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【BT】捕手に打力は必要か否か、タイプ別に見た捕手像

捕手に打力は必要か、と問われれば、筆者は否と答えるだろう。もちろん打てるに越したことはないのだが、打てなくても良いというのが筆者の持論だ。メジャーリーグが日本のテレビで気軽に観られるようになった現代、プロ野球ファンの多くがメジャーリーグのキャッチャーの凄まじいプレーを目の当たりにした。そういうプレーを知ってしまうと、どうしても日本の捕手にもメジャーリーガーのような強肩・強打を求めてしまいがちになる。だが日本の捕手と、メジャーのキャッチャーを同一視してはならない。メジャーの捕手は基本的にはまず強肩・強打が求められる。つまりパンチ力に富んだ打撃と、いつでもランナーを刺せる鉄砲肩だ。そしてこの2つの次に求められるのがキャッチングとなる傾向が強く、リード力が重視されることは少ない。

続きはBTオンラインにてお読みください。
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2010年11月30日 03:48

敵捕手の視点から捉えた中島裕之と栗山巧

ライオンズの2番栗山巧選手と、3番中島裕之選手は、好対照の打者だと言える。中島選手を短期集中タイプと呼ぶならば、栗山選手は長期安定タイプとでも言おうか。ピッチャーとしてどちらが勝負しにくいかと問われれば、間違いなくそれは栗山選手だろう。経験の浅いピッチャーは別として、技巧派のベテランであるほど、中島選手よりも栗山選手を嫌がるはずだ。その根拠は、カウント別の打撃成績から見て取ることができる。

まず中島選手の最も打率が高いカウントは1-0の.682だ。1-0というボール先行のカウントでは、投手は2球目でストライクを取りたがる。この球を狙いたがるのが中島選手の1つの特徴だ。そして打点率から言えば、1-0から打った3打席に1回は必ず打点を挙げている計算になる。このカウントでの打点率はどのカウントと比べてもずば抜けて高い。では1-0から次のカウントを見ていこう。1-0から1-1に投手がカウントを整えた場合の中島選手の打率は.347、逆に2-0になった場合は.412となる。

ピンチで、中島選手への初球をボールにしてしまったバッテリーは悩まなければならない。次の球で1-1とするか、2-0とするかを。もし筆者ならば、状況にももちろん左右されるわけだが2-0とすることを選ぶだろう。なぜなら、2-0からの中島選手はホームランを1本(本塁打率6%)しか打っていないのだ。一方1-1というカウントからでは6本塁打(本塁打率12%)を放っている。1-1というカウントは、2-0に比べるとホームラン(長打)の危険性が倍に膨れ上がるのだ。

では2-0の次のカウントではどうだろうか。3-0なら問題ない。バッテリーからすれば「歩かせてもいい」くらいの気持ちで投げればいい。だが注意すべきは2-1となった時だ。このカウントでのコントロールミスは命取りとなる。2-0から2-1にできれば、ピッチャーからすればどうしても2-2にしたいカウントだ。ここで不用意にストライクゾーンに投げてしまうと打率は.452まで跳ね上がり、10%の確率でホームランを打たれることになる。そのため2-1というカウントになったら、ピッチャーは間違うことなく中島選手が見送るであろうストライクゾーンに投げなければならない。つまり内角低目か、内角高めのどちらかだ。中島選手は外角低めにも苦手ゾーンを持っているが、外角低めだとおっつけられてライト前に落とされる可能性が高くなる。そのため投げるならば、見送る可能性が高くなる内角低目か内角高めだ。

カウントを2-2まで整えられればこれはもうバッテリーの勝利だ。打率は.194まで低下し、3回に1回は三振を奪うことができる。そしてこれは1-2というカウントでもほぼ同じことが言える。冒頭で中島選手のことを短期集中タイプと書いたが、中島選手は球数が増えれば増えるほど打率が低くなる傾向にある。もちろんそれはほとんどの打者に言い当てることができるが、主砲である中島選手の場合であれば特筆もできるだろう。つまり中島選手を抑えるには、バッテリーはより多くの球数を投げれば良いのである。そうすれば短期集中タイプの中島選手の集中力は徐々に薄れていく。だが球数を投げても集中力が切れないのが長期安定タイプの栗山選手だ。

例えば3-2というフルカウントまで来ると、中島選手の打率は.220だが、栗山選手は.320も打っている。しかもこのカウントでヒットを打てば、栗山選手はそのヒット2本のうち1本が打点付きだ。別のカウントを見ても3-1でも.400を打ち、2-2でも.299とほぼ3割を打っている。つまり栗山選手の集中力は4球や5球程度じゃ決して削がれることはない。そして早いカウントでも軒並みハイアベレージを残している。栗山選手を打ち取るには、変化球の多投で2-0、2-1とボール先行のカウントにした後、速いボールで詰まらせるのが理想的だ。しかも反対方向へのバッティングを得意とする栗山選手を相手にするならば、左方向に打ちにくい内角低めに速いボールを投げたいところだ。もしくはカッターでもいいだろう。

2番栗山選手に対し、間違っても走者三塁・二塁という場面で焦った勝負をしてはいけない。3番に中島選手が控えているとは言え、バッテリーは決して焦ってはいけない。なぜならこの状況で栗山選手は9打数6安打12打点という脅威的な打撃をしているためだ。こういう状況である時こそ、四球を恐れずボール先行で攻め、速球に詰まらせる配球が必要だ。

今回の記事では、敵チームのバッテリーになったつもりで中島・栗山両選手を見ていった。こうして見ていくことにより、この2人が他チームにとっていかに厄介な打者かということが改めてよく分かった。しかもこの2人を抑えられても、次に控えるのはフェルナンデス選手中村剛也選手だ。バッテリーはまだまだ気を抜くことができない。今季は怪我人が多く、ベストオーダーを組める試合が少なかったわけだが、来季はそんなこともないだろう。中村選手の肘痛も来春には癒えているはずだ。となれば当然フェルナンデス選手との激しい4番争いも期待できる。

こうして考えて行くと、やはり優勝するためには投手陣が鍵となってくる。ライオンズの今季の得点力は千葉ロッテに次ぐ2位だったが、防御率はパ・リーグダントツの最下位だった。12球団で見ても10位だ。シーズン終了後、渡辺監督は「野球は投手だと改めて思った」とコメントした。まさにその通りだと思う。投手が野手のいるところに打たせることができれば、そう簡単に大量失点には結びつかない。ライオンズが来季優勝するためには、まずは投手陣の整備だ。そして整備した投手陣を引っ張るべく正捕手の存在も忘れることはできない。センター、二遊間は不動だ。となれば、あとはバッテリーさえしっかり整備することができれば、センターラインがしっかり整うことになる。そうなれば、今季のような負け方にはならないはずだ。今季は本当に悔しい負け方をした。来季は決して同じ負け方をせず、ペナントを奪回してもらいたいと思う。

2010年11月26日 03:20

西武新人、大石・牧田・秋山の背番号は?

