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#34 長田秀一郎
#34 長田秀一郎 - Shuichiro Osada
右投右打・投手
2002年自由獲得枠
鎌倉学園高~慶応義塾大~埼玉西武ライオンズ
神奈川県横浜市栄区出身、1980年5月6日生、178cm / 80kg
2010年推定年俸:1200万円
プロ8年目にしてようやく開花した長田秀一郎投手。いや、開花したというよりは復活したと言った方が正しいのかもしれない。2003~2004年のプロ1~2年目の長田投手の活躍は素晴らしかった。防御率こそそれほど取り上げるべく数字ではないのだが、困った時にいつでもマウンドに登ってくれるタフさは、首脳陣の信頼を得るに十分な働きだった。自由獲得枠でライオンズに入団した長田投手は即戦力として期待されていたわけだが、その期待に見事応えたと言っても良いだろう。球団から与えられた背番号19に見合う働きを見せてくれた。
しかし3年目以降は苦しみ続けた。制球力が自慢だった長田投手だったが、3年目以降はその制球に苦しんだ。3年目は14イニングを投げて、四球は11。これではセットアッパーとしての役割は果たすことはできず、3~4年目はトータルでも13試合にしか登板することはなかった。5年目の2007年は復調の気配を見せるものの、シーズンの序盤に2軍降格させられると、その後1軍に戻ることはなかった。そして6年目には背番号19を剥奪され、34に変更させられてしまう。6~7年目は合わせても僅か5試合の登板に終わってしまった。
そんな苦しい長田投手をいつも支え続けた女性がいた。大学4年から交際をスタートさせた美恵子さんだ。2008年、優勝に貢献することはできなかったが、6年目となったこの年のオフ、チームが日本一を達成すると、長田投手は美恵子さんとの結婚を果たした。2010年、長田投手を変えたのはこの結婚だったのだろう。結婚翌年こそ不調のままシーズンを終えてしまったが、長田投手は決して諦めはしなかった。一時は先発に転向して再起を図ったこともあったが、松坂世代の一員として、長田投手はコツコツと努力を続けていた。その努力が実り、2010年に自らを再び花開かせたボール、シュートに磨きがかかっていった。
シュートに磨きがかかったことで、長田投手のピッチングは一変する。それまでは制球が生命線だった長田投手で、その制球がひとたび乱れてしまうと苦しいピッチングが続いていた。だがシュートに切れが出てくると、右打者の内角にシュートを投げた直後は、外角にアバウトなコントロールでスライダーを投げれば打者を打ち取れるようになった。このアバウトさが長田投手の気分を一気に楽にさせた。シュートに磨きがかかる前は、すべてのボールをきっちりコントロールしなければいけないというプレッシャーがあったようだ。だがシュート1つのお陰でそのプレッシャーからは開放され、制球に必要以上の神経を使わなくなったことで、逆に制球が戻り、さらには球威も戻ってきた。
長田投手はシュートとスライダーを2つで1球種と考えているようだ。シュートが良ければスライダーはアバウトでも大丈夫。逆にスライダーが良ければシュートはアバウトでも大丈夫。このように考えているらしい。打者は10回に3回ヒットを打てれば合格だと言われる。これはピッチャーにも同じことが言える。ピッチャーの場合は、10球中3球狙い通りのところに投げられれば良い方だ。言い方を変えれば、10球中5~6球も完璧に投げようとしてしまうと、もしくはそうせざるを得ない状況になってしまうと、マウンドで自らを苦しめるばかりとなってしまう。長田投手の場合、シュートに磨きがかかったことでそれらすべてのプレッシャーから開放されたのだ。
今季の長田投手は、藤田太陽投手がファーム落ちをした際には8回を任される場面も多かった。クライマックスシリーズ2戦目でこそ、9回を任せられてリリーフに失敗をしてしまったが、今季ライオンズがホークスとゲーム差なしの2位を確保できたのは、長田投手の頑張りによるところが非常に大きかった。もし長田投手と、もう一人岡本投手の奮投がなければ、ライオンズはもっと下にいた可能性もあった。
今季は自己最多の56試合に登板した。長田投手にとって未知となったこの試合数は、我々の想像以上の疲労を身体に残したはずだ。今オフは疲れた身体をしっかりと癒し、2011年はさらなる信頼を得られる不動のセットアッパーへと飛躍してもらいたい。そして34番の先輩、橋本武広投手のように40歳近くまで現役で投げ続けられるタフネス右腕でいて欲しいと願い、これからも応援して行きたいと思う。
| 投球成績 Pitching Results | ||||||||||||||||||||||
| 年 度 |
登 板 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
S | H | 勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
| 2003 | 46 | 0 | 0 | 0 | 5 | 7 | 0 | -- | .417 | 315 | 68.1 | 73 | 12 | 39 | 1 | 2 | 46 | 3 | 0 | 52 | 46 | 6.06 |
| 2004 | 34 | 0 | 0 | 0 | 2 | 3 | 0 | -- | .400 | 188 | 45.1 | 35 | 2 | 20 | 1 | 1 | 37 | 2 | 1 | 17 | 16 | 3.18 |
| 2005 | 9 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | ---- | 71 | 14.2 | 18 | 6 | 11 | 0 | 0 | 11 | 1 | 0 | 15 | 15 | 9.20 |
| 2006 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | ---- | 17 | 3.1 | 6 | 3 | 0 | 0 | 1 | 3 | 0 | 0 | 4 | 4 | 10.80 |
| 2007 | 22 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 5 | .000 | 103 | 24.1 | 22 | 1 | 5 | 0 | 3 | 15 | 1 | 0 | 10 | 9 | 3.33 |
| 2008 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 5 | 1.1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.00 |
| 2009 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 26 | 4.1 | 10 | 1 | 2 | 0 | 1 | 4 | 0 | 0 | 6 | 6 | 12.46 |
| 2010 | 56 | 0 | 0 | 0 | 5 | 3 | 0 | 17 | .625 | 275 | 65.1 | 55 | 4 | 24 | 1 | 4 | 61 | 1 | 0 | 27 | 24 | 3.31 |
| 通算 | 176 | 0 | 0 | 0 | 12 | 15 | 0 | 25 | .444 | 1000 | 227.0 | 220 | 29 | 101 | 3 | 12 | 178 | 8 | 1 | 131 | 120 | 4.76 |
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2010年11月16日 02:38 Tweet

