を目指すということも挑戦のうちに入るのであれば、ぜひ来季はライオンズで守護神へ名乗り出てもらいたい。いずれにしても今季のような活躍ができると分かった以上、ミンチェ投手は簡単には流出させられない選手であることに間違いはない。とにかく帆足投手同様、全力で慰留に努めてもらいたい。西武球団には決して「伝えることは伝えたので、もう交渉をすることはない」という趣旨の発言は避けてもらいたい。残留の可能性がある限り、ミンチェ投手に対しても帆足投手に対しても、全力で慰留を続けてもらいたいというのがファンの願いだ。
2011年11月30日 16:40
西武の来季内野陣は、原拓也選手が台風の目
原拓也選手は今季の活躍が認められ、背番号43から5への栄転が決まった。筆者自身、入団1年目から大きな期待を寄せていた選手だっただけに、ファンとしての喜びもひとしおだ。だが背番号が5番になったからといって、2012年の原選手は決してポジションが約束されているわけではない。それどころか、下手をすれば今季以上にレギュラーを手に入れるのが難しいシーズンになるのではないだろうか。まずは来季のライオンズのレギュラー内野陣を見てみようと思う。
一塁手:フェルナンデス選手、中村剛也選手、(ティフィー選手)
二塁手:片岡易之選手
三塁手:中村剛也選手、(ティフィー選手)
遊撃手:浅村栄斗選手
ティフィー選手に関してはまだ正式な合否は発表されていないが、仮に入団が決まった場合は一塁と三塁を守れるようだ。原選手は内野は一塁以外はすべてこなすことができる。最も得意なポジションはショートなのだが、浅村選手と原選手を比較した場合、ショート以外も安心して任せられるのは原選手だ。そうなると将来的なことも考え、来季のショートは浅村選手となるだろう。
浅村選手がショートとなる場合、原選手が守れるのはセカンドとサード。だがここにも片岡易之選手、中村剛也選手という絶対的選手が競争相手として立ちはだかっている。フェルナンデス選手とティフィー選手が2人とも一年を通して機能すれば、原選手が食い込めるポジションはかなり狭くなってしまうだろう。だがもしこの2人の内1人しか機能しなかった場合、中村選手が一塁に入り、外国人選手をDHに入れるという選択肢が見えてくる。
セカンドに関しては、片岡選手の回復次第とも言える。もし片岡選手が来季の開幕に間に合わないのであれば、原選手が自動的にセカンドに入ることになる。しかし片岡選手が来季の開幕に間に合った場合、2011年は1億7000万円という年俸だった片岡選手と、2000万円だった原選手を比較すれば、球団としては片岡選手を優先しなければならないだろう。もちろん両選手の結果が共に伴えばの話ではあるが。
原選手はタイプとしては、気合いが入り過ぎてしまうタイプだと思う。守備が巧い選手であるにも関わらず、2008年のCS、今季の大事な試合で固くなってしまい、エラーを記録してしまっている。だが今季はしっかりと最後まで1軍を経験したことで、これも大きく改善されるのではないだろうか。背番号も5に変わったことで、がむしゃらさだけでプレーをすることはなくなるだろう。言い方を変えれば、来季は地に足をつけて構えられるはずだ。
原選手の守備に関しては正直なところ筆者はまったく心配はしていない。反面打撃に関してはまだまだ向上の余地は大きい。今季の打率は.241だったわけだが、好調時には打率以上の結果を残した。勝負どころで放つライト線、レフト線へのタイムリー二塁打は実に印象深い。
原選手の打ち方は、まさに左打者特有のものだ。一塁に走り出しながらバットを振ったり、打った後に走る方向とバットを振る方向が同一であるため、内角のボールを迷わず振り抜くことが出来る。これは大きな武器だ。ある意味ではまったく左打者らしくない栗山巧選手と比較すれば、好対照とも言えるだろう。だが走り打ちは武器にもなる反面、弱点にもなりうる。左投手と対戦した時に外へ逃げるボールを投げられてしまうと、完全に泳いだ状態になってしまい、力ない打球しか打てなくなる。
シンプルに考えるならば、来季原選手が打力を向上させるためには、栗山選手のレフト前ヒットを見習うのが最短距離だと言えるのかも知れない。左投手のボールにしっかりと踏み込んでいくことができれば、バットスウィングを崩されることも少なくなり、三振の数も減るだろう。2番などを任せられることの多い原選手としては、やはり三振は少なければ少ないほど良い。三振が少なければベンチも安心してヒット&ランなどのサインも出せるため、より積極的な野球をチーム全体で取り組んでいくことができる。どんと構えてヒットを打つのがクリーンナップの仕事であるならば、1・2番の仕事はとにかく投手に多くのボールを投げさせることだ。投手に少しでも多くボールを投げさせることができれば、それだけ失投が生まれる可能性が高まる。1・2番の仕事は投手の失投を誘い出し、その失投を一振りで仕留めることだ。
ライオンズの背番号5といえば、黄金時代に辻発彦選手が背負っていた番号だ。辻選手と言えばまさに名二塁手。原選手には来季、全快した片岡選手からセカンドのレギュラーを奪い取るくらいの活躍を見せてもらいたい。原選手が活躍すればするほど、来季の内野陣の競争は激しくなる。チーム内での競争が激しければ激しいほどチーム力は底上げされるため、渡辺久信監督が目指すディフェンス面を強化した野球にも大きく近づくことができるだろう。そして来季のショートとして期待される浅村選手にしても、原選手が活躍を続ければポジションを奪われることも十分にあり得る。
来季、ライオンズがどのような布陣を敷いて来るのかはまだ分からない。しかし確実に言えることは、中島裕之選手が抜けたことにより、これまでと同じような戦い方はできなくなるということだ。単純に100打点減ってしまうのだから、やはりディフェンス面を強化して、無駄な失点を防いでいくしかない。そうなればやはり守備力のある原選手への期待は大きくなる一方だ。守備とバントに関しては一級品であるため、あとは打率.280程度を打てれば、原選手は間違いなく不動のレギュラーとなれるだろう。そして原選手にはいつかは、栗山選手と共に首位打者争いに加われるような巧打者へと大きく飛躍してもらいたい!
