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G.G.佐藤選手がスタートダッシュの起爆剤

今季は6番に座ることが濃厚となっているG.G.佐藤選手だが、キャンプ中にはライトからレフトへのコンバートが提案された。G.G.佐藤選手は決して守備の悪い選手ではない。本人も「打って走って守れなければ野球選手じゃない」と言うほど守備・走塁に関してはこだわりを持っている。現に2007年は1.000という守備率を記録している。これはつまり1年間で、1つもエラーをしなかったという記録だ。

だがG.G.佐藤選手には常に膝・足首への不安が付きまとっている。昨年に関してはジャンパー膝を患い、本人もかなり苦しんでいた。そして下半身への不安が守備へも影響し出したのが昨季だった。俊足選手ではなく、普通の走力さえあれば追いつけていた打球に追いつけないシーンが、ごくたまにだが目に付いた。そういうこともあり、渡辺監督がレフトへのコンバートを考え始めたのだろう。

正直なところ筆者は、和田一浩選手が抜けた後はG.G.佐藤選手がレフトを守るものだと思っていた。だが渡辺監督は2008年、ライトにG.G.佐藤選手を置いた。これはもちろんG.G.佐藤選手の鉄砲肩を買ってのポジショニングだったとは思う。アマチュア野球の場合は、イチロー選手が出現するより前の一昔前には「ライパチ」という言葉があり、一番打てなくて一番守れない人がライトに就き8番を打たされていた。だがプロ野球においてのライトというポジションは非常に重要だ。なぜならライトがもたついてしまえば、簡単に3ベースヒットを与えてしまうからだ。

G.G.佐藤選手の走力を考えても、やはり彼にはレフトというポジションが相応しいと思う。守備範囲に関してもライトよりは狭いし、3塁までの距離が短い分ワンプレーを焦らずにこなすことができる。守備の負担が減れば、G.G.佐藤選手は恐らくもっと打てるようになるだろう。G.G.佐藤選手のような繊細な性格を持ち合わせる選手は、1つの不安が全プレーに影響してしまうことがある。だからこそ走るという意味での守備の不安を減らせるレフトへのコンバートは、G.G.佐藤選手にとっては確実にプラスになると筆者は感じている。

バッティングに関しては、昨季の8~9月の気持ちを保つことができれば問題はないだろう。それはつまり「監督は今、自分に何を求めているだろうか?」と自問しながら打席に立てるか否かということだ。G.G.佐藤選手は今さら言うべきもなくライオンズが誇るスラッガーだ。彼のホームランを期待しているファンは非常に多い。だが野球においては、ホームランを狙ってはいけない場面もあるのだ。

例えば9回裏、1点差で負けている攻撃。2アウトでランナーは3塁。こういう場面、もちろん逆転サヨナラホームランが出ればそれは理想的だ。だがサヨナラホームランどころか、ホームラン自体がそれほど飛び出るものではない。こういう場面で監督が選手に求めるのはサヨナラホームランではなく、3塁ランナーを確実に還して同点・延長戦へともつれ込ませるワンヒットだ。クリーンヒットじゃなくてもいい。三遊間にボテボテに転がる内野安打だっていいのだ。それでも3塁ランナーを生還させられれば、バッターはヒーローになれる。

昨季の前半では、G.G.佐藤選手はこのようなケースバッティングがまったくできていなかった。だが8~9月になると、まるで全盛期の清原和博選手のようなチームバッティングをするようになり、その変貌に乗じて成績も一気に向上していった。そして9月は帆足投手と並び月間MVPを獲得した。

さて、ここでG.G.佐藤選手のデータについて少しご紹介しておきたいと思う。データ的に見た時のG.G.佐藤選手は完全なハイボールヒッターだ。ホームラン25本中、11本が高目を叩いての一発だった。だがこれは膝の影響もあっただろう。高めであれば低目とは違い、膝を沈み込ませてバットを振る必要がない。そのため膝に負担が行かず、軸をスムーズに回旋させることができる。

このようなデータは当然他球団も持っている。ということは今季のG.G.佐藤選手は、高めで勝負してもらえることはほとんどなくなり、ピッチャーは他のバッターの時以上に低目を意識して投げてくるだろう。トータルの打率が.291に対し、真ん中から高めのボールに対しては.337とよく打ち、一方低めのボールを打った時の打率は.192にまで落ち込む。しかも2ストライク後に低目のボールを投げられると、G.G.佐藤選手は51%の確率で三振をしている。バッテリーからすれば、このデータを利用しない手はない。

こうして考えて行くと、今季G.G.佐藤選手が3割30本を達成するためには低目への対応が求められることになる。特に調子が落ちるとドアスウィングになりやすく、アウトローに逃げるスライダーに対してはまったく合わせられなくなってしまう。さらに言えばG.G.佐藤選手は軸足に体重を残して打つタイプのため、曲がりの大きいアウトローへのスライダーには今年も苦労するだろう。と言うのは軸足に体重を残してバットを振ると、ホームベースの一塁方向の前角に来るボールにバットが届きにくくなる。つまりこの角をかすって外角に逃げるスライダーを投げられた時は、G.G.佐藤選手はお手上げという状態になってしまう。

昨季のようなスランプに陥らないためにも、まずは膝をベストの状態にまで近づけて開幕を迎えてもらいたい。元々春先には強いG.G.佐藤選手だ。膝の状態さえ悪くなければ、必ずやライオンズのスタートダッシュの起爆剤となってくれるに違いない。

2010年03月09日 07:38

岸孝之投手が更に飛躍するために必要な集中力

昨年13勝を挙げた岸孝之投手は、今季は確実に更なる飛躍を遂げるだろう。だがそのためにはまだまだ不足しているものがある。1球に対する集中力だ。もちろん集中力が欠けているという意味ではない。そうではなく、勝負どころでの更なる集中力があれば、さらに数字を向上させられるという意味だ。

配球に関しては、昨年は細川捕手の故障もあり、ほとんどの登板機会において銀仁朗捕手とバッテリーを組んだ。その影響も大きかったとは思うが、完全に狙い球を絞られて痛打されるシーンが非常に目立った。バッター有利のカウントではそれが顕著に表れていた。

岸投手にとってのウィニングショットは、明らかにカーブだと言える。元々はスライダーで勝負するタイプのピッチャーだったのだが、今や岸投手のカーブは魔球と称されるほどのボールとなった。だが昨年は、このカーブの使い方がもったいなかった。具体的に言うと、狙われた時のカーブを確実に打たれていたのだ。