今季ライオンズはドラフトで非常に良い補強を行うことができた。ライオンズファンという贔屓目を差し引いたとしても、12球団で一番良い補強ができたと思う。しかしそれはあくまでもドラフトまでの話だ。FA補強、トレードなどを見ていくと、ライオンズはこれと言った補強は行ってはいない。トライアウトで荒川捕手を獲得した程度だろうか。渡辺監督はシーズン終了後、フロントに対し左投手の補強をリクエストしたが、これは未だ叶えられてはいない。球団がどのように考えているのかは分からない。考えられるとすれば2つだ。まず1つ目は、肩の癒えた菊池雄星投手を起用させたいということ。2つ目は今後仕掛けられるトレードだ。

雄星投手は言わば鳴り物入りでライオンズに入団したのだから、球団としてはこの投手は絶対に育てていかなければならない。間違っても以前オリックスに在籍した川口知哉投手のようなプロ野球人生を送らせてはいけない。ライオンズは責任を持って、雄星投手を一人前のプロ投手に育てていく義務がある。また、もし来季雄星投手が1軍でリリーバーとして投げ出せば、先輩サウスポーたちにとっては良い刺激となる。星野智樹投手然り、武隈祥太投手然りだ。そしてもちろん中崎雄太投手の存在も忘れてはならない。背番号21をもらっただけあり、球団の期待度は非常に高いと言える。

さて、背番号と言えば気になるのは今年の上位指名3人だ。大石達也投手に関しては、球団スタッフが明言している通り15番を背負うことでほぼ間違いはないだろう。となると2位指名の牧田投手と、3位指名の秋山選手はどうなるだろうか。筆者が勝手に予想するとすれば、秋山選手は24番になるのではないだろうか。24番と言えば、秋山幸二選手が2年目以降5年間背負った出世番号だ。二代目秋山となる秋山翔吾選手が背負うには、まさに打って付けの番号ではないだろうか。そして牧田投手は35番、いや、もしかしたら27番という選択肢もあるかもしれない。

筆者が渡辺監督の野球に抱く感想は、脱伊東野球というものだ。もちろん渡辺監督は伊東勤監督のことを戦友として尊敬していると思う。だが監督としては他の監督に漏れず、やはり前任者とは違った野球スタイルを打ち出したいと考えているはずだ。捕手起用を見るだけでも、それは薄々感じ取ることができる。ということは、伊東勤捕手のような日陰タイプの正捕手を置くというよりは、古田・城島両捕手のような日なたタイプを置きたがっていると思う。となるとライオンズの正捕手の証となる27番の持つイメージを、ここらで一気に模様替えさせるという考え方もできなくはない。だが個人的には、現役生活も残り少なくなってきた野田浩輔捕手に、最後は同郷の先輩である伊東捕手の27番を背負わせてあげたいという気持ちもある。

野球というスポーツは実力5、調子3、運2とも言われるスポーツだ。背番号が持つツキにより野球人生が左右される選手も少なくはない。実際素晴らしい番号をもらったプレッシャーで実力を伸ばせなかった選手も過去には大勢いる。例えば清原選手を継ぐ3番をもらった玉野選手や、秋山選手を継ぐ1番を背負っていた頃の高山久選手、はたまた背番号11をもらった安藤正則投手もその1人と言えるだろう。

背番号にはある種の浪漫がある。ライオンズで言えば渡辺久信投手が背負った41や、工藤公康投手が背負った47は他チームとは異なりエースナンバーと見ることもできる(工藤投手の影響では今では47は左腕エースの称号となった)。さらに昔の選手で言えば西鉄以降すべてのライオンズを経験したエース東尾修投手の21番、神様仏様稲尾様の故稲尾和久投手の24番もエースナンバーと見ることができる。

新人選手の大方は未だ背番号に関する話は一切出てきてはいないが、皆さんは今オフに入団する新人選手たちの背番号を、どう予想しているだろうか?もしよければコメント欄にてその予想を発表してみてください。そして新人選手だけではなく、「この選手にこの番号をあげたい!」というご意見ももちろん大歓迎です。

2010年11月25日 02:34

細川亨捕手、西武を去りホークス入り決定



ここ数日はFA宣言をした細川亨捕手関連の記事が多めとなっていたが、この記事もやはり細川捕手の話題だ。ただこの記事は恐らく、埼玉西武ライオンズの細川捕手に関する最後の記事となるだろう。11月23日、ファン感謝デーにて西武ファンと交流した直後、細川捕手はソフトバンクと2度目の交渉の席を持った。そして報道によればその席にはソフトバンクからは秋山幸二監督、細川捕手側からは真紀子夫人が同席したようだ。夫人がFA交渉の席に同席するのは極めて異例だが、細川夫妻は元々秋山監督と親交を持っていたようで、恐らく細川捕手の気持ちもソフトバンク入りで決まっていたことから、実現したのだろう。

細川捕手とソフトバンクは4年契約で合意し、年俸総額は4年2億5000万円~最大8億円の変動制がとられるようだ。つまりインセンティブ条件をすべてクリアすれば、年俸は年平均2億円となる。だが恐らく1年目の年俸は2010年の7100万円と大差ないはずなので(予測では)、活躍によって年俸は将来的に3億円前後になる可能性も含んでいる。出て行かれる側の西武ファンとしては非常に寂しい限りだが、しかし細川捕手のファンという目線で考えれば、この条件は細川捕手にとって最高の内容だったと思う。しかもソフトバンクは今季まで中西健太選手が背負っていた27番を、細川捕手に明け渡すという誠意まで見せた。ここまで誠意ある対応をされれば、細川捕手がソフトバンクに移籍したいと考えるのもよく理解できる。

もし細川捕手が、今季140試合以上でスタメンマスクを被って400打席以上立ったのであれば、筆者も「優勝してからFA宣言して欲しい」と考えたかもしれない。しかし今季の起用法はあきらかに正捕手の座を剥奪された形となった。もちろん正捕手の座は自ら掴み取るものだ。もし上本捕手の捕手としての能力が細川捕手に迫るものであれば、筆者も細川捕手も決して起用法に不満は抱かなかったはずだ。しかしそうではない。捕手としてのトータルの能力を比較すればリード、盗塁阻止率、投手からの信頼、投手が思い切って縦の変化球を投げられる捕球力、状況判断などなど、どれも細川捕手の方が現段階では上だった。だがそれは当然だ。細川捕手と上本捕手とでは、捕手としての経験値がまるで違う。上本捕手も細川捕手と同じ年代、つまり大卒のような年代から同様の経験を積めていれば、細川捕手以上の打てる捕手に成長してかもしれない。

細川捕手は自らの成長を第一に考えた。そういう意味では秋山監督の言う通り、移籍して他球団を経験することでさらなる成長が望めるだろう。そしてファンとして純粋に思うことは、ソフトバンクに行ったら、ソフトバンクの強力投手陣をさらに成長させる女房としての役割を果たしてもらいたいということだ。敵は強ければ強いほど良い。もし細川捕手が加わったホークスに来季、ライオンズがまったく勝てないようなら、それは単純にライオンズが弱いというただそれだけのことだ。だが渡辺監督以下、土井コーチから正捕手の最右翼と指名された銀仁朗捕手ら、そうはさせじと今まで以上に厳しい自主トレ、春季キャンプを過ごしていくはずだ。特に2010年を怪我により棒に振ってしまった銀仁朗捕手は、目に炎を宿してハードなトレーニングを積んでいくことだろう。

