1  |  2  | All pages

#36 米野智人

#36 米野智人 - Tomohito Yoneno

右投右打/捕手・一塁手
1999年ドラフト3位
北照高~ヤクルト~埼玉西武ライオンズ
北海道札幌市出身、1982年1月21日生、181cm/82kg
2011年推定年俸:1600万円

2010年途中に山岸投手とのトレードでライオンズに加入した米野智人捕手。だが昨季は一度も1軍に昇格することなくシーズンを終えてしまった。プロ入り直後は「古田の後継者」とも呼ばれたほど期待された選手だった。しかし強肩でのアピールはできたものの、安定性やリード面、打撃面ではアピールできず、ヤクルト時代からなかなか1軍に定着できずにいた。2006年こそ116試合に出場しているが、他のシーズンは軒並み30試合以下の出場に留まっている。

渡辺監督の目指す野球は、これまでの傾向を見ていくと打ち勝つ野球にあることが感じられる。投手出身監督としては珍しい傾向にはあるが、しかしこれは投手陣にある程度の安心感があるからこそ打ち出せる方向性なのだろう。そう考えると、やはり捕手にもある程度の打力が求められる。細川亨捕手のように、捕手としての完成度がいくら高かったとしても、打率が2割前後では起用してもらえない。

ということは、米野捕手が1軍に昇格するためのひとつの鍵はやはり打力ということになる。だが昨季の米野捕手はイースタンリーグでも.250という数字しか残せなかった。イースタンで.250の選手が、1軍でそれ以上打てるということはまず考えられない。せっかく得た新天地での仕事場ではあったが、昨季の米野捕手はそれを活かし切ることはできなかった。

では本職の捕手としてはどうだろうか。打撃ではアピールできなかったが、捕手としての信頼を得られれば1軍昇格も見えてきたかもしれなかった。しかし昨季は捕手として20試合に出場し、5つの失策を記録してしまっている。さすがにこの記録では1軍昇格は厳しいだろう。

今季はホークスを戦力外になった荒川捕手の加入もあり、米野捕手には益々厳しいシーズンとなりそうだ。そしてもし今年結果を出せなければ、戦力外通告の可能性すら否めない。だが「古田の後継者」と呼ばれただけの捕手だ。このまま終わるわけはないと筆者は信じている。今季こそは1軍昇格を果たし、銀仁朗捕手を脅かす存在になってくれたらと思う。

 打撃成績 Batting Results




























 東京ヤクルトスワローズ
2001 1 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000
2002 22 55 51 4 10 0 0 1 13 2 0 0 1 0 3 1 0 15 0 .196 .241
2004 15 18 16 3 1 0 0 0 1 0 1 0 0 0 1 0 1 3 0 .063 .167
2005 34 70 62 6 9 0 0 1 12 4 2 0 5 1 1 0 1 18 0 .145 .169
2006 116 382 340 32 80 14 1 7 117 37 0 0 12 3 25 6 2 75 2 .235 .289
2007 32 85 78 8 14 3 0 3 26 9 0 0 2 0 4 0 1 25 1 .179 .229
2008 16 13 10 1 1 0 0 0 1 1 0 0 1 0 1 0 1 1 0 .100 .250
2009 11 19 18 2 5 0 0 0 5 0 0 0 1 0 0 0 0 4 1 .278 .278
 埼玉西武ライオンズ
2010 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
通算 247 643 576 56 120 17 1 12 175 53 3 0 22 4 35 7 6 141 4 .208 .259

2011年02月27日 16:00

#38 松永浩典

#38 松永浩典 - Hironori Matsunaga

左投左打・投手
2005年希望入団枠
海星高~三菱重工長崎~埼玉西武ライオンズ
長崎県西彼杵郡三和町出身、1984年2月24日生、175cm/77kg
2011年推定年俸:1000万円


松永浩典投手は良いピッチャーだと思う。しかし同時にストライクゾーンに投げるのを恐がっているような印象を受けてしまう。140km台の切れのあるストレートに、90km台のカーブ、それにスライダーやチェンジアップ。これだけの球速差があれば、ストレートとカーブだけでも勝負できそうな気もするのだが、しかしなかなか結果を残すことができていない。入団時から背負っていた24番という背番号も、今年は38番に変更させられてしまった。

良いピッチャーの条件は、ストライクゾーンに投げることを恐れないことだ。だが松永投手の場合は打たれるのを恐れるあまり、厳しいコースを狙い過ぎてフォアボールになってしまうケースが多い。昨季も3回2/3を投げて3つのフォアボールを与えてしまっている。バッターは、例えど真ん中に投げたとしてもそうそう打てるものではない。打ててもせいぜい3割なのだ。ど真ん中に投げても10球中7球は打ち損じてくれるのだから、松永投手にはもっとストライクゾーンで勝負して欲しいと筆者は常々考えている。

だが、確かにど真ん中に行ってしまえば打たれる可能性は3割じゃ済まないかも知れない。良いバッターであれば5割6割という数字で打ってくるかもしれない。だがそれを恐れていてはピッチャーなど務まらない。プロ入り前年は故障の影響もあり野手転向も考えていたようだが、しかしその直後のピッチングのような思い切りの良ささえ戻れば、プロでも十分活躍できる投手だと思う。そしてそう見込まれたからこそ、24番という良い番号を与えられたのだ。