2011年11月29日 15:44
ライオンズの外国人補強は、帆足投手の動向が鍵
西武球団は今オフ、積極的な戦力補強を行なう旨を渡辺久信監督に約束をした。昨年までは資金的に大きな補強は難しいとされてきた西武球団だが、今オフは異なる。中島裕之選手のポスティングによるメジャー移籍が確実となり、G.G.佐藤選手と石井義人選手という高額年俸選手が戦力外、そしてシコースキー投手はシーズン序盤で自由契約され、ブラウン選手の契約更新も見送られた。これだけのことを考えると、少なく見積もっても今オフは5~6億円の補強資金を確保することができる計算になる。そしてミンチェ投手とフェルナンデス選手が国内FA権を取得し、来季からは日本人選手枠に加わるため、今現在外国人枠にはグラマン投手1人しかいないことになる。つまりあと3人の外国人選手を1軍に置ける。これはライオンズにとっては大きなメリットとなるはずだ。先日テストを行なったティフィー選手とゴンザレス投手を獲得しても、まだ1人外国人選手を補強することができる。
ライオンズには現在、常時1軍で活躍できるレベルの左の大砲がいない。坂田遼選手に大きな期待を寄せたいところではあるが、しかし今季の成績では少し心もとない。今オフ、西武球団は外国人調査担当として宮田隆氏を招聘したことからも、外国人に関してはかなり積極的に獲得に動くことが考えられる。その中でもブラゼル選手のような左の大砲と、リリーフを任せられるシコースキー投手のようなパワーピッチャーの補強は最優先事項だと言えるだろう。
サウスポー不足に関してもまだ解消されたわけではないが江草仁貴投手、松永浩典投手、武隈祥太投手、菊池雄星投手のうち誰か1人でもリリーフとして安定してくれれば、星野智樹投手との左腕2枚でかなり安定感は増すはずだ。そしてそれを実現するために、西武球団は来季の投手コーチに左腕・杉本正コーチを再招聘したのだ。つまり左腕不足解消に向けては、来季はかなり期待できることが見込まれ、このポイントに関しては無理をしてまで外国人選手を補強する必要はないと、筆者は考えている。
だが先発左腕となれば話は別だ。武隈投手と菊池投手が来季どれだけの成長を見せてくれるかにもよるが、万が一帆足和幸投手がFA移籍となってしまった場合は、日本人・外国人選手問わず、先発左腕の補強は必要となってくるだろう。さて、帆足投手のFA宣言についてだが、筆者には1つ気になっている点がある。それは西武球団のフロントの姿勢だ。帆足投手のFA宣言後、西武球団は「(伝えることは伝えたため)帆足投手とこれ以上交渉することはない」という趣旨のコメントを出した。だがこの対応姿勢はどうなのだろうか。例え西武球団が出せる金額に上限があったとしても、「必要なら何度でも帆足投手と交渉をしにいく」と言えば、帆足投手が受ける印象も大きく異なる。それこそ一気に残留に心が揺らぐことだってあるだろう。このあたりの選手の気持ちへの配慮が、まだまだ西武球団には足りないように筆者には感じられる。
話を外国人選手の獲得に戻すと、ティフィー選手とゴンザレス投手の獲得の可能性は高いのではないかと思われる。渡辺監督も好感触を受けているようだし、2選手とも実際に結果も残した。ゴンザレス投手にはリリーフ、クローサーの適性があり、ティフィー選手もスイッチヒッターということを考慮すれば、ライオンズの補強ポイントにもマッチする。
外国人選手の補強に関しては、12月中には1つの目処は見えてくるだろう。あとは帆足投手の動向次第で、3人目の新外国人選手の方向性も決まってくる。だが最善なのは言うまでもなく、帆足投手がライオンズに残留し、さらにもう1人の外国人選手を補強することだ。その流れを上手く作っていくことができれば来季、ライオンズの選手層は投打共に厚さを増すはずだ。そのためにも筆者は鈴木葉留彦新球団本部長の手腕に期待を寄せたい。鈴木球団本部長がチーム編成に成功すれば、ライオンズは間違いなく来季、優勝候補の最有力チームとなれるはずなのだ。チームは編成次第で生きるし、死ぬ。それだけ重要な役割であるため、鈴木葉留彦氏の肩に乗る重圧は並大抵のものではないはずだ。だがその重圧に負けることなく、鈴木球団本部長にはチームを生かす編成手腕を発揮してもらいたい。
2011年11月28日 16:05
帆足和幸投手、FA移籍の可能性は五分五分
帆足和幸投手がFA権を行使した。だが昨年までとは異なり、FA宣言=移籍とはならない。今オフのライオンズは、FA宣言しての残留も認めるようになったためだ。もちろん当たり前と言えば当たり前のことなのだが、それができなかった昨年までと比べると、これは球団の大きな成長と評価できるだろう。FA宣言をした帆足投手だが、残留の可能性は五分五分だと言う。もし移籍となってしまった場合は、ホークスが獲得する可能性が高い。なぜならホークスにはFA選手を獲得するための資金力があり、何よりも帆足投手の良き理解者である細川亨捕手の存在がある。帆足投手が、自分の良さを最大限に引き出してくれる細川捕手と、もう一度一緒に野球をやりたいと考えていても不思議はない。