銀仁朗捕手は、細川捕手からまだまだ多くのことを学べたはずだ。だが細川捕手がソフトバンクに移籍すれば、ひょっとしたらさらに大きなことを学べる可能性があるかもしれない。それは正捕手として、敵チームの正捕手となった細川捕手のプレーを目の当たりにする機会が増えるためだ。ベンチから見る細川捕手と、グラウンドで並んで見る細川捕手、銀仁朗捕手からすればまた違った多くのことを学べるはずだ。銀仁朗捕手は来季24歳となる。24歳と言えば、細川捕手は野田捕手の故障により主戦捕手となった年齢だが、正捕手獲得には至っていなかった。銀仁朗捕手には来季、ぜひ実力を持ってして正捕手の座を射止め、細川超えを果たしてもらいたい。

今季、渡辺監督は細川捕手と上本捕手を併用した。筆者は時の伊東勤兼任コーチの言葉をよく思い出したものだ。「2人は使わない。2人とも使えば2人とも死ぬ」という言葉だ。つまり捕手というポジションは、それほど育てるのが大変なポジションなのだ。併用しながら育てられるようなポジションではない。多くの読者の方が思い、何人かはブログコメントにも書いていただいたが、相手投手の左右によって右打ち捕手、左打ち捕手を使い分けるような起用法はもう見たくはない。そしてCSの2試合に関しても、その起用法により細川捕手を出場させたとは、筆者は考えたくはない。

外野手からの返球を受け、ホームベース上で何度も走者を憤死させた細川捕手の闘志、雄叫びを筆者は幾度となく目撃している。その姿はまさにホームベースのガーディアンそのものだった。細川捕手の怪我を恐れぬブロックプレーに、筆者は幾度も感動させられた。細川捕手のような、我々ファンに感動を与えてくれる選手がライオンズを去ってしまうのは、本当に寂しい限りだ。23日に行われたファン感謝デーでは、細川捕手への残留コールも沸き起こったという。そのファンたちの気持ちは、筆者にはよく理解できる。

来季から細川捕手は敵となってしまうが、これは仕方のないことだ。プロ選手である限り義理人情だけで野球をやるべきではない。他球団からの評価と比べ、あまりにも低い評価しか得られないのであれば、より高い評価をしてくれる球団に移籍し、自分をさらに高めるべきだと思う。年俸も活躍次第で上がることが約束されれば、それはモチベーションに直結する。どんなに高い技術を持っていても、モチベーションを維持できない球団ではベストなプレーを披露することはできない。そういう意味でも細川捕手は、良い球団に移籍したと思う。監督は何しろ黄金時代の西武野球を目指している秋山幸二監督だ。正捕手の重要性は誰よりも理解している。

細川捕手には来季以降怪我なく、ソフトバンクの正捕手として、ライオンズの正捕手をさらに成長させるような活躍を魅せてもらいたいと思う。そしていつの日か指導者として、必ずライオンズに戻ってきてもらいたいと筆者は切に願いつつ、細川捕手をライオンズファンとして送り出したいと思う。ホークスへ行っても頑張れ!細川亨!!



2010年11月24日 01:25

#23 ミンチェ



#23 ミンチェ - Ming-Chieh Hsu

右投右打・投手
2000年入団
高雄市立中正高級工業職業学校~台中金剛~埼玉西武ライオンズ
台湾・高雄市出身、1976年12月1日生、182cm / 90kg
2010年推定年俸:2000万円

ミンチェ投手、12年目で取得したFA権を行使
許銘傑投手は2000年からライオンズの一員となった。当時の東尾監督の期待も非常に高く、入団からしばらくは毎年先発ローテーション候補に名を連ねていた。だが2001年に11勝して以来、二桁勝利からはずっと遠ざかっている。この原因を多くの人はメンタルの弱さという言葉で片付けてしまっている。だが本当にそうだろうか。確かに許投手は非常に優しい性格をしている。だが優しさ=メンタルの弱さではない。マウンド上で安定した精神状態をキープできないということをメンタルの弱さと言えば、それは確かにそうだ。しかし筆者の考えは違う。許投手は決して気持ちが弱いのではなく、逆だと思っている。つまり、気が強いのだ。

通常メンタルの弱い投手は、調子が悪くなると浮き足立つケースが目立つ。連打を浴びることと、浮き足立つことはもちろん異なる。どんなに調子が良くても、相手打線の調子がそれ以上に良ければ、打たれることもある。浮き足立つとは、その通り地に足が着いていないような状態で、上ずったボールばかりを投げてしまう状態のことだ。もちろん許投手に限らず、どんな投手でもそうなることはある。エース涌井秀章投手然りだ。

調子が良い時の許投手は、見ていて本当に安心感があり、まるで打たれる気がしない。だがひとたびその歯車が狂ってしまうと、唐突にコントロールを乱してしまうことがある。そういう時の許投手を筆者なりに観察していると、気が弱くて内角に投げられないからではない、と感じることが多い。それどころか、打たれたり調子が悪かったりすると、気が強い余りにマウンド上でイラついたり、カッカしたりしているように見えるのだ。筆者も投手出身であるため、そういう風になってしまう気持ちは許投手を見ていればよく分かる。

気が強い投手ほど打たれるとマウンド上でカッカしてしまい、ボールに余分な力を込めてしまうものなのだ。ボールに余分な力がこもってしまえば、当然コントロールすることがより困難になる。右投手である許投手の場合、力が入ればボールは左打席側に流れてしまうケースが多くなる。これがスライダーならまだいい。左に流れても、右打者ではバットは届かない。だがシュートとなると話は別だ。シュートは今や許投手の代名詞であるわけだが、これを力んで投げてしまうと、右打者の内角に投げたはずのシュートが曲がらないばかりか、真ん中に入ってしまうのだ。つまり打者からすれば長打ゾーンとなる。先発をメインにして働いた2000~2002、2010年の被本塁打がいずれも二桁となっているのは、これが1つの原因だろう。

ただ、これはあくまでも筆者が観戦した上での印象だ。実際に許投手に聞いたわけではないので、本当にそうなのかは分からない。だが許投手のことを、「気が弱い」という言葉だけで片付けてしまうのは、このブログに於いてはあまりにも能がない。そもそも気が弱い選手が投手をやり続けられるだろうか。だからこそ筆者は思うのだ。許投手は気が弱いのではなく、気が強いために力み、コントロールを乱してしまうのだと。

今年の夏頃だったろうか。サインミスか何かをした際、上本捕手がマウンド上で許投手を怒鳴りつけるようなシーンがあった。その時の許投手の姿、なんとふてぶてしかったことか。あの姿を見ただけでも、許投手の気の強さが筆者には感じられた。

投手は、後ろで守る野手のためにも、マウンド上ではリラックスし、堂々としているべきなのだ。そうすることにより野手もリラックスでき、余計なエラーが減っていく。だがマウンド上で投手がカッカしてしまえば、野手にも緊張感が走り、リズムが出ないばかりか身体が硬直してしまい、エラーなどが出やすくなってしまう。こういうことを考えれば、許投手は打たれても堂々としているべきなのだ。打たれようが何しようが、マウンド上で常にリラックスし、堂々としていれば、例えそれがカラのものであっても、野手はその背中に騙されてリラックスできるようになる。