ウィニングショットというのは、その球が来ると分かっていても打者が打てないからこそ、ウィニングショットと言う。だが昨年の岸投手のカーブは、多くの場面で狙い打ちされていた。筆者が配球を見ている限りでは、これは銀仁朗捕手のリードが影響していたと思う。昨年の前半戦に関しては特にだ。

まず岸投手が打たれやすいカウントを挙げると初球、0-1、1-1、1-3と、1-1以外は完全にバッター有利のカウントで、バッター有利のカウントで唯一抑えられているのは0-2というカウントのみだった。これが何を意味するかと言うと、ストライクを簡単に取りに行き過ぎているということになる。

その中でも特にストライクが欲しい初球と、1-1というカウントでは被打率が高いだけではなく、被本塁打も多い。岸投手は昨年25本のホームランを浴びたが、そのうちの16本を初球、0-1、1-1というカウントで打たれている。早いカウントでこれだけ的が絞られているということは、裏を返せば配球に「キー」があるということが言える。つまり、Aという状況では高い確率でBを投げるというような「キー」だ。このキーが相手に読まれてしまうと、簡単に狙い球を絞られて痛打されてしまう。

岸投手がサインに首を振るシーンを、筆者はほとんど見たことがない。基本的にリードはキャッチャー任せのピッチャーのようだ。岸投手が持つ球種の割合を見ていくと、カーブは全投球の25%にも満たない。一方のストレートは約半分となる47%の割合を占めている。これは近年絶対的エースと呼ばれるピッチャーの中では、ずば抜けて多い割合だ。ライオンズで言えば涌井投手が36%、ファイターズのダルビッシュ投手が34%、楽天の田中投手が38%、岩隈投手が32%と、絶対的エースは軒並みストレートの割合が30%台となっている。

90年代であれば、ストレートの割合が47%であっても15勝以上挙げることは可能だったろう。だがいわゆる飛ぶボールが使用されている現在においては、ストレートの割合を50%近くにまでしてしまうと15勝という数字は非常に難しくなる。

また銀仁朗捕手がリードした昨年の岸投手の場合、初球からカーブを使うことはほとんどなかった。最後の最後にカーブで打ち取るための配球がほぼ100%だったと言える。ということはバッターからすると、80~90%以上の確率で初球はストレートかスライダーに絞ることができてしまうわけだ。

キャッチャーの中には、ウィニングショットは2ストライクまで使いたくないというタイプの捕手もいる。だが筆者はそういう固定観念は一切必要ないと考えている。岸投手が素晴らしいカーブを持っているということは、もう12球団の全打者が分かっていることだ。つまりもはやカーブを出し惜しみする理由は一切ない。ということは初球からもっとカーブを使うべきなのだ。

初球からもっとカーブを使うことができれば、バッターはストレート、スライダー、カーブの3種類を待たなければならず、その確率はどんなに高くても1/3でしかない。ストレートかスライダーを待っていれば良かった昨年とはまるで違う打席への入り方となるだろう。

初球からウィニングショットで入るメリットとしては、かなり高い確率で初球ストライクが取れることと、初球の1球だけで打者を打ち取れる可能性が上がるということだ。

冒頭で岸投手に更なる集中力を求めたが、それはウィニングショットに対してということになる。岸投手はバッター有利のカウントになると、たまにウィニングショットでストライクを取りに行こうとしてしまう。だがストライクを取りに行った球では、いくらウィニングショットと言えども威力は半減する。

ここで昨年13勝だった岸投手と、16勝を挙げた涌井投手の違いを明確にしてみよう。それは今書かせてもらったばかりのウィニングショットに対する集中力の違いだ。ウィニングショットでストライクを取りに行ってしまう岸投手に対し、涌井投手はしっかりとライン(ホームベースの左右)を投げ分けている。つまり、明らかにストライクを欲しがったボールは投げていないということだ。

この差はフォアボールの数にも現われていて、岸投手の53個に対し、涌井投手は76個だった。だが涌井投手の場合は防御率は2.30で、岸投手は3.40だった。これは毎試合岸投手の方が1点多く失点しているということを表す。

勝負を慌ててストライクを取りに行き、結果そのボールを痛打されてしまった岸投手。逆に勝負を焦らず、フォアボールを出してしまったとしてもヒットされにくいボールを投げ続けた涌井投手。これが2人のウィニングショットに対する集中力の違いだ。

岸投手はもはや慌てる必要のまったくない投手に成長している。今季はもっとマウンド上でドーンと構え、バッターを半ば見下ろす精神状態で投げることができれば、15勝を越す可能性は高いだろう。今季は恐らく細川捕手とバッテリーを組む機会が増えると思う。細川捕手はリーグで最も巧みなリードができる捕手だ。その細川捕手を信頼し、慌てて勝負に行くことがなくなれば、岸投手は間違いなく更なる飛躍を遂げることになるだろう。

2010年03月08日 21:49

#7 松井稼頭央

#7 松井稼頭央 - Kazuo Matsui

内野手(セカンド、ショート)、右投両打
1993年ドラフト3位
PL学園~西武ライオンズ~ニューヨーク・メッツ~コロラド・ロッキーズ~ヒューストン・アストロズ
大阪府東大阪市出身、1975年10月23日生、177cm / 83kg
タイトル:盗塁王(97~99)、最多安打(99、02)、ベストナイン(97~03)、ゴールデングラブ(97、98、02、03)、パ・リーグMVP(98)、トリプルスリー(02・スイッチヒッター史上初)、サイクルヒット(2000年6月7日)
2009年推定年俸:550万ドル


松井稼頭央選手は93年秋、投手として西武ライオンズの一員になった。だが西武の編成担当は稼頭央選手を最初から投手起用するつもりはなく、野手転向を前提に獲得をしていた。身体能力はプロ選手の中であってもずば抜けていて、実際にショートストッパーとしての練習をし出した94・95年の2年間の下積みのみで、3年目の96年には不動のショートとして1軍起用され、翌97年には攻守においてチームを牽引し、東尾監督を胴上げしている。

稼頭央選手は今でこそ日本を、メジャーを代表するスイッチヒッターとして名が通っているが、入団した1年目は純粋に右打者だった。塁上でちょこちょこと動いてピッチャーの気を散漫にさせられる俊足選手を探していた東尾監督は、2軍コーチから「投手から野手に転向した、足の速いやつが1人いる」という報告を受けて、イースタンの試合を視察していた。だがこの頃の稼頭央選手はファームでも打率.260前後と、1軍で使えるレベルには至っていなかった。