ボールに勢いのある投手であれば、悪い言い方をすれば捕手が誰であろうとそれほど成績に影響することはない。150km以上のストレートが投げられる投手であれば、ジャストミートされても力で打者をねじ伏せることができるためだ。しかし帆足投手の場合はそうではない。130km台のストレートをいかに速く見せるかが鍵となってくる。そのためには経験豊富で、自らの長所・短所を理解している捕手に配球を任せるのがベストとなる。野村克也前楽天監督も仰っているが、技巧派の投手を上手くリードできるかどうかが、良い捕手と未熟な捕手との分かれ目となる。
細川捕手の存在に加え、帆足投手のホークス入りを加速させる要素として、ホークスが福岡のチームであるということも挙げられる。福岡出身の帆足投手が、現役の後半は故郷でプレーしたいと考えるのは、ごく自然なことだと言えるだろう。
このように、帆足投手がホークス入りすると考えられる理由はいくつか挙げることができる。だがライオンズからすれば、帆足投手は決して失ってはならない存在だ。選手会長に選ばれるほどの人望があり、毎年安定した成績を残している。将来は投手コーチを任せられるだけの存在であるのが帆足投手だと筆者は考えている。
西武球団もすでに慰留をしていると言うが、しかし帆足投手の口から五分五分という言葉が出てくるということは、その慰留もまだまだ足りないと言えるのではないだろうか。
ちなみに帆足投手が師として仰ぎ、ロッカーには本人からプレゼントされたグラブを飾るほどの存在である工藤公康投手は94年オフにFA宣言をし、ホークスへと移籍していった。帆足投手がこの足跡を辿ることも十分考えられる。しかもホークス側が、工藤投手がホークスで最初に背負った21番の着用を交渉材料とすれば、帆足投手の気持ちが大きく揺れることも考えられる。もし和田毅投手がFAでメジャー移籍とあれば、このような交渉も可能になるのだ。
西武球団は、ホークスがそのような交渉をしてくることをしっかりと理解した上で、帆足投手を全力で慰留していかなければならないだろう。もし昨年までのような曖昧な慰留であれば、細川捕手同様、帆足投手も簡単にライバル球団に流出させてしまうことになりかねない。
FA権は選手に与えられた大きな権利だ。それを行使し移籍するのは選手に与えられた自由となる。筆者は例え帆足投手が他球団に移籍したとしても、そのこと自体は受け入れ、移籍先でも活躍して欲しいと願うだろう。しかしもし西武球団が、ファンが納得できるだけの慰留を行なわなかった場合は、流出という言葉ばかりが頭を巡ってしまうと思う。
出せる金額は西武球団よりもソフトバンク球団の方が大きいことは容易に想像できる。だが帆足投手は金額だけで所属先を決めるような選手ではないと筆者は信じている。だからこそ西武球団には、帆足投手が悔いなく所属先を決められるだけの慰留をして欲しいと願っている。悔いなく所属先を決めることができれば、帆足投手はまだまだ大きな活躍ができる投手に違いないのだ。帆足投手には来季、悲願であるライオンズの日本一奪回に大きく貢献して欲しいと思う。帆足投手もまた、ライオンズには決して欠かすことの出来ない選手なのだ。
2011年11月25日 16:57
中島裕之選手、ポスティングでのメジャー移籍が決定
中島裕之選手のポスティングによるメジャー移籍が正式に発表された。もちろん入札されなければ移籍は叶わないわけだが、中島選手に興味を持っているメジャー球団が複数あることと、メジャーリーグ全体で遊撃手が不足しているという状況を考えれば、中島選手に入札・応札が入ることはほぼ確実だろう。西武球団も、入札額に問わず送り出す意思を表明しているため、事実上、中島選手は来季ついにメジャーリーグのユニフォームをまとうことになった。思えば一年前は「言った」「言わない」の押し問答に終始していた。ポスティングによる移籍が認められないにしても、中島選手にとっては後味の悪いシーズンオフになってしまったに違いない。だが今オフは本部長も鈴木葉留彦氏に代わり、居郷球団社長もライオンズの功労者を気持ちよく送り出してあげたいというコメントを出してくれた。そして後藤オーナーもそれに賛同した形だ。
中島選手が抜けるということは、ライオンズにとっては大きな戦力ダウンとなる。3番打者、不動の遊撃手、そして100打点を一気に失うのだから、攻撃力の大幅な低下は否めない。そういうチーム事情もあり、渡辺久信監督もまずはディフェンス面の強化を課題に挙げている。そのためにも投手陣と捕手陣の再整備は必要不可欠だ。後藤武敏選手と横浜の武山捕手とのトレードも、その課題をクリアするための第一弾だったのだろう。
中島選手がプロ入りしたのは2000年の秋だった。そして1年目の2001年から本格的にショートストッパーとしての練習を開始した。中島選手の最大の転機は2003年オフ、、それまで不動のショートストッパーとして君臨していた松井稼頭央選手のメジャー移籍だった。松井選手の穴を埋めるべく2004年から、中島選手は1軍の7番ショートを任せられた。だが守備に関してはまだまだ1軍レベルではなく、エラーも多く、併殺を取りきれない場面も目立っていた。だがそれを補って余りあるほどの打撃を、中島選手は2004年から見せてくれたのだった。