典型的なツーレーンピッチャー(スライダーとシュートなど、左右の変化球で揺さ振る投手)である許投手は、基本的に打たせて取ることに主眼を置いている。となると、ボテボテのゴロが内野安打になってしまうこともあれば、それがベースカバーに入った野手の逆をついて外野に抜けてしまうこともある。だがそうなったとしても、許投手はマウンド上で堂々と胸を張っていれば良い。マウンド上の投手に動揺がないと分かれば、野手陣も安心できるからだ。リラックスした野手陣は、緊張した野手陣よりもはるかに多い得点を挙げてくれる。そして許投手にさらに多くの勝ち星をもたらしてくれるはずだ。

余談ではあるが、2004年に許投手が17から23に背番号を変えたのは、マイケル・ジョーダン選手をリスペクトしての変更だったと聞いたことがある。ジョーダン選手の23番はシカゴ・ブルズやノースカロライナ大だけに留まらず、ジョーダン選手に苦しめられたマイアミ・ヒートも敬服の意を込めて永久欠番にしている。なおこのバスケットボールの神様と呼ばれたジョーダン選手が、NBA最初の引退後にMLBに挑戦したことは、あまりにも有名なエピソードだ。世界でも最も尊敬されるアスリート、マイケル・ジョーダン選手に肖った背番号を背負う許投手には、2011年以降もチームの危機を救うような投球を続けてもらいたい。そして順調に行けば、2011年シーズン前半に国内FAを取得でき、2012年以降は日本人選手扱いとなれる。そうすれば外国人枠に縛られない起用が可能となり、許投手には大きなプラスとなるはずだ。老け込むにはまだまだ早過ぎる。許投手にはさらにもう一花咲かせてもらいたいと筆者は強く願っている。

 投球成績 Pitching Results


































2000 28 21 1 1 0 6 7 0 -- .462 563 126.0 129 12 65 2 4 66 0 0 77 64 4.57
2001 27 25 1 1 0 11 6 0 -- .647 606 140.0 140 12 64 1 3 67 5 0 59 54 3.47
2002 20 20 2 2 1 9 7 0 -- .563 510 118.1 124 10 30 1 4 88 2 0 57 48 3.65
2003 19 11 1 0 0 4 2 0 -- .667 320 70.0 81 8 35 0 4 43 3 0 42 40 5.14
2004 27 6 0 0 0 4 3 0 -- .571 280 64.0 70 4 30 1 2 26 3 1 34 31 4.36
2005 4 0 0 0 0 0 0 0 1 ---- 27 5.2 9 2 4 0 0 4 0 0 4 4 6.35
2006 19 3 0 0 0 1 4 0 1 .200 190 42.2 46 8 17 2 2 26 4 0 28 26 5.48
2007 15 0 0 0 0 0 1 0 1 .000 102 24.0 27 3 8 1 1 8 1 1 14 13 4.88
2008 17 2 0 0 0 1 3 0 3 .250 151 31.2 37 1 22 1 1 11 4 0 21 18 5.12
2009 16 4 1 0 0 1 2 0 1 .333 179 40.1 42 3 21 3 3 21 1 0 20 17 3.79
2010 22 20 1 0 0 6 9 0 0 .400 529 120.2 150 13 28 0 2 62 4 1 75 61 4.55
通算 214 112 7 4 1 43 44 0 7 .494 3457 783.1 855 76 324 12 26 422 27 3 431 376 4.32

2010年11月23日 02:35

#72 鈴木康友

#72 鈴木康友 - Yasutomo Suzuki

内野手(ショートなど)、右投右打
1977年ドラフト5位
天理高~巨人~西武~中日~西武
奈良県五條市出身、1959年7月6日生、180cm / 84kg

鈴木康友コーチは筆者が最も期待し、その手腕を尊敬しているコーチだ。昨オフに鈴木康友コーチの西武復帰が報道された際、とても喜んだことを今なお鮮明に覚えている。復帰1年目の今季は2軍守備走塁コーチとして若手を鍛え上げたわけだが、2011年からは1軍守備走塁コーチとして再び三塁コーチャーズボックスに立つことになった。今季は河田コーチが三塁に立っていたが、経験と能力を比べれば、やはり康友コーチが三塁に立った方が勝利へは一歩多く近づけるはずだ。

その鈴木康友選手がプロ入りしたのは1978年、つまり西武ライオンズが10月に誕生した年だった。この年を1年目とし、鈴木康友選手は巨人軍の選手としてプロの門を叩いた。だが打撃においてなかなか目覚しい成績を残すことができず、結局巨人ではレギュラーを掴みかけるものの、レギュラーになることはできなかった。すると84年オフ、鴻野淳基選手とのトレードで西武ライオンズに移籍させられてしまった。だがその西武も、僅か1年の在籍、13試合の出場だけで市村則紀選手とのトレードで今度は中日へ移籍させられてしまう。その中日には4年在籍し、その内3年を星野仙一監督の元で過ごした。4年間の名古屋生活の後は、今度は北村照文選手とのトレードで西武復帰し、92年を最後に現役生活を退いた。

いわゆる球界の苦労人とも言える選手生活だったわけだが、鈴木康友コーチは選手時代から見ていくと、本当に有能な指導者の下で仕事をし続けた。この経験は大きな財産となり、現在のコーチ業で大いに役立っている。ここで鈴木コーチが仕えた監督を順に追ってみたいと思う。
長嶋茂雄監督(G)~藤田元司監督(G)~王貞治監督(G)~広岡達朗監督L~山内一弘監督(D)~星野仙一監督(D)~森祇晶監督(L、ここまで現役)~東尾修監督(L)~原辰徳監督(G)~伊原春樹監督(BW)~萩本欽一監督(茨城GG)~渡辺久信監督(L)
まさに錚々たる名将たちの元で仕事をしてきたのが鈴木康友コーチなのだ。そしてこの経験は、幾度にも渡るトレード生活を送ったために得られたものだった。

この中で特筆すべきは、伊原春樹監督との関係だろう。西武のコーチに就任すると鈴木コーチは一塁コーチとして、伊原三塁コーチとコンビを組んだ。つまり名将森祇晶監督の元、伊原コーチと共に西武野球とも言える緻密な野球をコーチとして学んでいったのだ。以来、鈴木コーチは伊原監督からの信頼が厚くなった。2004年に伊原コーチがオリックス・ブルーウェーブの監督に就任すると、鈴木コーチも巨人からオリックスに引き抜かれた。そして西武時代以来4年振りに三塁伊原・一塁鈴木というコーチコンビも復活した。だが2004年オフ、オリックスと近鉄の球団合併問題が生じ、伊原監督共々僅か一年での退団となってしまう。その後は欽監(萩本欽一)率いる茨城ゴールデンゴールズでコーチを務めたり、富山サンダーバーズ(現在は横田久則監督)では初代監督を務め、2010年、9年振りにライオンズへの復帰を果たした。

鈴木康友コーチのコーチ人生は、過酷な状況からスタートさせられた。引退してすぐにライオンズの1軍守備走塁コーチとなったわけだが、その頃のライオンズには先輩である石毛宏典選手や辻発彦選手といた名手が顕在だった。康友コーチは、その先輩たちにノックを打つことからコーチ業をスタートさせたのだった。コーチ1年目の康友コーチには当然、諸先輩からの野次が飛びに飛んだと言う。ちょっとでも下手なノックを打てば、畳み掛けるような野次。康友コーチは先輩たちの練習の質を自分のせいで落とさぬよう、毎日ノックを打つ練習に明け暮れたそうだ。当時の康友コーチ(右打ち)は右手でバットを持ち、左手でボールをトスしてノックをしていたのだが、先輩たちに強いノックを打ち続けたことで、右肘を痛めてしまった。