三菱重工長崎といえば、先輩にはホークスの杉内俊哉投手がいた。杉内投手がホークスに入団した後は、松永投手は「杉内二世」とも呼ばれていたほどだったのだ。同じ左腕であったとしても、実力もないのにこのような謳い文句を付けられるはずはない。元々は杉内二世と呼ばれるだけの能力があったのだ。

今季は腕の振りをサイドに近付けるフォーム改造を行っているが、これが吉と出てくれればと筆者は願っている。それこそポスト土肥、ポスト星野としてチームになくてはならない存在になって欲しいと思う。今季西武球団が左腕の補強をしなかった理由は、松永投手への期待値が高いためだと思う。その期待に応えるためにも、今季は開幕から1軍入りできるように頑張って欲しいと筆者は願っている。

 投球成績 Pitching Results






































2006 11 1 0 0 3 4 0 0 .429 221 51.1 47 8 19 0 4 46 1 0 29 24 4.21
2007 7 0 0 0 2 1 0 0 .667 130 29.1 25 4 19 0 2 14 0 0 10 8 2.45
2009 18 0 0 0 1 1 1 1 .500 97 21.1 18 0 15 0 1 15 2 0 13 12 5.06
2010 6 0 0 0 0 1 0 0 .000 18 3.2 5 0 3 1 0 1 1 0 1 0 0.00
通算 42 1 0 0 6 7 1 1 .462 466 105.2 95 12 56 1 7 76 4 0 53 44 3.75

2011年02月23日 20:13

#78 熊澤とおる

#78 熊澤とおる - Toru Kumazawa

左投左打・1軍打撃コーチ補佐
1991年ドラフト3位
所沢商高~西武ライオンズ
埼玉県新座市出身、1973年9月7日生、182cm/85kg

熊澤とおるコーチのリアル・ベースボール・アカデミー
2008年にアーリーワークが導入されるなど、デーブ大久保コーチのコーチング能力ばかりが注目されていたが、技術面での指導はむしろ熊澤打撃コーチ補佐の貢献の方が大きかったとデーブ大久保コーチは以前コメントされていた。こう言っては失礼に当たるかもしれないが、いわゆる「選手としては二流でも、指導者としては一流」というタイプの典型が熊澤とおるコーチなのかもしれない。

慕っていた東尾修監督の下でチームがV2を果たした98年、熊澤選手は1軍でプレーすることなくひっそりとユニフォームを脱いだ。引退後は2軍の用具係やサブマネージャーとして活躍していたが、転機が訪れたのは2005年だった。仲の良かった元チームメイトの松井稼頭央選手に誘われ、パーソナルコーチとして契約。メッツに移籍後不振を極めた稼頭央選手とマンツーマンで練習を続けることにより、見事不振を脱却させた。その時のコーチング技術はメジャーリーガーたちも興味を示し、熊澤コーチに質問をして来たほどだったと言う。

熊澤コーチの基本的な打撃理論は大きく分けて3つポイントがある。1つ目は体重比率を1%でもいいから軸足側に多くなるようにすること。2つ目は右手(左打者なら左手)でかなづちを打つようにバットを扱うこと。これはいわゆるテコの原理を用いるため。そして3つ目はタイミング。熊澤コーチは主にこの3点に重点を置き選手を指導されている。そして基本的には打者の個性を奪うことなく、好きなように打たせている。その中で悪い点が見つかれば、そこを修正していき、同時に良い面をもっと伸ばしてあげられるように指導をされている。

打撃において一番難しいのはタイミングなわけだが、スランプに陥りどうしてもタイミングを合わせられなくなってしまった選手に対しては、セーフティバントの練習をさせてタイミングのアジャストをさせるのが熊澤流だ。だが実践のような走り出しながらのセーフティバントではなく、スクイズのようにしっかりと構えて当てるセーフティバントだ。これにより徐々にタイミングの取り方を修正していくことができると言う。

松井稼頭央選手を復活させた卓越したその打撃理論はすでに証明済みだ。熊澤コーチには今後、土井正博コーチを継ぐ打撃コーチとして、土井コーチのすべてを受け継ぐことにより、ライオンズの不動の打撃コーチとして活躍していって欲しいと筆者は思っている。そしてさらには才能溢れる若き野手陣の中から、1人でも多くのタイトルホルダーを生み出して欲しいと願っている。

2011年02月22日 23:47

#39 岳野竜也

#39 岳野竜也 - Tatsuya Takeno

右投右打/捕手・一塁手
2008年ドラフト5位
九州産業大学付属九州産業高~福岡大~埼玉西武ライオンズ
福岡県糟屋郡志免町出身、1986年5月14日生、180cm/90kg
2011年推定年俸:700万円

岳野竜也捕手は次世代のライオンズの正捕手候補の1人と言えるだろう。首脳陣からの期待も非常に高く、昨季はファームの試合で捕手として出場したのは61試合で、これは2番目に多い野田浩輔捕手の41試合を大きく上回る数字だ。この数字だけを見ても、首脳陣が岳野捕手にどれだけ大きな期待を寄せているかが分かる。