7番という比較的楽な打順だったとは言え、本格的な1軍1年目で.287、27本塁打、90打点は見事としか言いようがない。中島選手のこれまでの打撃成績を改めて見直していくと、もし負担の大きいショートストップではなく、サードなどを守っていればもっと打っていたかもしれないと、ついつい想像を膨らませてしまう。それこそトリプルスリーも達成出来ていたかもしれなかった。
さて、中島選手のメジャー移籍となるといつでも話題になるのは、「中島裕之はメジャーで通用するのか?」というものだ。ほとんど人工芝でしかプレーしたことのない中島選手も、メジャーの天然芝には苦労をするとは思う。前へのチャージに弱点のある中島選手の場合でも、日本よりも打球が速くなるメジャーでは少し後ろに守備位置を変えるとは思うのだが、このあたりの適応能力も試されるところではあるだろう。
メジャー使用球は、日本の統一球よりも少し重く、少し滑る。それに苦労する日本人野球も多いわけだが、中島選手の場合はどうだろうか?中島選手は生粋のショートストッパーと比べると、ボールをしっかりと捕って、しっかりと握って投げるという動作をしている。名手と呼ばれたショートストッパーと比べるとその動作はマイナス要素となるわけだが、滑りやすいメジャー球で悪送球を防ぐためには、もしかしたら中島選手のしっかりと握って投げるという動作がプラスに働く可能性もあるかもしれない。
打撃に関しては、中島選手はフライングエルボーという打撃スタイルを採っている。この打ち方はキューバの選手など、上体の力に自信を持っている選手が多用する打撃スタイルだ。いわゆるトップハンドトルクという動作をスムーズにする構えで、グリップをはじめからトップの位置に置いているため、速いボールにも対応しやすいというメリットがある。
イチロー選手を思い浮かべてもらいたい。イチロー選手は日本時代はバットは立てて構え、グリップは胸のあたりの高さで大きく後ろにテイクバッグさせていた。だがメジャーに移籍するとグリップを高くして、バットを寝かせ、最初からトップの位置でバットを構えるようになった。これはメジャーリーグの速いボールに対応するためのモデルチェンジだった。そしてこのモデルチェンジは成功し、イチロー選手はメジャー移籍以来、ずっと好成績を残し続けている。
では松井稼頭央選手はどうだったか?松井稼頭央選手は日本でプレーしていた頃と、基本的には打撃フォームは変えなかった。バットを立てて、ヘッドを利かせるというスタイルだ。しかしこの打ち方はメジャーでは通用しなかった。筆者が見てきた限りでは、構えで立てたバットを寝せる動作が、差し込まれる原因になっていたように思えた。つまり結論から言えば、もし松井稼頭央選手がバットを寝せて構えてれば、もしかしたらメジャーでももう少し打てていたかもしれないと筆者は考えている。
松井稼頭央選手は筋骨隆々の選手として有名だった。しかし体躯そのものは177cmと、野球選手としては小柄な方だ。日本でも大きくなかったわけなので、メジャーリーグの選手と並べば大人と子供ほどの差があった。つまり日本では30本塁打打っていた松井稼頭央選手でも、メジャーリーグにおいてはホームランを狙える選手ではなかったのだ。だからこそ筆者は日本時代のスタイルは捨て、イチロー選手のような大胆なモデルチェンジを松井稼頭央選手にもしてもらいたいと思っていた。
では中島裕之選手はどうだろうか?中島選手が意識してかしないでか、恐らく今の中島選手の打撃フォームは、日本人がメジャーに渡った時にベストに近いと言えるフォームではないかと思う。例えばバットを最初からトップの位置で構えるというスタンスは、メジャー移籍後のイチロー選手と共通しているし、できる限り体の近く(ボールを引き付けて)で打つという打撃は、メジャーのムービングファストボールの対応にも適しているだろう。
ただ筆者が気になるのはフライングエルボーだ。もちろん打ちに行った時に腋が閉まっていれば問題ないわけだが、もしツーシーム攻めに遭ってしまえば、恐らくこのフライングエルボーは大きな弱点となるだろう。ちなみに中島選手はツーシーム攻めを苦手としている。甘く入ったツーシームはもちろんヒットにしてくるが、ダルビッシュ投手が投げる内角に決まったツーシームは、2008年のプレーオフまでさかのぼっても、ほとんどヒットに出来てはいない。
フライングエルボーの構えだと、来たボールをツーシームだと意識してしまうことで右肘が反応してしまうのだ。反応してしまうことで腋が閉まるタイミングがワンテンポ遅れ、差し込まれやすくなってしまう。一方イチロー選手のように最初から腋をしっかりと閉めていれば、内角に来るカッターやツーシームに体が反応してしまっても、グリップは振り出せる位置に置かれているため、変に差し込まれる可能性は低くなる。