凡打を繰り返す稼頭央選手を見かねて、バックネット席から叫んだ男がいた。東尾修一軍監督だ。東尾監督はバックネット席から打席の稼頭央選手に対し、「どうせ打てないのなら左で打ってみろ!」とギャンブラーとして相応しい指令を出した。すると稼頭央選手は起用にも左打ちをこなして見せた。これが稼頭央選手がスイッチヒッターになった切っ掛けだった。足の速さを活かすために転向したという話も聞かれたが、しかし実際には東尾監督の遊び心が切っ掛けとなっていた。

当時のライオンズには黄金時代を支えた田辺徳雄というショートストッパーがいた(現西武フロントスタッフ)。稼頭央選手の1年目、田辺選手は12年目を迎えており、年齢は30歳に達していた。動きの多いショートというポジションでは、そろそろ明らかな衰えが見え始める年齢に差し掛かっていた。

東尾監督は稼頭央選手の能力を認めながらも、すぐに1軍のショートのポジションを与えることはしなかった。それは東尾監督特有の心遣いで、ベテラン田辺選手のプライドを傷つけないためだった。だが2年目になると稼頭央選手も1軍に上がり、田辺選手の状態が落ちた時に起用されるようになる。結果69試合に出場し、打率こそ.221と低かったものの、たった52回(内12回は盗塁のできない長打)の出塁で21盗塁を決めた。

すると3年目は完全にレギュラーを勝ち取り、全試合に出場し.281という打率を残した。だがこの年何よりも素晴らしかったのは盗塁数だ。なんと稼頭央選手は50個の盗塁を決めている。この活躍は東尾監督が当時掲げていた「Hit!Foot!Get!」というスローガンにまさに相応しかった。

稼頭央選手がメジャーを意識し出したのは3年目のオフだった。この年に行われた日米野球に急遽呼び出され、4試合に出場し、18打数10安打5盗塁という大活躍をし、並み居るメジャーリーガーたちを驚かせた。「リトル・マツイ」の名がアメリカに知れ渡った最初の一歩目だった。

日米野球で大きな自信を得た稼頭央選手は、97年はオープン戦から.373と打ちまくった。すると東尾監督は4年目のこの若い選手を開幕直前の大事な時期に、京都の祇園へと連れ出し、オープン戦で大活躍したご褒美として芸者遊びをプレゼントした。そして遊び尽くした帰り際、東尾監督は稼頭央選手に「今年3割・60盗塁をクリアしたら、もう一度連れて来てやる」と言い残した。この言葉が稼頭央選手のモチベーションを高めたのだろう。97年シーズンは打率.309、62盗塁と見事に数字をクリアした。しかもパ・リーグ制覇まで達成した。きっとこの年のオフは再度芸者遊びを堪能したに違いない。

これが松井稼頭央という選手の、プロとしての原点だった。稼頭央選手も、東尾監督のことを師と仰ぐ1人で、2009年8月15日に2000本安打を達成した際は、スタンドからスタンディングオベーションを送る東尾監督の姿を、いち早く見つけていた。

松坂大輔投手にも同様のことが言えるが、プロ入団時に東尾修の指導を受けられたからこそ、今の松坂大輔、そして今の松井稼頭央という選手が存在するのだと思う。

昨季はほんの僅かな差でゴールドグラブ賞を逃した稼頭央選手だったが、今季はぜひ怪我なくフルシーズンを戦い抜き、念願のゴールドグラブ賞を獲得して欲しいと思う。メッツ時代にショートからセカンドにコンバートさせられ、その悔しさから目に涙を溜めた稼頭央選手の姿を、筆者は今なお鮮明に覚えている。日本では短期間でショートとしてゴールデングラブ賞を獲得したが、もしメジャーでもセカンド転向後短期間でゴールドグラブ賞を獲得することができれば、もう誰も稼頭央選手の守備を批判する者はいなくなるだろう。

筆者は、チャンスに滅法強いクラッチヒッターとしての稼頭央選手も大好きだが、それ以上に最大のピンチを一瞬で救ってくれる稼頭央選手のフィールディングも大好きだ。だからこそ今季は持病である腰痛をなんとか最小限に食い止め、フルシーズンを戦い抜き、何としてもゴールドグラブ賞を獲得してもらいたいと思う。稼頭央選手にはもうすでに、セカンドとしてゴールドグラブ賞を狙えるだけの能力があると筆者は信じてやまない。

 打撃成績 Batting Results






























 西武ライオンズ
1995 69 219 204 25 45 9 1 2 62 15 21 1 7 1 7 0 0 26 4 .221 .245 .304
1996 130 518 473 51 134 22 5 1 169 29 50 9 26 2 14 0 3 93 2 .283 .307 .357
1997 135 645 576 91 178 23 13 7 248 63 62 15 18 2 44 5 5 89 4 .309 .362 .431
1998 135 641 575 92 179 38 5 9 254 58 43 14 6 4 55 9 1 89 10 .311 .370 .442
1999 135 609 539 87 178 29 4 15 260 67 32 7 8 6 56 7 0 75 7 .330 .389 .482
2000 135 611 550 99 177 40 11 23 308 90 26 3 6 7 46 5 2 60 8 .322 .372 .560
2001 140 613 552 94 170 28 2 24 274 76 26 0 4 5 46 2 6 83 13 .308 .365 .496
2002 140 651 582 119 193 46 6 36 359 87 33 11 9 3 53 6 4 112 3 .332 .389 .617
2003 140 655 587 101 179 36 4 33 322 84 13 10 3 6 55 6 4 124 4 .305 .365 .549
 ニューヨーク・メッツ
2004 114 509 460 65 125 32 2 7 182 44 14 3 5 2 40 4 2 97 3 .272 .331 .396
2005 87 295 267 31 68 9 4 3 94 24 6 1 5 4 14 1 5 43 2 .255 .300 .352
2006 38 139 130 10 26 6 0 1 35 7 2 0 3 0 6 1 0 19 1 .200 .235 .269
コロラド・ロッキーズ
32 126 113 22 39 6 3 2 57 19 8 1 1 2 10 0 0 27 0 .345 .392 .504
06計 70 265 243 32 65 12 3 3 92 26 10 1 4 2 16 1 0 46 1 .267 .310 .379
2007 104 453 410 84 118 24 6 4 166 37 32 4 8 1 34 1 0 69 1 .288 .342 .405
 ヒューストン・アストロズ
2008 96 422 375 58 110 26 3 6 160 33 20 5 7 3 37 0 0 53 3 .293 .354 .427
2009 132 533 476 56 119 20 2 9 170 46 19 3 16 4 34 2 3 85 4 .250 .302 .357
日本 1159 5162 4638 759 1433 271 51 150 2256 569 306 70 87 36 376 40 25 751 55 .309 .361 .486
米国 603 2477 2231 326 605 123 20 32 864 210 101 14 45 16 175 9 10 393 14 .271 .325 .387

