前の記事 #37 坂元弥太郎
次の記事 #65 斉藤彰吾
#88 石井丈裕
#88 石井丈裕 - Takehiro Ishii
1軍投手コーチ
右投右打・投手
1988年ドラフト2位
早稲田実業~法大~プリンスホテル~西武~日本ハム~台北誠泰太陽
東京都大田区出身、1964年10月25日生、185cm / 90kg
タイトル:沢村賞(1992)、MVP(1992)、正力松太郎賞(1992)、最高勝率(1992)、ベストナイン(1992)、日本シリーズMVP(1992)
石井丈裕投手は、西武ライオンズ黄金時代の後期を支えたエース級投手だった。入団したのは1989年。前年秋のドラフト2位指名だった。アマチュア時代の石井投手は早稲田実業では荒木大輔投手、法大では猪俣隆投手の影に隠れ、常に二番手投手に甘んじていた。それがプリンスホテルに入部するとめきめきと頭角を現し、88年のソウルオリンピックでは潮崎哲也投手、野茂英雄投手以上の信頼を勝ち取り、エースとして銀メダル獲得に大きく貢献した。するとその活躍が評価され、同年のドラフトで西武に2位指名されることになった。
契約金7000万円、年俸840万円は同期1位指名の渡辺智男投手と同じ条件だった。当初石井投手がプロ入りに難色を示していたということもあるが、西武球団としてもそれだけ高い評価をしての条件提示だった。その評価に間違いはなく1年目から1軍で投げ続け、日本シリーズでの登板も果たした。そして石井投手が一気に花開いたのが92年だ。当時の正捕手だった伊東勤捕手の勧めもあって、石井投手はメンタルトレーニングを導入したという。するとその効果はてき面で、92年は15勝3敗という大活躍を見せ、沢村賞にも輝いた。
92年からの4年間は、途中調子を落とした時期もあったものの常時1軍の主戦投手として活躍し続けた。だが95年を境に故障に苦しむ時期に突入してしまう。95年は2桁勝利を挙げるものの腰痛に苦しみ、翌年には脚の手術も経験した。故障がちになると成績も下降の一途を辿り、97年オフ、西崎幸広投手との2対1のトレードで、奈良原浩選手とともに日本ハムに移籍することになってしまった。
移籍した日本ハムでも復活することは叶わず、99年を限りに戦力外通告を受けてしまう。しかしそれでも現役に執着した石井投手は各球団のトライアウトを受けるもののすべて不合格。最後は元同僚の渡辺久信投手や郭泰源投手に相談し、台湾球界へと活路を見出していった。コーチ兼任として現役を続行した石井投手は、見事台湾で復活し、チームを優勝に導く活躍を見せた。しかしプレーレベルそのものが復活することはなく、台湾で2年間プレーした後、現役生活にピリオドを打った。
その後はプレーをしていた台北太陽の監督、韓国のロッテジャイアンツの投手コーチを経て2004年、石井コーチは2軍投手・トレーニングコーチとして再びライオンズのユニフォームをまとうことになった。これは渡辺久信コーチ(当時)の西武復帰とともに、黄金時代を知る西武ファンにとっては本当に嬉しいニュースとなった。同年から1軍監督に就任した伊東勤監督をサポートすべく、2軍コーチとして帰ってきた黄金時代のエースたち。昨年工藤公康投手がライオンズに戻ってきた時と同じような感覚を覚えたものだった。
2009年までは2軍コーチを勤め、2010年はフロント入り。そして今季2011年は1軍投手コーチ(ブルペン担当)として再び西武ドームに戻ってきた。現役時代は素晴らしいコントロールで一時代を築き上げたエース級ピッチャーだった石井丈裕コーチ。そのコントロール術をライオンズの若き投手陣たちに継承し、渡辺久信監督を男にすべく、小野投手コーチとともに投手王国の再建を進めてもらいたいとファンとしては願っている。黄金時代を知るからこそ、黄金時代再来の難しさをよく知る1人だと思う。だが黄金時代を知るからこそ伝えていけるライオンズの文化というものもある。石井コーチにはぜひそのようなチームに伝わる良き文化をライオンズの投手たちに継承していって欲しいと筆者は切に願っている。
| 投球成績 Pitching Results | ||||||||||||||||||||||
| 年 度 |
登 板 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ | ブ |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
||||
| 西武ライオンズ | ||||||||||||||||||||||
| 1989 | 33 | 0 | 0 | 0 | 4 | 4 | 3 | .500 | 302 | 68.2 | 85 | 6 | 21 | 3 | 39 | 33 | 33 | 4.33 | ||||
| 1990 | 23 | 6 | 2 | 0 | 8 | 6 | 0 | .571 | 556 | 133.1 | 132 | 14 | 29 | 0 | 99 | 54 | 50 | 3.38 | ||||
| 1991 | 17 | 6 | 1 | 3 | 7 | 5 | 0 | .583 | 426 | 110.1 | 81 | 15 | 23 | 0 | 68 | 41 | 40 | 3.26 | ||||
| 1992 | 27 | 8 | 3 | 3 | 15 | 3 | 3 | .833 | 563 | 148.1 | 103 | 9 | 28 | 1 | 123 | 34 | 32 | 1.94 | ||||
| 1993 | 26 | 14 | 4 | 4 | 12 | 10 | 0 | .545 | 766 | 191.2 | 173 | 25 | 28 | 3 | 144 | 69 | 68 | 3.19 | ||||
| 1994 | 27 | 4 | 1 | 1 | 6 | 6 | 4 | .500 | 482 | 118.2 | 106 | 10 | 30 | 2 | 70 | 49 | 44 | 3.34 | ||||
| 1995 | 18 | 5 | 2 | 1 | 10 | 6 | 0 | .625 | 466 | 115.1 | 95 | 9 | 28 | 0 | 82 | 38 | 35 | 2.73 | ||||
| 1996 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | .000 | 108 | 25.2 | 21 | 4 | 10 | 1 | 10 | 11 | 10 | 3.51 | ||||
| 1997 | 30 | 0 | 0 | 0 | 4 | 5 | 0 | .444 | 471 | 109.2 | 109 | 8 | 41 | 2 | 72 | 51 | 42 | 3.45 | ||||
| 日本ハムファイターズ | ||||||||||||||||||||||
| 1998 | 27 | 0 | 0 | 0 | 2 | 5 | 0 | .286 | 211 | 46.1 | 56 | 9 | 17 | 3 | 35 | 35 | 32 | 6.22 | ||||
| 1999 | 20 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | .000 | 115 | 25.0 | 34 | 3 | 7 | 2 | 13 | 19 | 16 | 5.76 | ||||
| 通算 | 253 | 43 | 13 | 12 | 68 | 52 | 10 | .567 | 4466 | 1093.0 | 995 | 112 | 262 | 17 | 755 | 434 | 402 | 3.31 | ||||
| リーグ最多 |
【お知らせ】
最近、日刊埼玉西武ライオンズの記事をブログやmixi日記などで再利用されている方がいるようです。日刊埼玉西武ライオンズの記事は、筆者が許可していない限り、酷似した文章、コピーした文章を他ブログ、他サイトに掲載することは禁止いたしております。もし何かお気付きの点などございましたら、ぜひメールでお知らせくださいませ。ご協力よろしくお願いいたします。
前の記事 #37 坂元弥太郎
次の記事 #65 斉藤彰吾
【関連記事】
2011年03月08日 22:53 Tweet