中島選手はメジャー移籍にあたり、野手の間を抜くショートヒットを狙うと公言した。ライオンズでは3番打者として長打も求められた中島選手だが、メジャーに移籍し、長打を捨てるのであれば、フライングエルボーの改良も視野に入れる必要があるだろう。もちろんまずは今のままのスタイルが通用するかを確かめて良いと思う。しかしそれが通用しなかった時どうするかを、今のうちにしっかりと練っておく必要はあるだろう。
筆者があれこれと色々と考察していくと、中島選手の打撃はメジャーでも通用するのではないかと思う。ショートストップの守備に関しては、しっかりとメジャーに適応させる必要はある。例えば4-6ー3の併殺時に、体を一塁方向に真っ直ぐ入れて低い弾道で転送する動作は不可欠だ。これができなければ、メジャーの選手はどんどん殺人スライディングを仕掛けてくる。このあたりの修正は絶対に欠かせないとは思うが、これらの明確な修正ポイントさえメジャーに適応させることができれば、中島選手は、初めて内野手として通用する日本人野手となるのではないだろうか。
メジャーリーガーとして活躍した後、中島選手には再びライオンズで3番のユニフォームをまとってもらいたい。その時まで背番号3番は空けておくということも、もしかしたらファンの想いのためにも必要なことなのかもしれない。とにかく中島選手には、アメリカで大暴れをして、いつの日かまたライオンズに戻ってきてもらいたい!メジャーに移籍してもがんばれ!ナカジ!!
2011年11月24日 17:03
後藤武敏選手、横浜へのトレードが発表される
2008年9月23日、筆者は西武ドームの内野スタンドで観戦をしていた。楽天イーグルスを相手に7-10で敗れた試合だった。この試合、西武ドームに詰め掛けたファンは33,229人。この試合に勝てば2002年以来のリーグ優勝が決まるはずだった。筆者はこの試合の8回裏、生まれて初めてスタンド観戦をしながら涙を流した。鳥肌も収まらなかった。この試合は、それほど我々ファンに感動を与えてくれた一戦だったのだ。8回表を終えた段階で点差は2-5。スタンドには「今日は優勝は無理かもしれない」という雰囲気が漂いはじめていた。正直言って筆者も、8回表に2点を追加され、3点差に広げられた時点で少し優勝へのテンションは下がりはじめていた。しかしこの試合のドラマは8回裏、そして9回に用意されていたのだった。
8回裏、先頭の6番石井義人選手がレフト前ヒットで出塁した。続く7番佐藤友亮選手はファーストゴロに倒れるも、楽天グウィン投手の捕球エラーで無死三塁一塁というチャンスに広がった。すると8番細川亨捕手が2ストライクナッシングからセンターにフライを打ち上げ、石井義人選手がタッチアップで生還。これで点差は3-5と縮まった。
9番は赤田将吾選手の代打として打席に立った江藤智選手。その江藤選手、フルカウントまで粘り、四球をもぎった。場面は一死二塁一塁。ここで迎える打者は1番片岡易之選手だったが、この片岡選手が見事なセンター前ヒットを放ち、佐藤友亮選手が生還。点差は4-5となり、場面は一死三塁一塁となおチャンス。ここで楽天のピッチャーはグウィン投手から有銘投手にスイッチされた。
迎える打者は2番栗山巧選手。その初球、片岡選手が2008年50個目の盗塁を決めたものの、栗山選手は空振り三振に倒れてしまった。だがここで迎えるのは主砲中島裕之選手。まさに主役の登場となり、西武ドームのボルテージは一気に上がっていった。だが楽天ベンチも中島選手の怖さは熟知している。捕手は立たなかったものの、ほぼ敬遠ともいえるような四球で勝負を避けた。これで二死満塁。
ここで迎えたのは、この試合指名打者として4番に入っていた後藤武敏選手だった。一打出れば逆転、四球でも同点という場面。スタンドで声を嗄らすファンの手はいつしか叩くのをやめ、祈るように目を瞑った顔の前で組まれていた。もはや目など開けていられない。打てば天国、打たねば地獄。まさにそのような心境だ。そんな状況が4球続き、カウントは2-2。バッター・イン・ザ・ホール。ここで楽天バッテリーが選んだ勝負球はストレートだった。しかもそのストレートが、まるで西武ファンの祈りが届いたかのように、まるで吸い込まれるようにど真ん中へと入ってきた。後藤武敏選手は迷わずそのボールを振り抜くと、打球はグングン伸びて行き、ライトフェンスに直撃した。3人の走者は全員が生還。土壇場での逆転タイムリーツーベースヒットとなった。
西武ドームはまさに総立ち。多くのファンがこの一打に感動の涙を流していた。筆者も泣いた。共に観戦していた友人も泣いた。隣に座る見知らぬ西武ファンも泣いていた。後藤武敏選手のこの一打は、それだけの大きな感動を与えてくれたのだ。これで点差は7-5となり、ライオンズは一気に逆転を果たした。これで今日優勝が決まる、西武ドームの誰もがそう確信した。しかし9回表、守護神グラマン投手が満塁のピンチを背負ってしまうと、フェルナンデス選手にまさかの満塁弾を浴びてしまった。点差は7-10、まさかの再逆転。これでライオンズはまた、マジック1の状態で足踏みとなってしまった。打たれたグラマン投手の目には涙が浮かんでいた。