特徴としては、強肩・強打の捕手というイメージだろうか。九州ナンバー1捕手と呼ばれた福岡大学時代には、主に5番として打撃センスを発揮し、九州産業高時代は甲子園出場はないものの、通算31本塁打という長打力を見せ付けている。だがその打棒もプロではまだ活かし切れてはいない。恐らくその理由はアウトローに弱点を持っているためだろう。岳野捕手は打つ際にアウトステップして打つ傾向があり、これが身体の開きを招き、外に逃げていくスライダーを引っ掛けてしまうのである。ファームで7併殺打を記録していることでもそれはよく分かる。

だが1年目はファームで10本、2年目の昨季は8本というホームランの数は魅力だ。筆者は岳野選手のバッティングはまだ数回しか見たことがないのだが、典型的なプルヒッターなのかもしれない。当たった時のパワーはさすがに九州ナンバー1の異名を取っただけはあると思う。今季はアウトローを上手く見極めることができれば、率ももっと良い数字を残すことができるだろう。田辺2軍打撃コーチの指導にも期待が寄せられる。

守備に関しては、まだまだ荒削りという印象は否めないが、思った以上に器用な面がある。キャッチングにしてもスローイングにしても、他のプロの捕手と比べても及第点と言えるだろう。だがまだまだ光るものが足りない。銀仁朗捕手のような強肩やスローイングの安定性、野田捕手のような信頼感のあるリード・キャッチング技術などと比べると、1軍ではまだ物足りなさは否めない。だがスケールの大きさという面からすれば、5年後が非常に楽しみな捕手だと言える。

資質ある若い選手は、ちょっとした何かが切っ掛けで大化けすることがある。岳野捕手も何か切っ掛けを掴むことができれば、一気に1軍に定着できる可能性がある。投手から見れば岳野捕手は非常に投げやすい。構え方が非常に良く、的が大きく感じられるのだ。2月19日に行われた紅白戦でも筆者はそう感じたのだが、投手から見て、的が全体的に大きく四角く感じられるところは素晴らしいと思う。これは身体が大きければ良いというものではなく、股関節の柔らかさといった資質に恵まれていないと難しいものだ。

2~3年後とは言わず、今季から銀仁朗捕手と岳野捕手との正捕手争いが激化していけば、捕手陣は一気に底上げされるのではないだろうか。しかも今季は光山コーチが1軍バッテリーを担当している。現役時代1軍レベルだった捕手コーチのノウハウを身に付けられれば、若き岳野捕手は一気に伸びていくはずだ。だがそのためにもまずは1軍枠に残らなければならない。岳野捕手にはまずそこを目指して頑張ってもらいたいと思っている。

 打撃成績 Batting Results






























2010 2 2 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 .000 .000 .000
通算 2 2 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 .000 .000 .000

2011年02月22日 22:59

#80 小野和義

#80 小野和義 - Kazuyoshi Ono

1軍投手コーチ
左投左打・投手
1983年ドラフト1位
創価高~近鉄~西武ライオンズ~中日(引退)~近鉄~楽天~西武
栃木県宇都宮市出身、1965年11月13日生、178cm / 87kg


創価高校時代の小野投手は、3年生で夏の甲子園のマウンドに立つものの初戦敗退を喫してしまった。だが投手としての評価は非常に高く、その年の秋、近鉄からドラフト1位指名を受けてプロ入りを果たした。そして高卒1年目から1軍に定着し、先発にリリーフにフル回転を続けた。入団3年目に14勝を挙げると、その後は阿波野投手と共にダブル左腕エースの一角としてチームの勝利に貢献。特徴的なフォームから投げられるボールはまさに豪腕投手の物で「江夏二世」と呼ばれたこともあったようだ。

負け数も少なくなかったものの、それでも4年連続2ケタ勝利を挙げた89年の終盤、小野投手は肩を痛めてしまう。これにより90年シーズンのほとんどを棒に振ってしまったわけだが、その間共にリハビリを行ったパートナーが立花龍司コンディショニングコーチだった。立花コーチといえば近鉄、ロッテでコンディショニングコーチを務め、ニューヨーク・メッツと契約していた時期もあったコーチだ。。

小野投手は立花コーチのアドバイスのもと、アウターマッスルやインナーマッスルのコンディショニングを学び、コンディショニングの大切さを知ることにより翌91年、故障を乗り越えて復活を果たした。21試合に投げて12勝4敗という数字はカムバック賞をも獲得した。だがその後は低迷し、93年を未勝利で終えると、10年間所属した近鉄を自由契約にされてしまう。そして西武ライオンズにやってくることになった。

西武に移籍してからの2年は7勝ずつを挙げ、まずますの結果を残した。そして肩痛から復活を果たした西武時代の小野投手の活躍は、立花コーチを大いに勇気付けたと言う。今でこそ科学的コンディショニング理論は日本球界でも広く認められているが、しかし90年代前半はまだ科学的トレーニングなどは広く受け入れられてはいなかった。そういう事情もあり、立花コーチのような先進者への風当たりは強かった。だが小野投手が活躍することにより、立花コーチは大いに励まされたと言う。