それ以降、康友コーチは手を逆にした。右手でボールをトスし、バットは左手に持ってノックをした。この持ち方の利点は身体への負荷が少ないのに加え、テイクバックを深く取ることができ、強い打球が打ちやすいという点にある。同じ右打ちと言えど、手を逆にすれば慣れるまでは大変だが、慣れればノックが楽になったと言う。

石毛選手、辻選手と言った名手にノックを打ったことで、康友コーチのノック技術はメキメキ上達した。実は筆者も康友コーチのノックを受けた経験があるのだが、本当に惚れ惚れするようなノックを打ってくれる。2010年は試合前のシートノックは河田コーチが打っていたのだが、筆者は河田コーチが幾度となくキャッチャーフライを打ち上げられない場面を見かけた。だが鈴木コーチは違う。キャッチャーフライを打つ名人と言っても良いほど、キャッチャーフライを打つのが上手い。そのキャッチャーフライ(を含めたノック)を打つための理論を鈴木コーチから教わったのだが、それは「なるほど」とうなるもので、打撃教則本を読むよりもはるかに学ぶことが多かった。

上手いのは何もキャッチャーフライばかりではない。ゴロ打ちもやはり正確で、下手な選手のするキャッチボールよりもずっとコントロールが良かった。もちろんノックが上手い人がイコール良いコーチというわけではないが、しかし鈴木コーチのように理論と技術の両方を持ち合わせていれば、名コーチと呼ぶこともできるだろう。そもそもコーチとして実績を見ていけば、その手腕もよく分かる。

鈴木コーチがノック上手ということは、これで分かってもらえたと思う。だがそれだけではない。指導者としての観察眼も確かだ。若手コーチが熱血指導を行っている姿を見ていた鈴木コーチが、その若手コーチの指導で僅かに足りなかった部分を見逃さず、あとでこっそりと補足するという場面があった。このような姿は、やはり熟練コーチならではと言えるだろう。

守備走塁担当である鈴木コーチだが、打者を観る目も鋭い。実は筆者には打者として、ある欠点があった。その欠点を直す努力や、カバーする努力をしてはいたのだが、たった1球のティーバッティングで、トサーをしてくれた鈴木コーチはその欠点にすぐ気付いた。そして実に端的で、分かりやすいアドバイスをしてくれた。このアドバイスにより、筆者の欠点はすぐに修正された。もちろんその場ですぐ完璧に直せたわけではないのだが、康友コーチの指導を頭に練習したことで、今ではすっかり直ってしまった。ノックの打ち方や理論にせよ、守備・走塁・打撃指導にせよ、筆者は鈴木コーチから本当に多くのことを学ばせていただいた。

その中にはライオンズ黄金時代の走塁理論なども含まれており、本当に内容の濃い指導だった。筆者のような新米野球指導者にとって、鈴木康友コーチから教わったことはまさに財産だ。野球技術書などでは決して読むことのできない多くのことを、鈴木コーチからは学ばせていただいた。自ら体験できたことで、鈴木コーチの、野球指導者としてのレベルの高さを改めて実感することもできた。

もし鈴木康友コーチの守備理論、走塁理論を現在のライオンズの選手たちが体得することができれば、失点は減り、得点はそれ以上に増えるはずだ。そしてそれはまさに強いチームが実践すべき野球であり、常勝時代を築き上げたチームはどこも行っていたハイレベルなプレーの数々だ。鈴木康友コーチが1軍に異動して来たことで、守備に難を抱えるライオンズの内野陣に変革期が訪れたと言っても過言ではないだろう。前任者が果たせなかったことを、鈴木康友コーチなら果たしてくれるはずだ。それを信じ、筆者は鈴木康友コーチの指導から今後も多くを学んで行きたいと思っている。きっと三塁側スタンドから康友コーチを見ているだけでも、野球を深く学べる気がする。

 打撃成績 Batting Results


























 読売ジャイアンツ
1980 39 23 20 2 2 0 0 2 8 2 0 0 1 0 2 0 0 12 0 .100
1981 11 5 5 0 1 1 0 0 2 1 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .200
1982 45 63 52 13 10 1 0 1 14 3 0 1 6 0 4 0 1 19 0 .192
1983 77 170 149 15 41 3 0 5 59 18 0 0 5 1 14 4 1 29 2 .275
1984 85 146 126 16 24 8 0 3 41 9 3 1 8 0 10 0 2 24 0 .190
 西武ライオンズ
1985 13 16 14 1 4 1 0 0 5 1 2 0 0 0 2 0 0 2 0 .286
 中日ドラゴンズ
1986 119 429 368 31 86 16 1 11 137 30 3 2 35 3 18 0 5 76 4 .234
1987 79 110 97 10 18 6 0 0 24 6 3 0 6 1 6 0 0 24 1 .186
1988 15 31 26 4 6 3 0 1 12 2 1 1 1 0 4 0 0 3 0 .231
1989 80 119 100 15 22 4 0 0 26 9 3 3 10 2 7 0 0 23 0 .220
 西武ラインズ
1990 65 101 83 7 18 2 1 1 25 7 0 2 8 0 10 0 0 11 2 .217
1991 27 22 19 2 4 2 0 0 6 1 2 1 1 0 1 0 1 2 2 .211
1992 33 26 23 1 8 2 0 0 10 2 0 0 0 0 1 0 2 4 0 .348
通算 688 1261 1082 117 244 49 2 24 369 91 17 11 81 7 79 4 12 230 11 .226
リーグ最多

2010年11月22日 02:00

【BT】 このコーチに期待、浅村栄斗を育ててもらいたい

今季は非常に悔しい敗戦を喫した埼玉西武ライオンズ。これに伴いコーチ陣も新たに組閣され、それは非常に期待の持てる内容となった。ライオンズに限ったことではないが、FA制度が認められている現在、どのチームもいつ主力選手を失ってしまうとも分からない。現にライオンズはこれまでに工藤公康投手、石毛宏典選手、清原和博選手、松井稼頭央選手、豊田清投手、和田一浩選手らのスター選手たちをこれまでFA制度により失ってきた。さらにはポスティング制度により松坂大輔投手、森慎二投手を失った。金満球団であれば、失ったなら別の選手をFA獲得することも可能だ。しかし西武球団は決して裕福な球団ではない。過去FAで獲得した選手と言えば、中嶋聡捕手と石井一久投手のみだ。流出に見合った流入とはとても言いがたい。このような現状があるからこそ、新任コーチたちには次代を担うスターを1人でも多く育て上げて欲しいのだ。

続きはBTオンラインにてお読みください。
ご意見・ご感想をコメント欄に残していただけると、とても嬉しいです。

2010年11月22日 00:49

FA権利を2軍選手にこそ与えるべき理由

細川亨捕手のFA移籍が正式に決まれば、ライオンズでは中日に移籍した和田一浩選手以来のFA移籍ということになる。このFA制度、ポスティング制度に継いで賛否両論あるものだが、筆者は個人的にはFA制度には賛成だ。それどころか、もっと活性化すべきだと考えている。現在は1軍登録日数によりFA資格を与えられるという制度になっているが、これは撤廃しても良いのではないかと思う。というのはやはり、2軍に埋もれている選手こそFAで他球団に移籍し、仕事場を得るべきだと思うからだ。