もしこの試合に勝っていれば、ヒーローインタビューは間違いなく後藤武敏選手だっただろう。だがそれは適わなかった。もしこの時後藤武敏選手がお立ち台に立っていたら、ファンはさらに涙を流していたことだろう。後藤武敏選手のプレーには、観る者を魅了する魅力がある。筆者は以前のコラムでも書いた通り、後藤武敏選手にはライオンズの4番打者になって欲しかった。というよりは、後藤武敏選手は4番を打っていなければならない選手だったのだ。だが2010年以降はほとんどを2軍で過ごし、2011年11月22日、横浜ベイスターズへのトレードが発表された。
ファンとしては非常に寂しいトレードだった。だが成績を見ればトレード要員とされても文句は言えない。しかし横浜といえば、後藤武敏選手が高校3年間を過ごした土地だ。後藤武敏選手にとっては、原点回帰とも言えるトレードになったのかもしれない。このトレードを良いきっかけにし、後藤選手には遅咲きの大輪を咲かせえもらいたい。そして来季は横浜ベイスターズの勝利に貢献し、交流戦や日本シリーズで、再び西武ドームで勇姿を披露してもらいたい!
2011年11月22日 16:35
#97 石井貴
97 石井貴 - Takashi Ishii投手、右投右打
1993年ドラフト1位
藤嶺学園藤沢高~三菱重工横浜~埼玉西武ライオンズ
神奈川県綾瀬市出身、1971年8月25日生、180cm / 85kg
2007年を限りに現役を退いた石井貴投手は、翌2008年からライオンズの2軍投手コーチに就任した。そして2012年からは、ついに1軍投手コーチ(ブルペン担当)へと異動となる。筆者は、ライオンズのこのような人事は非常に好きだ。渡辺久信監督が監督に就任した際もそうだったが、まず2軍投手コーチとなり、2軍監督を経て、1軍監督に就任した。その流れを汲むように石井貴コーチも来季から1軍に異動となるわけだが、このような流れは簡単に作れそうでなかなか作れるものではない。
他球団の一部には毎年コーチ組閣で苦労しているチームがあるが、それは指導者育成を長年怠ってきたことが唯一の原因だ。球団は選手を育てることも重要だが、それに次いで指導者を育成することもまた、常勝球団を作り上げるためには必要なことなのだ。このような観点から見ていくと、4年間2軍でコーチ経験を積んだ石井貴コーチは、まさにライオンズが育てた指導者と呼ぶことができるだろう。そして石井貴コーチの厚い人望を考えれば、1軍のチーフ投手コーチとなる日もそう遠くはないはずだ。
現役時代の石井貴投手を知るファンは今なお多いと思うが、しかし全盛期の石井貴投手を知るファンはもう多くはないのではないだろうか。石井貴投手を一人前に育て上げたのは時の東尾修監督だ。東尾監督は石井貴投手の責任感の強さを活かし、責任を与えることで石井貴投手を1軍のローテーション投手へと順序立てて育てていった。つまりリリーフを経て、クローサーを経て、満を持して先発ローテ入りしたのだ。
石井貴投手の最初のターニングポイントは97年だったのではないだろうか。東尾監督が監督就任3年目にしてリーグ優勝を成し遂げた年だ。この年の石井貴投手は59試合に投げて10勝をマークしている。しかし先発をしたのはわずかに2試合のみ。残りの57試合はすべてリリーフでの登板だった。それでも10勝8敗9Sという素晴しい数字を残した。まるで先発に抑えにフル回転をした、若き日の渡辺久信投手のようだった。
97年の活躍をきっかけに、翌98年からは先発ローテーションに加わった。そして1997~2000年の4年間に42勝をマークした。この時期は西口文也投手もまだ全盛で、松坂大輔投手や豊田清投手もいた。とにかく石井貴投手が活躍したこの時期の投手陣は、本当に素晴しかった。その中に割って入った石井貴投手は、今更ながら立派だったと改めて実感できる。ちなみにこの強力な投手陣を預けられていたのが、来季から1軍の投手コーチとなる杉本正コーチだった。つまり杉本コーチは、これだけの投手陣を育て上げたという大きな実績があるコーチなのだ。
石井貴投手の全盛は長くは続かなかった。2000年代は長らく肩痛に悩まされ、高価な治療機器を自宅に購入し、必死のリハビリに取り組んでいた。だがその肩痛が完全に治ることはなかったようだ。そんな中、2004年、石井貴投手はレギュラーシーズンをわずか1勝という数字で終えた。だがその石井貴投手が日本シリーズで蘇ることとなる。
中日を相手にした2004年の日本シリーズ、石井貴投手は2試合に先発をして、計13イニングを無失点で投げ抜き、日本シリーズのMVPに輝いた。しかもその2勝は第1戦と、最終戦となる第7戦で挙げた勝利なだけに、その価値には2勝以上のものがあった。この活躍で石井貴投手も完全復活かと思われたが、しかし2005年は際立った活躍を見せることはできなかった。