2010年03月08日 07:09

三井投手、楽天に続きソフトバンクも不合格

昨年オフに戦力外通告された三井浩二投手が楽天に続き、ソフトバンクの入団テストでも不合格となった。三井投手は11月に行われたトライアウトでも決して悪い投球をしたわけではなく、楽天・ソフトバンクの入団テストでは好投とも言えるピッチングを披露していた。だが結局は、三井投手を欲しがる日本の球団は現われなかった。

その背景にはやはり、野球の実力以外のことが影響しているのだろうと筆者は感じている。三井投手は2008年オフ、ポスティングシステムを利用してのメジャー移籍に挑戦している。しかし入札に応じるメジャー球団はなく、結局2度のポスティングともに未入札に終わってしまった。その後三井投手はライオンズと再契約を結んだのだが、その時のコメントが喜ばしいものではなかった。

メジャーからはまったく見向きもされなかったという現実を突きつけられても、「もう1年ライオンズで頑張って、来年また挑戦したい」と口にしてしまった。このコメントは完全に、ライオンズを腰掛として扱っているという印象を球界・ファンに与えてしまった。結局は2009年も2008年同様に結果を残すことができず、功労者であるにも関わらずあっさりと戦力外通告をされてしまう。

三井投手を復活させることは可能だったと筆者は考えていた。完全復活とは言わずとも、どうにか1軍で投げられるレベルには戻れるのではないだろうかと。恐らく現場もそう考えていたと思う。貴重な左投手でもあるし、何よりも経験が豊富なピッチャーだ。いざと言う時に頼れるベテランとして活路を見出せる可能性は大きかったと思う。だがポスティング失敗後のあのコメントがあったために、西武球団も三井投手に対し人情が薄れてしまったのだろう。

三井投手が最初にプロから指名されたのはまだ高校3年生だった1991年のことだった。当時はまだパ・リーグのお荷物球団と呼ばれていたダイエーホークスと、阪神タイガースから4位指名を受け、競合の末ホークスが指名権を得たのだがそれを拒否し、新日鉄に入部した。その時の三井投手は「ドラフト3位以上での指名でなければ行かない」とコメントを残している。

もし三井投手がもう少しチーム愛を感じさせる言動をしていれば、ひょっとしたら戦力外になることもなく、なったとしてもどこかの球団が獲得を申し入れてくれたのではないだろうか。

今月ホークスの入団テストを受けて、好投をしたにも関わらず契約はしてもらえなかった。その理由をホークスの編成トップである王貞治球団会長は「支配下の枠がネック。外国人選手が故障した時のことも考えないといけない」とコメントしている。本当に支配下の枠がネックだったのなら、始めからテストを行っただろうか?

王会長は非常に人情味のある人物だ。思い遣りがあり、大きな心を持っている。その王監督が、テストで好投したにも関わらず三井投手に残した言葉は枠の問題だった。長年に渡りホークスの監督を務めた王会長なら、当然三井投手のこれまでの言動は把握しているはずだ。また三井投手のピッチャーとしての実力も分かっているはず。そう考えるとやはり、実力以外の何かが獲得を思いとどまらせたとつい考えてしまう。

実際は本当に枠の問題だけだったかもしれない。だが内情を知らない我々ファンにとってはやはり、三井投手の過去の言動が尾を引いているのではと勘繰ってしまうのも正直なところだと思う。三井投手のファンに対しては大変申し訳ないが、純粋に投手としては素晴らしい能力を持っていたとしても、36歳のベテラン投手という意味では力不足だったと筆者は感じていた。

2010年03月06日 02:50

西口投手の左手が、涌井投手の球速アップの鍵

ここ1~2年、球速アップに取り組んでいるエース涌井投手だが、筆者が思うに、あるマイナーチェンジをすることさえできれば、一瞬で2~3kmの球速アップは可能となるだろう。

涌井投手は非常にバランスが良い。バランスの良さだけを評価するならば、球界随一のバランスの良さを持っていると言える。だがこの良すぎるバランスが、ピッチャーとしての躍動感を奪ってしまう原因にもなっている。もちろんこれは悪いという意味ではなく、さらに良くすることができる、という意味だ。

涌井投手のピッチングフォームは美しいとも言えるほどにバランスが良い。投げる動作自体のバランスが良いため、投げ終わった後のフィールディングにもそのバランスの良さが活かされている。だが球速という点だけに焦点を絞るとすれば、このバランスの良さが若干の球速を奪ってしまっていることは事実だ。

実はバッターから見ると、非常にバランスの良いピッチャーよりも、非常に躍動感のあるピッチャーの方が対戦をしていて嫌なものなのだ。ライオンズで言えば全盛期の西口投手のようなピッチングフォームだ。90年代、パ・リーグの並み居る強打者たちは開幕前になると、口々に「今年は西口さんから打ちたい!」と言っていたほどで、それほど西口投手の躍動感溢れるピッチングはバッターからすると脅威となっていた。そしてこの躍動感があるからこそ、西口投手のスライダーは魔球と呼ばれ、“青えんぴつ”と揶揄された細身の身体で150kmを超えるボールを投げていた。
(西口投手入団時のビジターユニフォームは、まだ全身ブルーだった)

体型だけを見ると、西口投手よりも涌井投手の方がずっと速いボールを投げそうな印象を受ける。だが実際には涌井投手の球速は、全盛期の西口投手のスピード、もしくはスピード感にはまだまだ及ばない。では西口投手と涌井投手とでは、どこが違うのだろうか?