小野投手の西武在籍はわずか3年で、97年に中日にトレードに出されると、その年限りで現役を退いた。そして翌98年から近鉄のコーチに就任し、近鉄球団が消滅すると2005年には楽天のコーチに就任。そして2008年、ライオンズの監督が元チームメイトの渡辺久信監督になると、小野コーチはライオンズの投手コーチに就任した。そして1年目から日本一を達成し、その手腕を大いに発揮することになった。

2010年は2軍を担当したが、2011年は再び1軍投手コーチ職に異動となった。その理由は多々考えられるが、ルーキーを始めとし、活きの良い若い先発候補が多数1軍に上がってくるようになったからだと考えられる。彼ら将来の先発候補たちを1軍で厳しく育て上げるために、小野コーチの1軍異動は実現したのではないだろうか。

小野コーチは、間近で見ると非常に強いオーラを発しているコーチだ。筆者個人のイメージとしては、森繁和コーチに似た雰囲気を持っているような気がする。時に厳しく、時に優しく、メリハリのある指導をされるコーチだと筆者は感じている。

投手として経験した肩痛、過酷なリハビリ、そして伝説の88年「10.19」での先発。これらで得た経験は、ライオンズの若き投手陣にとってはまさに生き字引となるはずだ。肩を壊したことで、コンディショニングの重要さを誰よりも知ることで初めて選手たちに伝えられることもある。小野コーチには12球団ナンバー1と言っても過言ではないライオンズの若手先発投手陣を、さらに一段も二段も上へと押し上げてもらいたいと思う。

 投球成績 Pitching Results








S























 近鉄バファローズ
1984 24 1 0 0 2 3 1 .400 304 68.0 78 11 24 1 1 34 3 0 44 40 5.29
1985 39 3 0 0 3 6 1 .333 512 113.1 119 28 57 3 0 96 0 0 74 66 5.24
1986 31 11 1 0 14 11 0 .560 846 195.1 201 41 65 1 3 165 2 0 116 109 5.02
1987 28 14 3 0 11 11 0 .500 776 190.1 169 36 56 4 2 138 0 0 91 86 4.07
1988 30 10 4 1 10 10 0 .500 851 208.2 194 14 60 3 2 144 5 0 69 60 2.59
1989 25 13 1 0 12 9 1 .571 744 180.1 167 23 59 5 1 149 2 0 82 68 3.39
1990 13 1 0 0 3 4 0 .429 260 60.2 61 9 20 1 3 22 0 0 38 34 5.04
1991 21 4 0 0 12 4 0 .750 594 144.2 128 16 49 0 2 65 2 0 49 46 2.86
1992 6 0 0 0 0 3 0 .000 126 25.1 35 6 17 1 1 9 0 0 27 26 9.24
1993 3 0 0 0 1 1 0 .500 49 9.2 12 2 8 0 0 3 1 0 9 9 8.38
 西武ライオンズ
1994 28 3 1 1 7 5 0 .583 447 102.0 99 15 47 1 2 73 5 0 53 44 3.88
1995 21 4 3 0 7 9 1 .438 515 123.0 107 12 47 3 3 87 2 0 44 39 2.85
1996 7 0 0 0 0 1 0 .000 57 12.1 9 4 10 1 0 14 1 0 8 5 3.65
 中日ドラゴンズ
1997 8 0 0 0 0 1 0 .000 61 11.2 20 2 6 1 0 6 0 0 15 15 11.57
通算 284 64 13 2 82 78 4 .513 6142 1445.1 1399 219 525 25 20 1005 23 0 719 647 4.03

2011年02月22日 00:48

#35 牧田和久

#35 牧田和久 - Kazuhisa Makita

右投右打・投手
2011年入団
静清工業高~平成国際大~日本通運~埼玉西武ライオンズ
静岡県焼津市出身、1984年11月10日生、178cm / 75kg
2011年推定年俸:1300万円
球種:ストレート(最速132km)、スライダー、カーブ、シュート、シンカー、チェンジアップ
ニックネーム:マキヤン(松沼「兄やん」より)、マッキー(アマ時代)

牧田和久投手、西武では12年振りの新人王獲得(2011/11/30)
牧田和久投手が西武投手陣に与える好影響(2011/03/31)
ひょっとしたらプロ入りがもっと早まっていたかもしれない投手だった。平成国際大でエースとして活躍した後に入部した日本通運硬式野球部での2年目、2008年の日本選手権の試合中に転倒し、右足前十字靱帯を断裂してしまった。この時期にどのプロチームが牧田投手に注目をしていたかまでは分からないが、しかしもし回復までに1年を要したこの故障さえなければ、2009年からプロで活躍していた可能性もあった。

故障後、牧田投手が再びマウンドに戻ってきたのは2009年の後半戦だった。そこから1年間の遅れを取り戻すかのような活躍を見せ、翌2010年には15勝1敗という好成績で社会人最後の年を終えている。西武入りする切っ掛けとなったのはこの年の4月8日に行われた西武2軍対日本通運の練習試合だった。