2軍の選手であればいくら流出しても大きな痛手はないという見方もあるが、実はそうではない。なぜプロ野球チームが2軍の選手をこれだけ多く抱えているかと言えば、その最大の理由はファームの試合を行うためだ。もしファームの試合を滞ることなくこなすことができれば、経営に悩む球団はファームの選手を減らしたいと考えているはずだ。現に西武球団もそのような問題は常に抱えており、ファームの試合を行うために期待の持てない選手を雇用し続ける場合がある。つまり考え方として、日本のファームチームの立場は非常に中途半端であると言える。

MLBのマイナーチームの場合、試合に出場する選手は全員がメジャーの舞台を夢見て命がけで野球をやっている選手ばかりだ。メジャーに上がれば、ミールマネー(食事代)は最低ランクの選手でも50ドル程度が給料とは別に毎日支給される。だがマイナーにそんな待遇はない。下手をすれば毎日マクドナルドでしか食事をできない選手だって存在する。しかもマイナーリーグの移動はバスで何十時間も揺られることもざらだ。そんな劣悪な処遇から開放され、最高の待遇を目指し、彼らは毎日試合に挑んでいる。

話を日本に戻すと、例えば実力はあっても監督と馬が合わないという理由だけで1軍に呼ばれない選手も存在する。そういう選手はFA制度を使ってチャンスをもらえる球団にどんどん移籍すべきだ。使える才能をファームで腐らせてしまうのは、日本球界の将来を考えても損失としか考えられない。また、次々2軍選手を流出させてしまう球団があったとしても、それだけではファーム運営が立ち行かなくなるため、球団スタッフの努力も向上して行くはずだ。と言ってもそれは、ファームの設備を向上させたり、待遇を良くするという意味ではない。筆者は、ファームの環境は良くある必要はないと考えている人間だ。1軍に上がったら「もう二度とファームには戻りたくない!」と選手が思えるほど劣悪な環境であっても良いと思う。

ファームの選手が減り、困る球団スタッフは、ファームの選手をどんどん1軍にアピールするようになるだろう。努力をしている選手、成長が見込める選手は、どんどん1軍にプロモートするようになる。そうすれば1軍監督が見つけられなかった才能を、そこから開花させることも可能だ。具体的に言えば、これはファームディレクターの役割となる。ライオンズで言えば福島孝二ファームディレクターだ。

2軍レベルの選手のFA流出であれば、同じレベルの選手を頻繁にFA入団させることも可能となる。2軍レベルの選手であれば、当然移籍金や保証選手などを要さないからだ。だが簡単には獲得はできない。例えば「環境はイマイチだけど、あのチームのファームなら自分は今よりも成長できる!」と選手が思ってくれなければ、移籍獲得をすることもできない。だからこそ、球団スタッフのさらなる努力、向上が望めるというわけだ。もしスタッフがその期待に応えないのであれば、容赦なくバイアウトしてしまえばいい。

こうして2軍選手のFA移籍が活発化すれば、ファームの血を常に新鮮に保つことができるし、他球団から目をギラ付かせた選手が入ってくれば、ファームでの馴れ合いも生まれなくなる。ファームが活性化されれば、それは1軍に直接的な影響を与えるため、1軍選手の底上げにも繋がる。だからこ筆者は、FA資格は2軍選手にこそ与えるべきだと考えているのだ。

さて、FAと言って問題になるのはやはりマネーゲームだ。日本人は元来、お金のことを口にするということを美徳とはしていない。お金のことを強く主張する選手は、ファンを減らしてしまう傾向にもある。だが筆者はその考え方は持たない。自分が正当だと思う金額なのであれば、遠慮せず要求すべきだ。それこそ2億円だって3億円だって構わない。プロ野球選手は我々一般人とはまったく異なる仕事をしているのだ。しかも野球をするだけではない。毎日新聞や雑誌、テレビで実名・顔が報道され、インターネットで根拠のない中傷を浴びる危険にも常にさらされている。人気商売と言えばそれまでだが、しかし選手自身は決して人気商売をしたかったわけではない。日本の最高峰で野球をしたかった、ただそれだけなのだ。

そういう選手たちに対し、活躍すれば数千万円、数億円払うのは当然だと筆者は考える。だがもちろんそれは、あくまでもしっかりと仕事をした上での話だ。しっかりと結果を残し、球団からも信頼に値する評価をしてもらえたなら、(日本的)FA残留をするのも良いだろう。

現在のNPBのFA制度で最も良くないのは、移籍金と保証選手の存在だ。こんなものはなくても良いと筆者は考えている。これらがあるからこそ、FA制度は一部の金満球団にしか恩恵を与えなくなってしまうのだ。いや、それ以上にFA市場が活性化しないのだ。ここまで活性化しない制度を今後も「同じ形」で採用し続ける理由は、果たしてあるのだろうか。

最後に、筆者が感じる日本人とメジャーリーガーの最大の違いを書き記したいと思う。日本人選手はたくさんのコーチに支えられ、「球団に育ててもらう」という受身意識が非常に強い。だがメジャーの場合は、「自分が活躍してこのチームに利益を生む!」という能動的考えが強い。その利益に対して正当な評価が得られなければ、選手は遠慮なくFA移籍をしていく。だが日本の場合はメジャーリーガーのようなハングリー精神が少ないため、FA移籍をしようものなら「育ててもらった球団を見捨てる」と言われることも少なくはない。

筆者は時々思ってしまうのだ。もしライオンズのFA保有者が、全員一気に「他球団の評価を聞いてみたい」と言い出したら、西武球団は果たしてどうするのだろうか。もしFA宣言をすれば、他球団が手を上げるであろう選手はライオンズには大勢いる。それでも西武球団は「他球団と交渉後の残留は認めない」と言い続けるのだろうか。可能性は低くとも、決してありえない話ではない。なにせ今のプロ野球は、3位のチームが日本一になれてしまうのだから。

2010年11月21日 01:07

投手不利の近代野球、投手と捕手の関係

19日、細川亨捕手は横浜中華街の店で横浜球団とのFA交渉の席を持った。横浜からはどうやら2年2億円+インセンティブという提示を受けたようだ。入団当初から、細川捕手の誰にも負けないほどの努力を見続けてファンになった筆者としては、やはり細川捕手の退団は非常に寂しい。だがこればかりは仕方のないことだ。個人的にはソフトバンクよりも、横浜に入って欲しいという希望がある。その理由は筆者と繋がりのある、ある投手を細川捕手に育ててもらいたいからだ。筆者は投手指導を生業としているわけだが、投手コーチだけで一流投手は育てられるものではない。やはり捕手の厳しいリードあってこそ、若い投手は伸びていくのだ。

今季序盤から中盤にかけて、ライオンズの若手投手は細川捕手のリードについて行けていない場面が目立った。つまり細川捕手の配球の意図を理解し切れないままに、闇雲にサイン通りの球種を投げ、打たれてしまうという場面だ。結果としては失点してしまうため、その場だけを見るとやりきれなくなってしまう。だがそれでいいのだと筆者は考える。配球に関しては、一部のベテラン投手を除けば、投手よりも捕手の方が何十倍も気を遣っている。その捕手が厳しい配球を要求し続け、いつか投手がその配球の意図を理解できるようになれば、その投手は必ず成長していくはずだ。だがそのためにはやはり捕手は併用するのではなく、正捕手を作らなければならない。