ピッチングフォーム、ピッチングモーション自体が違うのは当たり前だ。例えばステップ1つにしても違う。涌井投手は真っ直ぐステップして行くが、西口投手はややクロス気味にステップする。このステップももちろん球速に影響を与えるが、しかしそれ以上に球速に影響を与えている身体の使い方の違いがある。それは、左手だ。

ピッチャーはテイクバックをした際、グラブ手はバッター方向へと突き出され、そのグラブ手を一気に身体に巻き戻すことで、右腕の高速スウィングを生み出している。そしてさらに深い話をするならば、グラブをはめている手の握り1つでも球速は変わってくるのだ。

西口投手はテイクバックした際、身体を二塁方向にやや傾けている。近年は全盛期ほどの傾け方は見られなくなったが、それでもこの動きは往年の大投手である金田正一投手や、稲尾一久投手、沢村栄治投手と共通している。躍動感を生むためには絶対不可欠となるモーションの1つが、この傾け動作なのだ。だがここ10年の間に、このモーションを取り入れるピッチャーは球界からは激減してしまった。

テイクバックをした際の西口投手のグラブ手は、やや上方に傾いているが、この動きは実に理に適っている。身体を二塁方向に傾けているため、当然肩のラインも二塁側に傾く。となるとゼロポジション(上腕骨と肩甲棘が水平になった状態)を保つためにはグラブ手が上を向くのが至極自然なこととなる。

そして上方に上げられたグラブ手を、西口投手は手首で大きく屈曲させている。その姿はまるでショベルカーのバケットのようだ。もしどこかで写真や映像を見られる機会があれば、ぜひこの瞬間の西口投手のグラブを見てもらいたい。グラブが捻り潰されているのが分かると思う。この捻り潰し動作こそが、西口投手の球速を生んでいたのだ。涌井投手にも若干のこのモーションは存在するのだが、しかし西口投手と比べるとそれは微々たるものに過ぎない。

ではなぜこの捻り潰し動作が球速アップを生んでいるのか?その答えは、右手のスナップにある。野球経験者であれば、スナップという言葉は一度は聞いたことがあると思う。だが意外と勘違いされている方が多いのも事実だ。スナップとは、手首を使って投げるという意味ではない。英語を素直に訳すと「素早くピシッと投げる」というような意味になる。ちなみに手首は英語ではリストと言うが、スナップスローをすることで結果的にリストが使われるわけで、リストを使うことを前提にスナップスローは行われない。

生理学用語で「連合反応」という言葉がある。これは四肢(手足)において、左右どちらか一方が何らかの動きをした際、反対側にもその反応が出るということを意味している。つまり左手が起こしたアクションは、右手にも影響を与えるということだ。

西口投手の場合の連合反応は、左手でグラブを捻り潰すことで、その力強く握るという動作が右手にも伝道して行っていることだ。分かりやすく言うと、左手を強く握ることで、それに反応して右手もボールを強く握ろうとする。ボールを強く握れば、それだけ力強いスナップを利かせてボールをリリースすることが可能になる。スナップを強く利かせられれば、腕のスウィングスピードに加え、スナップから与えられるエネルギーもボールに込められ、球速もその分アップするという仕組みなのだ。

涌井投手が今後この左手の使い方をモーションに採用し、マイナーチェンジさせることができれば、今の体のままで一瞬で球速をアップさせることが可能になるだろう。そうすればストレートは常時150kmを計測するようになり、親友であるダルビッシュ投手の評価を大きく上回る投手にもなれるはずだ。

2010年03月05日 07:24

#9 阿部真宏



#9 阿部真宏 - Masahiro Abe

内野手(ファースト、セカンド、サード、ショート)、右投右打
2000年ドラフト4位
横浜高~法政大~近鉄バファローズ~オリックス~埼玉西武ライオンズ
神奈川県川崎市高津区出身、1978年5月12日生、182cm / 80kg
2010年推定年俸:3300万円


オリックスから西武に突然のトレードが通告されたのは2010年2月18日のことだった。内野を守れるユーティリティプレイヤーを欲しがった西武と、小瀬選手の死により外野手を補強したかった両球団の思惑が一致し、スピード成立となった。このトレードによりライオンズの赤田将吾選手がオリックスに、オリックスの阿部真宏選手がライオンズに移籍となった。

突然のトレードが通告され、赤田選手の方は比較的早く気持ちを切り替えられたいた。だが阿部選手の方はそうでもなかったようで、キャンプ地の高知から自宅に文字通り飛んで帰り、家族会議を開いていた。阿部選手の場合はお子さんが入学・入園を控えた大事な時期で、この時期での大阪から埼玉への突然の移籍に戸惑いを隠せなかったようだ。確かにこの時期にトレードが成立すること自体異例で、しかももし小瀬選手が生きていれば、実現することはなかったであろうトレードだった。

阿部選手は大学時代G.G.佐藤選手とチームメイトで同期だった。これに関して阿部選手は「G.G.はスーパースターなので気安く話しかけられない」と言い周囲を笑わせている。突然の移籍という状況の中で、G.G.佐藤選手のように気心の知れた存在は阿部選手にとっては心強いだろう。そしてトレードの難しさをよく知る兄貴分として、平尾選手という存在もいる。ライオンズナインは阿部選手が加わった際、オリックス時代の背番号と同じく4回の胴上げで迎え入れた。ライオンズというチームは、まさにファミリーだと言える。出て行く選手に対しても、入ってくる選手に対しても温かい。

プレイヤーとしての阿部選手の売りは、なんと言っても堅実なプレースタイルだろう。守備に関しては内野ならどこでも守れるユーティリティプレイヤーで、その器用さには渡辺監督も大きな期待を寄せている。そしてバッティングに関しても昨年は三振率が10.4%と低く、通算でも10.1%と低い。そのため色々な作戦に絡ませることができる。三振の多い選手の場合は非常に作戦が立てにくくなるが、三振が少ない選手ならばヒット&ランやラン&ヒットなど、色々な作戦が立てやすくなる。ちなみにライオンズ不動の1番片岡選手の昨年の三振率は11%だった。

阿部選手はずば抜けた守備力や打撃力があるわけではない。肩が強いわけでもないし、足が速いわけでもない。かと言って3割を打てるほどの打力はない。だがどんなプレーも無難にこなせるという器用さは、シーズンの勝負どころでは必ず戦力として必要になってくる。そしてチームとしては、ポスト平尾という立場も期待しているのだろう。平尾選手は今年で35歳になり、あと何年1軍で仕事ができるかは分からない。そうなった時ただ平尾選手がいなくなったのではチームとしては大きな痛手だ。だからこそポスト平尾として阿部選手を獲得したのだと筆者は考えている。

「内野手が必要なら、なぜ去年水田を出した?」と思われているファンも少なくはないと思う。だが水田選手と阿部選手とでは、タイプや立場が大きく異なる。水田選手の代わりは原選手が務めることができるが、平尾選手の代わりとなると内野手には見当たらない。