渡辺久信監督も視察に訪れ、しかも西武の先発はゴールデンルーキーと世間を騒がせた菊池雄星投手。否応にも注目度の高い一戦だった。この試合に日通の先発としてマウンドに登っていたのが牧田投手で、この時の好投が渡辺監督の脳裏に焼きつき、秋のドラフト指名に繋がった。投球内容としては、初回に大崎選手にホームランを浴びるものの、6回を投げ抜いて失点はその1点のみ、92球・7奪三振・被安打3・四球2という内容だった。

牧田投手の大きな特徴は、非常に落ち着いたマウンド捌きだ。この試合でも序盤にストレートを狙われていると分かると、中盤以降は序盤以上にボールを左右上下に散りばめ、西武打線を翻弄した。そして先日2011年2月19日に行われた紅白戦でもピンチを作ったが、まるで動じることがなかった。ノーアウトでランナーを三塁に背負っても落ち着きを失わず、見事無失点で切り抜けた。渡辺監督も先発5番手に最も近いのは牧田投手だと評している。

日通時代の西武戦にしても、プロ初実践にしても冷静さを欠かないのはさすが社会人上がりの新人だと言える。今季11月に27歳を迎える牧田投手は、日本のプロ野球においてはオールドルーキーとも呼べる年齢だ。もちろん年齢だけですべてを片付けることはできないが、しかし歳を重ねたことで得た経験、故障の苦しみを乗り越えた精神力は、プロでも大きな武器となるはずだ。

2010年のドラフト会議、牧田投手は西武から2位指名を受けたわけだが、実はソフトバンクも下位での指名を狙っていた。そう考えると、ドラフト会議とはやはりギャンブル性がある。もし秋山翔吾選手を3位ではなく、2位で指名していたら、ライオンズが牧田投手を獲得できていたかは分からなかった。

大卒、社会人経験4年を経てのプロ入りは、まさにライオンズの元祖アンダースロー松沼博久投手と同じ道だ。同じ年齢でプロ入りした兄やんこと松沼博久投手は、引退までに112勝を挙げている。牧田投手にもぜひこの兄やんの記録を目指してもらいたい。いや、それ以上を目指してもらいたい。渡辺監督に、大石達也投手以上に開幕ローテ入りに近いと評された投手だ。多くのファンも期待している通り、ルーキーイヤーから2ケタ勝利、さらには新人王を目指せるだけの能力はあると思う。そしてその実力は、兄やんのお墨付きもある。

右投手としては珍しく、牧田投手はピッチャーズプレートを一塁側に大きくはみ出して使っている。これは左打者への外をより遠くに感じさせ、右打者にはシュート系をクロスファイアー気味に見せることができる。ルーキーであるにも関わらず右打者のインコースを恐れずに投げ切れる牧田投手は、1年目からきっと活躍してくれるはずだと筆者は確信している。

2011年02月21日 14:45

岸孝之投手の股関節とシュートしないチェンジアップ

今季最も大きな期待が寄せられる選手の1人には岸孝之投手が挙げられるだろう。昨季は肩痛によりシーズンの半分近くを休む形となってしまったが、今季はそれを挽回するためにも更なる飛躍が期待される。なぜなら岸投手はもう、2ケタ勝利をすればいいレベルの投手ではないからだ。岸投手ほどのレベルであれば、最多勝利や最優秀防御率など、タイトルを狙えるだけの活躍が求められる。入団以来4年連続の2ケタ勝利を継続中だがそれに留まらず、15勝でも20勝でも貪欲に目指していってもらいたい。

岸投手の特徴だが、筆者は股関節の柔らかさにすべてが集約されていると見ている。股関節そのものも柔らかいのだとは思うが、とにかくその使い方が柔らかいのだ。岸投手のピッチングフォームを見ていただくと分かると思うのだが、ボールをリリースした直後、太腿と胸がくっつきそうなほど股関節が屈曲している。この動きが取れるからこそ岸投手は低目への制球が良く、チェンジアップがシュート回転しないのだ。

通常チェンジアップという球種はシュート回転しやすくなる。だが岸投手のチェンジアップはシュート回転せず、垂直にストンと落ちる。恐らくシュート回転しないチェンジアップを投げられるのは12球団を見渡しても他にいないのではないだろうか。そのシュート回転しないそのチェンジアップを可能にしているのが股関節の柔らかさなのだ。

振り上げた左脚を着地させた際、股関節が深く沈んでいくことで、ボールを直線的にリリースすることが可能になる。少々難しい話になってしまうのだが、キャッチャーミットとリリースポイントでのボールの位置を糸で直線的に結んだとする。岸投手の場合、その糸の直線的延長線上で腕を運んでいけるため、非常に良い回転のボールを投げることができるのだ。さらに言えば、腕の振りに余分な遠心力が掛からない。

昨季、筆者は岸投手がまさか肩を痛めるとは思わなかった。痛めた理由は完全に疲労だと思う。投げ方そのものは理想的で、肩・肘には負担の掛からないモーションを取っている。だが岸投手は身体の線が非常に細い。例えば筆者と比べてみたいと思う。筆者は175cm、70kg、体脂肪率9%という体型だが、岸投手は180cmで68kgしかない(体脂肪率は不明)。ちなみにイチロー選手の体脂肪は6%なわけだが、岸投手の体脂肪も6%前後だったとしても、それでも岸投手の線が細いということはこの数字だけで十分理解していただけると思う。