10年20年前と比べると、打撃技術は劇的に向上している。一昔前までは努力一辺倒だった選手が、今では努力+理論を持ち投手に挑んでいる。そしてバットも進化し、バッティングマシンは今では200km以上のボールを投げられるようになった。さらに言えば今季までは反発力の高い、いわゆる「飛ぶボール」が採用され、フィールドシートの増設により、それまでファールフライでアウトになっていたものがファールになるようになった。野球というスポーツは、近年どんどん打者有利の改変が進められて来た。これは日米に通じ言えることだ。アメリカの球団運営サイドもそうなのだが、野球の現場を知らない運営サイド(オーナーなど)ほど、派手な打撃戦を望んでいるためだ。

前回投手に有利な改変が行われたのは、もう110年前ではないだろうか。その昔、ホームプレートは今のような五角形ではなく、四角だった。そしてサイズも12インチでしかなかった。これが現行の17インチという横幅となり、ストライクゾーンが広くなったのは1900年の出来事だった。筆者の浅はかな知識の中で言えば、投手に有利となる大きな改変は、これが最後ではなかっただろうか。

投手に不利となる改変は、過去幾度にも渡り行われて来た。例えばこれは1800年代の話なのだが、今で言う四球は九球だった。つまりボール球を9球投げられたのだ。これが八球、七球と年々減って行き、1889年に正式に四球と制定された。ちなみに四球と言えば、アメリカでは1887年の一年だけ、三振は三振ではなく、四振というルールに改変されたことがった。

雑学ついでにもう一つ。ピッチャーが打ち込まれると「ノックアウト」という言葉を使う。実はこれ、野球創生期に使われていた言葉が現代にも残っているのだ。1800年代、野球のマウンドは今のような「マウンド(丘)」ではなく、線の引かれたボックス形状でしかなかった。ピッチャーが疲れると、そのボックスからノックアウト(叩き出す)させていたというわけだ。そしてこの時代、ピッチャーはピッチングをすることは許されていなかった。ピッチャーはバッターのリクエスト通りの打ちやすい球を、下手から投げることしか許されていなかったのだ。

そしてこのマウンドの前身は、どんどん距離を遠ざけられていった。なぜなら、速いボールを投げられる投手の出現が増えたためだ。速いボールと言えば、今まで野球選手が投げた最速のボールが何キロか、みなさんはご存知だろうか。ノーラン・ライアンの165km?そう答えた方は素晴らしい!だけど答えはノー。これは公式戦での記録ではないためオフィシャルではないのだが、1950年代オリオールズの新人投手、スティーヴ・ダルコウスキー投手が投げたボールが、野球選手では最速記録として残っている。なんとその速度、実に184km!ただダルコウスキー投手は制球力がまったくなかったため、メジャーに昇格することはなかった。

さて、話は思わぬ方向に逸れてしまったが、どんどん打高投低の傾向が強くなっている現代において、投手が頼れる存在はもはや女房と呼ばれる捕手しかいないのだ。捕手が投手の性格、球種、能力をしっかり把握し、それを相手打者の情報と照らし合わせながらリードしてくれることで、投手は能力通り、いや、時にはそれ以上の成績を残すことができる。もちろん超一流投手なら話は別だ。全盛期の渡辺久信投手のように、ストライクゾーンに投げていれば普通に抑えられるというツワモノもいる。だがほとんどの投手はそうではない。二流投手や、超二流投手を生かすも殺すも、それは監督の起用法と捕手の巧みなリードに掛かっているのだ。

だからこそ筆者は、監督と捕手の短期起用は避けるべきだと常々考えている。監督にしても、2~3年結果が出ていないだけで簡単にバイアウトすべきではない。その監督が2~3年、もしくは3~4年をチームの育成期と考えているならば、フロントはその期間はしっかりと監督を信頼し、補強などのサポートをし、現場は全権任せるべきなのだ。そうやって信頼と責任を折り重ねることにより、監督は育っていく。坂井・根本コンビの絶対的な信頼とサポートを得ていた森祇晶監督が、現場に集中できた黄金時代が理想の形とも言える。

捕手にしてもそうだ。これは夫婦同様、1年や2年で夫婦間の絆が固く結ばれるものではない。もちろん中にはそういう夫婦もいるが、多くは何年も連れ添うことにより、絆を強くしていくのだと思う。そして投手と捕手の関係もまさにそうだと言える。時には女房である捕手が、亭主である投手の尻を叩く必要もあるだろう。もしこれが連れ添って1年にも満たない夫婦(バッテリー)だとしたら、よほどの関係ではない限り女房は亭主の尻を叩くことなどできはしない。いや、少なくとも的確に叩くことはできないだろう。これが、筆者が正捕手を定めるべきだと主張し続ける理由だ。

筆者は、捕手は打てなくても良いと考えている。さらに誤解を恐れずに言えば、捕手と遊撃手は打てなくても良いと考えている。もちろん打てるに越したことはないが、それはあくまでも守備をしっかりとこなせていればの話だ。野球というスポーツは投手に継いで、捕手と遊撃手の良し悪しが試合の行方を左右する。捕手はグラウンド上の監督であり、遊撃手は野手の指針となるからだ。遊撃手が前進すれば全体的に前進するし、遊撃手が後進すれば他の野手も全体的に後進する。この守備に関するプレーが高いレベルで行われていれば、筆者は捕手と遊撃手にはそれほど高い打力は望んではいない。

そして捕手ならばなおさらだ。近年は打てる捕手が増えているが、打てる捕手の傾向として、捕手ありきの配球をするという点がある。古田捕手、城島捕手、阿部捕手らがそうだ。これが良いか悪いかを述べるつもりはない。だが投手からすると、実はこの手の捕手はやりづらいのだ。なぜなら、自分が投げたいと思っている球を要求してくることが少ないからだ。これは彼らとバッテリーを組んだ数名の一軍投手が実際に言っていたことなので、感想としては間違いはないと思う。実際荒木大輔投手は、古田敦也捕手にできるかどうか分からない配球を要求されたことが多々あったようだ。

これはあくまでも筆者の考えだが、打てる捕手というのは、投手よりも捕手本位でリードをする傾向が強いため、リードに必要以上の神経を使ってはいない。そのため打撃に集中力を使えるのではないだろうか。だがいわゆる「捕手タイプ」の捕手はそうではない。例えば自分が3打席連続ホームランを打ったとしても、バッテリーを組んだ投手が打たれた日はホームランなど喜ぶ素振りも見せない。つまり打撃よりも、とにかく投手の良い点を引き出そうと日々神経を遣っているわけだ。だが、時には野村克也捕手のような好守に渡り一流の捕手も存在している。

どちらのタイプが良いかは分からない。どちらにもメリット・デメリットはあるからだ。だからこの問題は、捕手のタイプを優先して評価すべきだろう。城島タイプならばそういう評価の仕方をすべきだし、細川タイプならばまた違った評価をすべきなのだ。筆者個人としてはやはり投手出身であるため、細川捕手のような女房役を好んでいる。

さて、今夜はコメント欄で賛否両論あり少し楽しくなってしまったため、ついつい長い記事を書いてしまった。またきっと賛否共々出てくるかとは思うが、読者の皆さんが筆者の書く記事を楽しみにしてくださっているのと同じように、筆者はみなさんからのコメントを楽しみにしています。まだコメントしたことないという方も、これからはぜひコメント欄を使ってみてください。共に2011年のライオンズを応援していきましょう!