まだまだ馴染めない部分も多いかとは思うが、ライオンズには平尾選手、藤田投手石井義人選手と、活躍する移籍組は多い。阿部選手にも早くチームに馴染んでもらい、開幕から1軍で活躍してもらいたいと思う。そしてまだ当分は赤田選手のイメージが強い9番を、早く自分の背番号にしてもらいたいと思う。

 打撃成績 Batting Results






























 近鉄バファローズ
2001 44 103 93 6 18 3 0 0 21 11 1 0 3 1 6 0 0 10 5 .194 .240 .226
2002 125 382 338 28 71 16 2 6 109 29 0 2 23 5 21 0 5 49 3 .210 .263 .322
2003 111 447 398 58 116 28 1 6 164 43 6 0 11 4 33 0 1 37 7 .291 .344 .412
2004 123 443 380 47 94 21 2 7 140 50 3 2 11 3 42 1 7 46 11 .247 .331 .368
 オリックスバファローズ
2005 127 396 331 24 93 13 1 2 114 35 5 2 17 6 37 0 5 45 10 .281 .356 .344
2006 67 235 203 15 44 5 0 3 58 21 4 2 13 1 17 1 1 24 3 .217 .279 .286
2007 77 281 239 30 62 14 1 0 78 18 2 1 18 1 18 0 5 21 4 .259 .323 .326
2008 55 137 119 12 26 5 0 0 31 9 1 0 9 0 6 0 3 15 0 .218 .273 .261
2009 46 182 148 13 39 10 1 1 54 23 1 1 14 1 18 0 1 19 4 .264 .345 .365
 埼玉西武ライオンズ
2010
通算 775 2616 2249 233 563 115 8 25 769 239 22 10 119 22 198 2 28 266 47 .250 .316 .342

2010年03月05日 00:36

明暗が分かれた西口投手と、小野寺投手

オープン戦も始まり、徐々に選手個々の状態も明確に見えてきた。先発ローテーションに関しても開幕投手は涌井投手でほぼ決定的で、裏ローテの一番手もやはり岸投手が濃厚だろう。そこに3~5番手として帆足投手西口投手石井一久投手が入り、6番手を野上投手平野投手武隈投手で争うことになると思う。

先発投手陣に関しての仕上がりは悪くないとは思うが、リリーバーに関しては今年も磐石とは行きそうにない。まずグラマン投手が開幕に間に合うか微妙な情勢の中、工藤投手も左肘に張りを訴え2軍調整となった。そして期待の小野寺投手に関しても2イニング連続で先頭バッターにフォアボールを与え、サヨナラ負けの原因を作ってしまった。

渡辺監督からすれば、小野寺投手の乱調が最も頭の痛いところだと思う。グラマン投手に関しては、元々ゴールデンウィークを目処にしていたし、工藤投手に関しても焦らせる必要はなかった。だが小野寺投手の場合は違う。小野寺投手は開幕からやってもらわなければ困る存在の投手なのだ。それがせっかく1軍に上がってきた直後の登板で、2イニング連続先頭打者へのフォアボール。これには渡辺監督も「問題外」と呆れるしかなかった。

渡辺監督は、グラマン投手が開幕に間に合わなかった場合はシコースキー投手をクローサーとして起用することをもうすでに決めているようだ。本来であればここで迷わず小野寺投手を起用したいところだとは思うが、小野寺投手自身がそうさせてくれない。

筆者はまだ今年の小野寺投手のピッチング映像を見ていないため、どこが良くてどこが悪いのかはまだ分からない。だがフォアボールの出し方、ヒットの打たれ方を見れば、状態が良くないことだけはよく分かる。先日の記事では小野寺投手が打たれてしまう理由について書いたが、やはり筆者のようなアマチュアにも弱点が気付かれてしまうというのは、プロとしてはまだまだ物足りなさばかりが残ってしまう。簡単に修正できることではないが、小野寺投手には何としてでも開幕までにはしっかりと仕上げて行ってもらいたいと思う。

そして2005年以来2ケタ勝利から遠ざかっている西口投手だが、こちらはかなり状態は良さそうだ。まだまだ仕上げという段階ではなさそうだが、開幕2週間前としては悪くはなさそうだ。あと1試合どこかで5イニング以上投げて問題がなければ、開幕ローテーション当確と言っても問題ないだろう。

その西口投手は昨年まではSSKの黒いグラブを使っていたが、今年からは色をオレンジがかった赤のグラブに変えている。パッと見だけで実際の詳細までは分からないが、2009年までとは若干仕様も変えているように筆者には見えた。これまではずっとブルーやブラックのグラブを愛用していた西口投手が、今年急に赤いグラブに替えたのはやはり験担ぎからだろうか。もしそうならば、今年はこのグラブが西口投手に勝ち運を運んできてくれそうな予感がする。

ここまでは西口投手と小野寺投手とでハッキリと明暗が分かれてしまったが、開幕まではまだ2週間ある。西口投手はさらに調子を上げ、小野寺投手には何とか復調してもらいたいと思う。

2010年03月04日 21:53

中村剛也選手、2008年に続き顔面を骨折

渡辺監督の言う通り、本当におはらいが必要なのかもしれない。中村剛也選手が3月3日に行われたホークスとのオープン戦、6回の打席で自打球を顔に当て、右目眼窩底を骨折した。眼窩(がんか)とは頭蓋骨における眼球を収めるためのくぼみのことで、中村選手は右目側のこのくぼみの下部を骨折してしまった。今のところ骨折と腫れだけでそれ以上の症状は出ていないようだが、今後万が一目の奥に痛みを感じるようになればオペ(手術)も必要になってくると、佐々木チーフトレーナーは話している。

だが当の中村選手本人はそれほど深刻ではない。「前より痛くはない。本当に折れているんですか?・・・おなかがすいた」と話しているほどだ。このコメントを聞く限りでは開幕に影響することはないのかな、とも思ってしまうが、骨折個所が個所なだけに、油断することはできないだろう。

プロ野球という世界で何年も生きている選手であっても、顔面を骨折する選手は非常に稀だ。それが中村選手の場合、2008年に続き2度目となる。しかも先月25日にはブラウン選手のバットが顔面に直撃し、鼻を打撲している。ここまで顔面渦が続くと、渡辺監督の「おはらいが必要」という言葉にも重みを感じてしまう。