いくら肩・肘に負担のかからない理想的なフォームで投げているとは言え、絶対的な身体の強さがない場合は、どうしても勤続疲労が溜まりやすくなってしまう。一方でエース涌井秀章投手の場合は185cmで85kgある。身長は岸投手よりも5cm高いだけなのだが、体重は17kgも多い。下半身の安定感と背中の大きさを見ればそれにも頷けるのだが、やはりこれだけの身体の強さを手に入れたからこそ、ローテーションを外れることなく投げ続けることができているのだろう。

こうして考えて行くと、やはり岸投手がエースになるために必要なのはフィジカルの強さだと言える。涌井投手のような体型を求めるまでは要らないかもしれないが、しかし現状よりももっと強いフィジカルを手に入れる工夫は必要かもしれない。そしてその強さを手に入れられれば、当然最多勝争いに絡めるだけの活躍が見込めるだろう。岸投手と涌井投手で最多勝争いを繰り広げることができれば、チームには更なる勢いが生まれる。先発二本柱でその勢いを生み出せれば今季、昨季のような失速に嘆くこともないと筆者は確信している。

2011年02月19日 17:54

銀仁朗捕手に求めたい、投手を救う「見る」技術

今季のライオンズ正捕手の第一候補は銀仁朗捕手でほぼ間違いはないだろう。怪我など不足の事態が起こらない限り、開幕マスクは銀仁朗捕手でほぼ決まりだと思う。もちろん断定するにはまだまだ時期は早いが、しかし最有力候補であることに間違いはない。ただ今季は野田浩輔捕手も体調が良さそうだし、上本達之捕手も正捕手獲りへの思いは強いはずだ。銀仁朗捕手は彼ら手強いライバルを押し退けてこそ、真の正捕手になれる。だがそれだけでは正捕手とは言えない。正捕手と呼ぶには、規定打席到達は最低限のノルマとなるだろう。

現在銀仁朗捕手は、打力アップを1つのテーマにキャンプに挑んでいるようだ。元来打力はある選手なだけに、一皮むけることが出来れば一気に開花することも考えられる。しかも打撃コーチとして非常に高い評価を得ている土井正博コーチの指導を受ければ、それもなおさらだろう。

しかし打力もさることながら、銀仁朗捕手にはキャッチャーとしての更なるレベルアップが求められている。配球に関しては、こればかりは場数を踏んでいかないとどうにもならない。座学だけでは学べないのが配球だ。投手のその日のボール、打者のその場の雰囲気を敏感に感じられてこそ、配球は冴えていく。一方キャッチングやスローイングといったプレーは、練習でいくらでも上手くなることができる。肩の強さに関しては球界でもトップクラスの銀仁朗捕手だが、キャッチングに関してはホークスに移籍した細川亨捕手の方がまだ格段上だと言える。だが年齢的に考えれば、銀仁朗捕手はこれからは安定感が身に付いてくるはずだ。安定感さえ身に付けられれば、投手からの信頼は自ずと厚くなるだろう。

キャッチングとは、ワイルドピッチやパスボールを防ぐためのものだ。例えばピッチャーがフォークボールを投げて、ホームプレート手前でバウンドしてしまったとする。これをキャッチャーを逸らせばワイルドピッチになってしまうし、キャッチャーがしっかり止めてくれればワイルドピッチにはならない。そしてインコースに要求したスライダーが逆球になってしまった時など、キャッチャーは逃げていくスライダーを外角へ追いかけていくのは非常に難しい。だが普通に構えていれば捕れる外角球なだけに、逸らせばパスボールが付いてしまう。キャッチング技術が高ければ、サインミスや逆球によるパスボールを減らすこともできるのだ。

さて、ひとえにワイルドピッチ、パスボールと言っても、それが少なければ良いというものではない。例えば年間でパスボールが0の捕手と5つの捕手では、0の捕手の方が上手いと言い切ることはできない。つまりそれは、投手から信頼を得ているかどうかなのだ。信頼を得ている捕手であれば、投手はフォークボールのようなワイルドピッチしやすいボールを安心してどんどん投げることができる。だが信頼できない捕手だと、投手はフォークのサインに首を振ったり、バウンドしないように投げようとする。もっと言えば、キャッチャーが捕れるところに投げようという意識が働くのだ。だがこれは負のスパイラルでしかない。

つまり良いキャッチャーの条件とは、投手が安心して、ワイルドピッチを恐れずに投げられるという点にある。だからこそパスボールの数は良い捕手の条件とはイコールではないのだ。もちろん中にはイコールの捕手もいるが、それは類稀な名捕手と呼ばれる一部の捕手のみだ。