2010年11月20日 02:29

細川亨事実上の西武退団、27番の後継者は

18日、FA宣言をした細川亨捕手がソフトバンク球団と交渉の席を持った。FA宣言後、他球団と交渉した後の残留は認めないという西武球団の方針に沿えば、これで事実上細川捕手の退団が決まったということになる。しかし筆者にはどうしても合点がいかない。なぜ西武球団は他球団との交渉後の残留を認めないのだろうか。まず第一に考えられるのはリスク回避ということと、マネーゲームは絶対にしたくない、いや、できないという二点ではないだろうか。報道で選手とのやり取りをチェックする限りでは、前田球団本部長に交渉能力があるとは考えにくく、毎年のように契約更改時に選手から不信感を抱かれている。

年俸が下がるのは仕方ないだろう。期待通りの活躍できなかった選手自身、それくらいは十分に理解しているはずだ。だが問題になるのは下げ方だ。一方的に数字を突きつけて下げるのと、来年への期待を込めて下げるのとでは選手が抱く感情は当然変わってくる。前田本部長は、あくまでも報道上のイメージなのだが、前者が強いのではないだろうか。選手の感情をケアするという術を持ち合わせていないように思える。今オフの中島裕之選手のポスティング問題にしても、中島選手にあれだけの不信感を抱かせてしまう前田本部長の対応は、とてもプロフェッショナルの仕事だとは思えなかった。

そう、現在の西武球団にはフロント業務のプロフェッショナルがいないのだ。恐らくそういう事情もあって、FAで他球団と戦うことを避けているのではないだろうか。細川捕手にしろ、前田本部長がしっかりとした対応、ケアをしていればライオンズを出たいとは考えなかったはずだ。そもそも細川捕手自身、当初は西武残留を前提に話をしていた。それが一転移籍を前提にしたFA宣言することになってしまった。FA移籍の話を最初に家族に相談した時、細川捕手はお子さんに大反対をされたようだ。それくらい細川捕手の家族もライオンズを愛していた。当然細川捕手自身、ライオンズへの愛着は非常に強かったはずだ。

起用法に関する不満もあっただろう。今季のライオンズの戦いにおいて、捕手の立場を重視する采配はほとんど見られなかった。通常日米問わず常勝球団は試合前、監督室に正捕手と控えの捕手を呼んで綿密なミーティングを行う。これを今季ライオンズが行っていたかどうかは筆者には分からない。だがやっていたにしても、いなかったにしても、正捕手としての細川捕手のプライドを尊重する起用法ではなかったと筆者は感じている。

細川捕手の、捕手としての能力を高く評価しているのは野村克也監督だけではない。王貞治監督ら、多くの他球団首脳・フロントが細川捕手を高く評価している。守備力、盗塁阻止率、試合運び、リード。中には森を見ず、木だけを見て細川捕手のリードを批判している方もいる。だがそれは間違いだ。細川捕手のリードは、球界トップクラスと評価して間違いない。細川捕手のリードは常に状況を把握したリードだ。投手のボール・性格・調子、打者の傾向、状況などすべてをしっかりと踏まえたリードをしている。それができる数少ない捕手が細川捕手だ。もちろんそれでも投手が打ち込まれることはあるし、配球に失敗することもある。だが細川捕手を判断する最大の要素は、投手陣からの絶対的信頼だ。細川捕手はそれを勝ち得ていた捕手なのだ。

コメント欄では細川捕手の能力を疑問視しているようなものもいくつか見受けられた。もちろんそれはコメントを書いて下さった方の個人的意見であるため、筆者からどうこうということはない。だが「解説の誰々が酷評していたから、細川のリードは大したことない」というのは読んでいて、ファンとして納得は行かない。恐らく筆者同様にそう感じられた読者は少なくはないと思う。筆者自身、采配や選手に対し疑問を呈する記事をよく書いている。だがその選手のファンの心情を無視するような批判はしてはいない。この日刊埼玉西武ライオンズだけではなく、どのブログのコメントや記事であっても、やはりその選手のファンがいるということを無視した行き過ぎた批判は控えるべきだと筆者は考えている。

さて、ソフトバンクは細川捕手に4年総額5億円という条件を提示したようだ。この数字を見るだけでも、細川捕手の評価がどれだけ西武球団内で低かったかが分かる。年俸の問題だけではない。捕手としての能力を、球団フロントがどれだけ理解し、評価したかということだ。西武球団はこれだけ有能な選手を、不文律とも言える球団のローカルルールにより、無条件で他球団に放出してしまうことになる。同じ放出でも、他球団との交渉合戦で結果的に敗れての結果であれば筆者も十分納得できる。そして自由獲得枠で入団したのだから、FA権を行使すべきではないという意見もある。感情論としては確かに筆者も同感ではある。しかも伊東勤の後継者として、27番をも背負っていたのだから。だが選手の側からすれば、やはり自由獲得枠だろうが存在意義を感じさせてくれない球団でプレーしたいとは思わないだろう。

19日、細川捕手は今度は横浜ベイスターズと交渉の席を持つようだ。ここでもやはり西武球団とは比較にならない条件を提示してくるだろう。更にはオリックスも細川捕手の獲得を目指しているようだ。

細川捕手が退団した後、正捕手候補の最右翼は銀仁朗捕手だろう。今季の大怪我は銀仁朗捕手を大きく成長させたはずだ。来季はその成長に期待したいと思う。そして二番手捕手は個人的には野田浩輔捕手に期待したい。細川捕手と背番号27を争った捕手であり、捕手としての総合力は細川捕手に継ぐ実力者だと筆者は考えている。そして何より、若い銀仁朗捕手のサポート役として、ベテランの野田捕手は打って付けだ。

上本達之捕手も来季はさらに成長してくるだろう。上本捕手自身、今季は誰よりも悔しさを味わったシーズンだったと思う。その悔しさをバネに、捕手として銀仁朗・野田両捕手を脅かす存在となって欲しい。だが上本捕手の打撃をもっと活かし、上本捕手の選手寿命を延ばすと考えれば、捕手もできる野手としての道を切り開くという手もある。完全にコンバートしてしまうのではなく、いざという時はいつでも捕手もできる強打の野手だ。異色のユーティリティプレイヤーと言ったところだろうか。上本捕手の魅力を最大限活かすためには、1つのアイディアとして悪くはないと思う。

とにかく細川捕手の退団に伴い、ライオンズは確固たる正捕手をいち早く育て上げなければならない。そしてその正捕手争いには先日トライアウトで入団した前ホークスの荒川捕手、シーズン途中にスワローズからトレードされてきた米野捕手、そして来季3年目を迎える岳野捕手、4年目を迎える中田捕手も加わる。全体的な捕手陣の底辺は、ライオンズは非常に高いと思う。この捕手陣の中から、来季はずば抜けた捕手を作り上げなければならない。これは非常に難しい仕事で、光山コーチの責任は非常に重い。さぁ、次に背番号27を背負うのは一体誰なのだろうか。

埼玉西武ライオンズ2011年度・契約更改情報

2010年11月19日 02:40

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