だが2006年は違った。肩はまだ痛かったと思う。先発では厳しいものの、1イニングしか投げないリリーバーとして活路を見出した。なんと46試合に登板し23ホールドを記録したのだ。だがこの活躍が石井貴投手の現役最後の活躍となってしまう。現役最後の年となった2007年はわずか8試合の登板に終わってしまった。石井貴投手の西武ドームでの引退試合は、筆者もライトスタンドで見ていた。闘志溢れる大好きな投手の引退試合だっただけに、本当に寂しい思いで胸はいっぱいだった。
「もう、私の肩は上がりません」
引退セレモニーで涙ながらに語ったこの台詞は、筆者の耳には今なお鮮明に残っている。
引退翌年から石井貴投手は、2軍投手コーチに就任した。そして若き才能ある投手たちを着実に成長させ、1軍に送り続けた。筆者も一度石井貴コーチの投球指導を受けたことがあるのだが、本当に優しい方だった。手取り足取り体の使い方を教えてくださり、難しいことも分かりやすく伝えてくれるコーチだった。筆者も野球指導者の端くれであるわけだが、石井貴コーチには本当に大きな影響を受けた。石井貴コーチに指導をしていただいた時、手のひらを見せてもらったのだが、その指には大きな投球胼胝(タコ)が出来ていた。「これが長年150kmものボールを投げ続けた証なんだなぁ」と筆者は感動したのをよく覚えている。指にあれだけ大きな胼胝ができるほど練習を続けたからこそ、きっと野球の神様も2004年の日本シリーズでの勲章を与えてくださったのだろう。
野球の楽しさ、野球の苦しみ、その酸いも甘いもすべてを知る石井貴コーチだからこそできる指導があると思う。石井貴コーチといえば現役時代からテレビでは「レクター・ハンニバル」に重ねられたり、ラジオでは投げる金剛力士像と呼ばれたりと、どちらかといえば強面のキャラクターとして人気だった。しかしその実態はとても温かく、優しく、今なおチームで一番の紳士でもある。こんな時代だからこそ選手に対し厳しく接することができ、野球以外の常識も教えることができる石井貴コーチのような存在が必要なのではないかと、筆者は強く実感している。
石井貴コーチには来季、ぜひともチームを日本一に導くための指導を頑張ってもらいたいと思っている。特に石井貴コーチを兄貴として慕う星野智樹投手、涌井秀章投手をもう一段上のレベルに押し上げてあげて欲しい。そして筆者は来季、ブルペンサイドシートに初めて座ってみようと今から心に決めているのだった。
2011年11月18日 15:37
#25 星孝典
25 星孝典 - Takanori Hoshi捕手、右投右打
2004年ドラフト6巡目
仙台育英学園~東北学院大学~読売ジャイアンツ~埼玉西武ライオンズ
宮城県名取市出身、1982年5月4日生、176cm / 81kg
星孝典捕手のプロ野球人生は、読売ジャイアンツから始まった。入団直後は「巨人の星」と騒がれ、注目をされた期待の新人ではあったが、しかし巨人の正捕手・阿部捕手の牙城は高く、巨人在籍の3年間で1軍出場はわずかに18試合に留まった。それが2011年5月、29歳の誕生日を迎えた直後に埼玉西武ライオンズへの金銭トレードが発表された。ライオンズにとっては2人目の「星捕手」ということになったわけだが、巨人からやってきたこの星捕手は、まさに捕手として大きな期待が寄せられていた。
移籍後間もなくして1軍に昇格すると、主に守備要員としてマスクを被る機会が増えた。キャッチングの上手さ、強肩、スローイングの素早さは安心して守備を任せられるレベルだ。2011年今季はそれほど盗塁を刺すシーンは目立たなかったが、来季はライオンズ投手陣との息ももっと合って来ると思う。そうすれば盗塁阻止率にももっと期待を寄せることができるだろう。
銀仁朗捕手からすれば、星捕手の加入は大いに刺激となったはずだ。ライオンズはここ数年米野捕手、荒川捕手と捕手の獲得を続け、岳野捕手や上本捕手の成長も著しい。さらに2011年のドラフトでは2名の捕手を指名している。まさに正捕手の最有力候補として、銀仁朗捕手はうかうかしていられる状況ではない。近年怪我が目立っていた銀仁朗捕手も、次は本当に正捕手の座を奪われる可能性もあるだろう。
銀仁朗捕手とともに、いま正捕手の座に最も近いのが現状では星捕手だと言える。星捕手は非常に勉強熱心な選手だ。試合に出ていないダッグアウトでは、いつもノートを持って何かをメモしている。これは西武に移籍してからはじめた習慣のようだが、こうして生の情報を集めるというのは、捕手として必ず役立ってくるはずだ。
捕手というポジションは、アマチュア時代にいくら大きな実績があったとしても、プロに入っていきなり通用するケースはほとんどない。プロ入り直後から正捕手になった捕手たちも多々いるが、しかし本当に「良い捕手だ」という評価を得るまでには数年かかっている。それを考えれば星捕手は昨年まで、わずか18試合にしか出場していない。それもフル出場はほとんどなかった。つまり2011年の星捕手のプレーが、星捕手のすべてではないと言っても過言はない。星捕手には、捕手として間違いなくさらなるレベルアップを期待することができる。