2008年に頬骨を骨折した時はデッドボールだった。左頬(きょう)骨の骨折で、この時は特種シールドを装着したヘルメットを被り、2日後から試合に強行出場していた。だがこの時はボールが見づらいということで、すぐに普通のヘルメットに被り替えていた。そして骨折した4日後には、もうホームランを打っていた。

2008年のデッドボールにしろ、昨日の自打球にしろ、すべては内角攻めが原因となっている。これだけ執拗に内角攻めされるということは、それだけマークされているということで、つまりは大打者の証と言えるだろう。だが怪我をしてしまっては元も子もない。今回の自打球にしても、もしあと1cm上部にぶつかっていたら失明の恐れもあった。

インコースを得意とする選手は少ない。ライオンズでは後藤武敏選手G.G.佐藤選手くらいだろう。中村選手もインコースは得意とはしていないのだが、インコースであってもベルト付近に来たボールは良く打っている。筆者は昨日の自打球は映像ではまだ確認していないのだが、オープン戦であえて苦手なインコースを打ちに行ったということは、ひょっとしたらベルト付近のボールだったのかもしれない。そしてそのボールが予想よりもボール1つ分高かったためにファールチップとなり、それが自打球となったのかもしれない。

とにかく開幕を前にした4番の離脱は、V奪回を目指すチームにとっては計り知れないダメージとなる。そうならないためにも患部がこれ以上腫れることなく、1日でも早く快方に向かうことを祈りたいと思う。

2008年もそうだったが、顔面の骨折は中村選手にとっては大きなストレスになるだろう。口を上手く動かせなくなるため、消化の良い柔らかいものしか食べられなくなる。「おかわり」が座右の銘の中村選手だけに家族の温かいサポートのもと、1日でも早く回復し、また美味しいものをたくさん食べられるようになってもらいたいと思う。

2010年03月04日 07:00

若獅子の守備が、黄金時代を超えられない理由

現在のレオナインの守備は、決して低レベルではない。それどころか、年々着実にその技術は向上して行っている。しかしそれでも黄金時代の鉄壁の守備陣にはまだまだ及ばない。片岡選手にしろ、中島選手にしろ、中村選手にしろ、守備のレベルは十分に高いと言える。それでもやはり黄金時代の守備陣には遠く及ばない。

中村選手に関しては昨年は15個のエラーをしていて、数字だけを見るととても上手いとは言えないだろう。しかしこのうち3つは慣れないファーストでのエラーだったことを考えると、12失策というのは中島選手と同じ数字になる。

現在の守備陣と黄金時代の守備陣を比較すると、唯一違う点がある。それは固定されたファーストがいるかいないかだ。ファーストというのは、一般的には守備があまり上手くない選手が守るポジションという印象がある。だが実際にはまったく違う。ファーストの守備が不安定なチームは、内野陣全体の守備力もなかなか安定してこない。

黄金時代にファーストを守っていたのはもちろん清原和博選手だ。清原選手は非常に守備の巧い一塁手だった。恐らくPL学園出身ということも大きかっただろう。PL学園と言えば当時の監督は中村順司・現名古屋商科大学野球部監督だった。中村野球は非常に厳しい。練習中のノックで気のないエラーをしたり、ファーストがファンブルしたりすると、次の瞬間その選手はグラウンドから出されていた。中村監督はそこまで徹底して1球1球を大事に考える監督だった。

そのためPL学園で中村監督の指導を受けた選手は、守備が巧い選手が多い。清原・桑田のKKコンビを筆頭に立浪和義選手、福留孝介選手、サブロー選手などがいる。そして名手中の名手である宮本慎也選手ももちろんPL学園の出身だ。
(福留選手に関しては送球難のため内野から外野にコンバートされた)

ではなぜファーストの守備に安定感がないと、内野陣全体が安定しなくなるのか?その理由は安心感だ。巧い選手がファーストを守っていると、他の内野手は安心してファーストに送球をすることができる。安心して投げられるからこそ思い切ったプレーや送球も可能となるのだ。

現在はオリックスでプレーをする元西武のアレックス・カブレラ選手だが、彼もまた守備の巧い選手だった。ただ問題は守備に対するモチベーションが低かったということだろう。ミットさばき、肘の使い方は非常に柔らかく、難しいバウンドに対しても巧くミットを出す場所を合わせることができる選手だった。だが緻密なプレーをしたがらなかったために、その能力を発揮することはほとんどなかった。

だが清原選手は素晴らしかった。ミットを着けた左手のハンドリングは非常に正確で、ちょっとやそっとの悪送球ならば捕って当たり前と言った顔で捕っていた。黄金時代に名手と謳われた辻初彦選手、石毛宏典選手らは、清原選手がいたからこそ名手になれた選手だったと筆者は考えている。もしあの時代のファーストがデストラーデ選手だったら、黄金時代はもっと早くに終焉を迎えていただろう。

話を現在に戻すと、今年ファーストを守るであろう選手は石井義人選手平尾博嗣選手ブラウン選手中村選手上本選手と実に人数が多い。だがこの中でも最も多くファーストを守りそうなのは石井義人選手で、次いで平尾選手だろう。この2選手の昨年の守備率は石井選手が.997で、平尾選手が.996となっている。率だけを見ると2選手とも非常に優れた野手であると見ることができる。しかし実際には違うと断言することができるだろう。

平尾選手に関しては確かに守備は巧い。持病を抱える腰に不安さえなければ内野であればショート以外はどこもこなせるほどだ。だが石井選手は違う。石井選手の場合、記録には残らないエラーをかなり出している。例えば微妙な悪送球を受けた時、石井選手がボールに触らなければ石井選手にエラーが記録されることはない。彼の場合、このような記録に残らないミスが非常に多いのだ。

恐らく巧いファーストであればアウトにできているような刺殺プレーでも、石井選手の場合ボールにミットが届いていない時がたまにある。またショートバウンドに関しても、石井選手は簡単にミットからボールをこぼしてしまう。ファーストはグラブではなくミットを使っているため、送球は確実に止めなければならないにも関わらず。

石井選手はバッティングに関してのハンドリングは非常に巧いのだが、こと守備になるとまるで別人になってしまう。ミットの使い方が非常に硬く、ショートバウンドが来てもミットを寝かせたまま捕球態勢に入っていることがある。これではボールは簡単にミットをすり抜けて行ってしまう。

これに関しては筆者よりも、実際に守っている野手の方が強く感じているはずだ。野手がファーストに対し、守備が上手くないというイメージを持ってしまうと厄介なことになる。捕球したボールを大事にし過ぎて送球が遅れたり、良いボールを投げなければいけないという余計なプレッシャーが手元を狂わせてしまったりする。最悪の場合イップスになる選手も出てくるだろう。