ところで、筆者は銀仁朗捕手にはもう一つある技術を磨いて欲しいと思っている。それは投手を「見る」能力だ。一部の捕手、一部のブルペンキャッチャーには、投手のピッチングフォームを最後まで見ることのできる捕手がいる。通常の捕手はプロであっても、どうしても視線がボールに行ってしまうため、ピッチャーのフォームをなかなか最後まで見切ることができない。だが銀仁朗捕手にはこれができるようになって欲しいのだ。これができれば、投手の良い状態と悪い状態の違いをすぐに指摘することができる。つまり試合の中で、調子の悪い投手を立ち直らせることも可能になるのだ。

確かにゲームの中でこれをするのは非常に難しい。できるとすれば少なくともランナーのいない状況である必要がある。ランナーがいればランナーに気を遣わなくてはならないため、ピッチャーのフォームを最後まで見るのはより困難になる。昨年まで2軍バッテリーコーチだった大井久士コーチは「自分がビデオになったつもりになる」と表現していたが、まさに投手にとってのビデオになることを、筆者は銀仁朗捕手には求めたい。投手がフォームに違和感を覚えている際、銀仁朗捕手が即答でその違和感について指摘してくれれば、投手は益々銀仁朗捕手を信頼するようにもなる。

チーム内に強力なライバルがいることで、銀仁朗捕手もそう簡単には正捕手の座を獲得できないかもしれない。だが渡辺久信監督を含め、周囲からの期待は高い。銀仁朗捕手にはその期待に応えるためにも、まずは開幕マスクを獲得し、それを1年間奪われない活躍を魅せて欲しいと筆者は願っている。

2011年02月18日 15:22

G.G.佐藤選手の復活が鍵となるノーリミット打線

昨年9月に両肘、左肩を同時手術をしたG.G.佐藤選手、昨季は満身創痍の状態で不本意なシーズンとなってしまった。だが手術の回復は順調そうで、オープン戦では2年連続の首位打者を狙い、シーズンに弾みをつけようとしている。やはりファンとしてはG.G.佐藤選手のあの雄叫びが待ち遠しい。今季は試合を決めるヒット、ホームランを量産し、何度もお立ち台であの言葉を叫んでもらいたい。

そのG.G.佐藤選手だが、手術したことによりかなり体重が落ちたようだ。どれくらい落ちたのかは分からないが、少なくとも98kgあった1年前の体重と比べ、10kg前後は落ちたのではないだろうか。肩・肘を手術したということは、当然ダンベルの上げ下げはできなくなる。随意的に増やされた筋肉は使わないとすぐに減ってしまうため、恐らく現在の体重は90kgあるかないかというところではないだろうか。

あくまでも推測ではあるが、10kgの筋肉が減るということは並大抵のことではない。10kgのダンベルを持ってもらえれば分かることだが、10kgというのは本当に重い。女性はもちろんのこと、非力な成人男性でも持ち上げるのは困難なほどだ。例えばダンベルのような固いものでなくても、ちょっとした高さから足の上に落ちれば、足の骨は砕けてしまうだろう。10kgというのはそういう重さなのだ。

その重さがG.G.佐藤選手の身体から失われたということは、それだけ身体への負担が減ることを意味する。筆者はこのブログを立ち上げた当初から、G.G.佐藤選手はウェイトを落とせばもっと素晴らしい選手になれると言い続けて来た。それが手術が原因とは言え現実になろうとしている。もしG.G.佐藤選手のウェイトが本当に90kgを下回っているようなら、外野手としてもっと良い働きができるようになるだろう。

大学時代までのG.G.佐藤選手は非常に細い選手だった。その細さと仕草ゆえに中学時代には野村克也監督夫人であるサッチーに「ジジイ」とあだ名されている。これがG.G.の由来であるわけだが、アマチュア時代のG.G.佐藤選手はそれほど線の細い選手だった。その選手がアメリカ野球を体験することで肉体改造に目覚め、トレーニングにより今のような体型を手に入れた。だたG.G.佐藤選手然り、清原和博選手然り、元々が細い選手が日本人離れした筋肉を手に入れてしまうと、どうしても身体への負担は大きくなってしまう。つまり日本人の骨格では、アメリカ人並の筋肉量を支え続けることはできないのだ。だからこそG.G.佐藤選手は野球選手であるにも関わらずジャンパー膝に苦しみ、清原選手も膝痛を持病としてしまった。

筆者は、今季はウェイトの落ちたG.G.佐藤選手に非常に大きな期待を寄せている。元々バレルコントロール(バレル=バットの一番太い部分)は素晴らしい選手だ。調子が悪くなければ差し込まれても、泳がされてもボールをバットの芯近くに当てる技術を持っている。そしてあの筋力だ。フルスウィングをしなくても、ジャストミートさえすればボールは遠くへ飛んで行く。

また守備に関しても、昨季はコンバート1年目ということでたどたどしいプレーも多々見受けられた。しかしコンバート1年目なのだから、それも仕方ないだろう。センターが絡んだ外野コンバートとは違い、ライトからレフトへのコンバートは非常に難しい。特にG.G.佐藤選手のように守備にも高い意識を持つ選手にとっては、その理想が高いだけに景色の違いによる感覚のズレは大きなジレンマとなったはずだ。良い意味で鈍感な選手であればそんなことは気にしないかもしれない。しかしG.G.佐藤選手は非常に繊細な心の持ち主だ。気になるのが当然だと言えるだろう。