伊東勤捕手が抜けたあとのライオンズで、筆者は過去に2人、この捕手は必ずやってくれるという直感が働いた捕手がいる。1人目は今季からホークスのユニフォームを着ている細川捕手で、2人目が星孝典捕手だった。直感なので理由を上手く説明することはできないのだが、細川捕手や星捕手には、捕手としての何か大きな資質を感じたのだ。それはもしかしたら、東北出身者特有の温かさや、懐の大きさがそう感じさせるのかもしれないが、とにかく筆者は星捕手には感じるものがあった。
今オフ、星捕手は61という大きな背番号から、25番への栄転が決まった。この背番号の変更も、今季の実績と、来季への大きな期待が寄せられてのものだろう。現状のライオンズは、決して正捕手が確定している状況ではない。西口投手専属の捕手(上本捕手)が存在している時点で、正捕手不確定と言っていいだろう。もちろんバッテリーの相性の良し悪しはあるが、しかし相性が悪くても、それを良い方へ持っていけるのが正捕手だ。
来季、もし星捕手が西口投手の正妻の座を掴むことができれば、それは正捕手への一歩だと見て間違いないだろう。もちろん銀仁朗捕手にも同じことが言えるわけだが、星捕手、銀仁朗捕手が今季以上に熾烈な正捕手争いを繰り広げることで、ライオンズ捕手陣の大幅な底上げを筆者は期待したい。そしてその台風の目となる存在が、星孝典捕手となることは間違いないだろう。
2011年11月15日 17:38
2012年守護神の一番手は、岡本篤志投手
昨日、ライオンズは4選手の背番号変更を発表した。その中で岡本篤志投手が59番から22番になったわけだが、これはまさに守護神定着への期待の現われではないだろうか。22番と言えば大魔神・佐々木主浩投手や、高津臣吾投手など、日本を代表するクローサーが背負って来た番号だ。岡本投手もそれにあやかり、ぜひ来季は守護神というポジションに定着してもらいたいと思う。岡本投手が1軍に定着できるようになったのはここ2年の話だ。入団した2004年から2008年までは1軍に定着することは出来ず、2009年は股関節の疲労骨折もあり、一度も1軍に上がることはなかった。それでも渡辺久信監督からの期待は常に大きかった。岡本投手は、渡辺監督が2軍投手コーチに就任した年に入ってきた投手だけに、渡辺監督自身、岡本投手のことをよく知る。それだけに期待も大きい。
2008年まで1軍に定着できなかった要因は与四球の多さと、四球を出した後に簡単にストライクを取りに行ったボールを痛打されること。それとウィニングショットがなかったということが主な要因だった。2008年までの岡本投手の被安打率は14.34で、これに四球を加えると19.78という数字に膨れ上がる。つまり9イニングを投げれば、約20人の打者を出塁させる計算だ。
この数字を去年・今年だけに限ると7.81で、四球を加えても12.00という数字となり、2008年までと比べると大幅に改善されていることが分かる。股関節を疲労骨折したことで、もう一度丁寧に下半身を作り直したことが制球の安定につながったのかもしれない。
だだし、最近2年だけの数字がいくら改善されたとは言え、まだまだ物足りない数字だ。守護神になるためにはこの数字をもっと向上させていく必要があるだろう。しかし数字だけですべてを判断することはできない。つまりフルシーズンを1軍で戦った経験がほとんどない岡本投手にとり、この2年間のシーズン中の疲労度は決して小さくはなかったはずだ。その疲労からくるバランスの崩れが、時に簡単に失点してしまう結果を生んでしまった。
もし来季、シーズンを最初から最後まで戦い抜くことに慣れてくれば、岡本投手の安定感は間違いなく増すことになるだろう。弱点だったウィニングショットも、昨年からチェンジアップで空振りを取れるようになっていることから、もう心配は要らないはずだ。
そして渡辺監督が岡本投手をクローサーにしたい最たる要素は、気持ちの強さにある。岡本投手は、ライオンズの投手陣の中では最も気持ちの強い投手の1人だ。クローサーは常に僅差の最終回で投げることになる。この状況で気持ちが弱ければ、当然だがリードを保ったまま3つのアウトを奪うことは出来ない。クローサーには精神的強さも求められるわけだが、岡本投手にはそれがある。だからこそ渡辺監督は岡本投手をリリーバーとして重用しているのだ。
守護神というポジションは、1年や2年結果を出したからといって、簡単に務まるようなポジションではない。牧田和久投手のようにルーキーが成功するケースは非常に稀なのだ。そういう観点から見ても、今季の岡本投手はまさに守護神としての酸いも甘いも経験した。この経験はまさに来季の宝となるだろう。今季の経験を糧にすることができれば、岡本投手は来季、不動の守護神として9回を任せられるようになるはずだ。
プロ入り以降様々な苦難に遭ってきた岡本投手には、遅咲きの大輪として来季はパ・リーグを代表する守護神として1年間最後まで活躍し、ライオンズの日本一に大きく貢献してもらいたい!
2011年11月14日 15:49