渡辺監督が今後守備をさらに重視した野球をして行くのなら、セカンド・ショートを考えるよりもまずはファーストの育成が急務となるだろう。筆者としては上本選手をファースト専任にしても良いのではと考えている。そうすれば上本選手の打撃をもっと行かすこともできるし、専門がキャッチャーであるため、捕球技術の高さは内野陣に安心感をもたらすはずだ。そして186cmという大きな身体は的を大きく見せ、野手はさらに送球しやすくなるだろう。

ファーストの守備が安定し、内野陣全体の守備力も安定してくれば、チーム全体としての失点ももっと減らすことができるはずだ。少なくとも4.01という防御率は、優勝を目指すチームの防御率ではない。この防御率を3.50まで向上させていくためにも、まずは内野守備陣のさらなるレベルアップが不可欠となるだろう。

2010年03月03日 01:34

理学療法士が西武の躍進を支えるかもしれない

埼玉西武ライオンズが今年、確かな優勝を手にするためにはどうすれば良いだろうか?その答えはどのチームであっても、どのスポーツチームであってもまったく同じことなのだが、とにかく故障者を出さないことだ。昨年はグラマン投手を筆頭に、細川捕手松坂選手と故障者が絶えることがなかった。特にグラマン投手と細川捕手の離脱はチームの柱を大きく傾ける結果となってしまった。

野球チームではないのだが、怪我人を減らすことで躍進したプロスポーツチームがある。それはJリーグの清水エスパルスとジュビロ磐田だ。なぜこの2チームだけが劇的に故障者を減らすことができたのか。それは、メディカルチームを強化したことが要因だった。

野球チームにもサッカーチームにも、だいたいトレーナーやコンディショニングコーチと呼ばれるスタッフが在籍している。トレーナーというのはその名の通り、メインの仕事はトレーニングを教えることだ。例えば故障を防ぐためのトレーニングもトレーナーの担当となる。そしてコンディショニングコーチというのは、こちらもその名の通りで、選手のコンディションを整えるのが仕事だ。だがこの2役だけではどうしても手が足りなくなってしまうのが実情だ。特にプロ野球チームとなると1チームに60選手以上が在籍している。それを2~3人のコンディショニングコーチですべてを把握するには、現実問題として無理が生じる。

ではそんな中清水エスパルスとジュビロ磐田はどうしたのか?この2チームは、プロスポーツチームの中ではいち早く理学療法士を採用したチームで、理学療法士の活躍がチームの躍進を支えていた。特にエスパルスはその時期が最も早かった。

エスパルスとジュビロが数名の理学療法士と契約したのは96年のシーズンからだった。エスパルス、ジュビロともに95年まではナビスコカップで準優勝したことがあるくらいで、シーズンや他のカップ戦ではほとんど目立った戦績がなかった。それが理学療法士を起用し、怪我人が劇的に減った96年シーズン、エスパルスはナビスコカップで優勝を果たしている。ジュビロも翌97年にはJリーグ年間優勝を果たし、ナビスコカップでも優勝をしている。

エスパルスはその後も2002年まではずっと躍進を続け、ジュピロもその後5回の優勝を果たしている。その他カップ戦や前後期優勝を含めれば、得たカップ数はさらに5つ増える。

現在、埼玉西武ライオンズが理学療法士を起用しているのかどうかは筆者には分からない。だがここ数年の故障者の出方を見ていくと、メディカルチームが充実しているとは感じられない。

衝突や激突での怪我はどうしても防ぎようはない。赤田選手のようにフェンスに激突しての怪我などは、こればかりはメディカルチームの力ではどうしようもない。だがグラマン投手の左肩痛や、G.G.佐藤選手の足首痛、ジャンパー膝などは十分に防げる可能性はあったはずだ。

もしコンディショニングコーチや理学療法士が、最低でも2~3日に1回ROMテスト(関節可動域テスト)を行っていれば、グラマン投手に関しては関節包断裂という最悪の結果は防げたはずだ。関節包の断裂自体は一瞬にして起ることではあるが、その予兆は気をつけていれば見つけることができる。必ず関節可動域に不具合が見つかるものだ。

現在ライオンズには米田コーチ、南谷コーチという2人のコンディショニングコーチが在籍している。だが1軍・2軍と担当を振り分けたとしても1人30人以上を抱えることとなる。選手たちの練習スケジュールを考えていくと、毎日10人ずつ診ることも難しいのではないかと思う。となると、絶対的なスタッフ不足が長期に渡り影響を及ぼしていく。例えば早期に異常が見つかれば1週間で完治できる故障を抱えた選手がいたとする。だがそれを早期に見つけられなかったことで完治までに数ヵ月かけてしまう事態も出てくるだろう。

それを考えるとせめて1軍においてだけでも理学療法士の人数を増やすことを検討すべきだと筆者は考える。もし1軍全選手のコンディションを、毎日計測できるだけのメディカルチームが揃っていれば、故障者を劇的に減らすことが可能となる。現に日本で最も早く理学療法士を起用した清水エスパルスは、故障者数をJリーグで最も減らすことに成功している。そして高いコンディショニングを維持できることで、選手は常に自分たちのベストパフォーマンスを行うことができ、結果チームに優勝カップをもたらしている。

ライオンズには球界を代表するエースピッチャーや、12球団ナンバー1との呼び声も高い打線がある。だがもし今年も故障者に泣かされるようなことがあれば、優勝を目指すどころか、昨年のようにチームがまったく機能しなくなるだろう。

「無事是名馬」とは良く言ったもので、良い選手とはまず怪我をしない。ピッチャーならば隔年で肩・肘を痛め、隔年で20勝ずつ挙げるピッチャーよりも、怪我なくローテーションを守り、毎年10勝ずつ挙げるピッチャーの方が良い選手だと言える。そしてその良い選手のコンディションを支えているのがコンディショニングコーチであり、理学療法士ということになる。

涌井投手が20勝を目指すにも、中島選手がトリプルスリーを目指すにも、中村選手が50本塁打を目指すにも、まずは怪我をしないことが絶対条件となる。もし怪我をしてしまえば、目標に近づくことさえできなくなるだろう。そのためにもライオンズは昨年の反省を踏まえ、メディカルチームの更なる充実を図る必要があると筆者は考えている。

2010年03月02日 15:11

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