だがコンバート2年目の今季は同じ言い訳を使うわけには行かない。いや、もちろんG.G.佐藤選手は言い訳などしてはいないが、しかし観る側からすればいわゆる2年目の正直という目でG.G.佐藤選手を見ることになるだろう。そしてG.G.佐藤選手自身、今季は守備にかける思いも強いはずだ。今季は久し振りにレーザービームを発して、ホームラン以外でもファンを感動させて欲しいと思う。

G.G.佐藤選手は3割20本を打てるレベルの選手だ。これだけの選手が年間を通して5番、もしくは6番に固定されれば、ライオンズ打線の破壊力はまさにノーリミットとなるだろう。投手で復活を期待したいのが西口文也投手ならば、野手では筆者はG.G.佐藤選手の名前を挙げたい。彼が完全復活を果たせば、ライオンズ打線はまさに12球団随一の破壊力を得られるはずだ。

2011年02月17日 14:50

生まれ変わりつつあるライオンズの外野守備陣

昨季ライオンズは、パ・リーグで最も多くの三塁打を浴びた。もしこの不名誉な記録を少しでも向上させられていれば、無駄な失点を少しでも多く防げ、もっと接戦に強いチームになっていたはずだ。その三塁打だが、最も出易いのは右中間とライト線だ。左中間に飛んで三塁打になることは滅多にない。それはつまり、三塁までの距離が長いか短いかの違いだ。

2010年、主にライオンズのライトを守ったのは高山久選手だった。昨季神主打法でブレイクした打撃が売りの選手だが、守備に関しても無難なプレーを見せてくれる。手の届く範囲の打球であれば、そつなくこなすタイプの野手だ。だがG.G.佐藤選手のような強肩があるわけでも、栗山巧選手のような走力があるわけでもない。守備は安定している高山選手ではあるが、悪く言えば一芸がなかったのだ。そしてもちろん、昨季はまだ1軍慣れしていなかったという点も挙げられる。

G.G.佐藤選手の場合、その強肩ゆえにランナーを二塁で自重させることができる。これはイチロー選手の補殺が年々減少している点と相似している。強肩だということが分かっているから、ランナーが三塁への冒険をしなくなるのだ。そのために自ずと補殺数が減っていく。多かった補殺が減るというのは、外野手にとっては一つの勲章だと言えるだろう。

また、栗山選手の場合はチームでもトップクラスの走力を持っている。この走力があれば打球へ入るまでの時間を最大限短くすることができる。これは強肩と同等の武器だ。もちろんイチロー選手のように強肩と走力の両方を兼ね揃えているのが理想だが、そういう選手は稀だ。

しかし今季、ライオンズにはそういう選手が加入しているのだ。それはご存知の通り秋山翔吾選手だ。左打ちのルーキーなのだがすでに左投手からヒットを重ね、打つ方でもアピールしている。そして強肩・俊足は入団前から注目されていた。筆者はこの秋山選手が開幕ライトを任されるのではないかと今から楽しみにしている。

秋山選手は非常にクレバーな選手だ。一球一打をとにかく大切に、その状況に合わせた思考を走らせることができる。ライオンズは今大石達也投手が最も大きな注目を集めているわけだが、秋山選手からも目を離すわけには行かないだろう。土井正博コーチも秋山選手を、中島裕之中村剛也・栗山巧同等の資質を持っていると評価している。

筆者個人が考えるライオンズのベスト布陣はレフトG.G.佐藤選手、センター栗山選手、ライト秋山選手というものだ。G.G.佐藤選手の場合は術後の経過が心配なところではあるが、守備への意識の高さとあの強肩は外野手として非常に魅力的だ。後々は師でもある中日和田一浩選手のような外野手になってもらいたいと筆者は願っている。そして彼ら3選手が安定したプレーを見せ、さらには佐藤友亮選手のような名手がその周りを固めれば、ライオンズの外野陣は、森本選手の抜けた日本ハム外野陣を凌ぐことになるだろう。そして不名誉な最多被三塁打というチーム記録も、今季は返上できるはずだ。

とにかく三塁打というものは防ごうと思えば防げるものだ。つまり内外野の連係プレーが上手く行けば、かなり高い確率で防ぐことができる。例えば一死二塁と一死三塁という2つの状況では、後者は内野ゴロでも1点を献上してしまうことになる。これこそがいわゆる無駄な失点なのだ。もし三塁打を二塁打で終わらせることができていれば、一死二塁での内野ゴロで1点を献上することはない。そして内野ゴロで二死三塁にすることができれば、もはや犠牲フライで失点することもなくなるのだ。

強いチームは無駄な失点を繰り返さない。それを考えると、昨季無駄な失点を最も多く喫したであろうライオンズが敗れたことにもある意味では納得が行く。そしてその点については渡辺監督も重々承知だ。今季はきっと昨季には見られなかった野球を我々ファンに披露してくれるはずだ。そしてそれを楽しみに、筆者はプロ野球の開幕を待ちたいと思う。

2011年02月16日 15:24

 1  |  2  | All pages