岸孝之投手のカーブが魔球と呼ばれる所以
筆者が今シーズン最も期待しているローテーションピッチャーは岸孝之投手だ。涌井投手がエースであることに間違いはないし、彼ならば放っておいてもしっかりと結果を出すだろう。だが更なる飛躍をと考えた時、筆者が最初に名前を挙げたいのは岸投手だ。岸投手は今季4年目となるのだが、筆者は西武ドーム、テレビ中継、録画を含めると、レギュラーシーズン・ポストシーズン・日本シリーズと、これまでの岸投手のピッチングをほぼ全球見て来た。
昨季までの岸投手には、まだまだ身体のひ弱さが感じられていた。例えば疲れが出てくると、下半身と上半身のバランスがすぐに崩れていた。良いピッチャーというのは、上半身よりも下半身の方に先に疲れがやってくる。そういう意味では岸投手は間違いなく良いピッチャーなのだが、ただ絶対的な筋繊維の強さが少し足りなかった。そのために疲れが出てくると、なかなかそれを持ちこたえることができない。つまりすぐに上半身に頼るピッチングになってしまい、ボールが行かなくなってしまう。
だが一年前の岸投手と現在の岸投手を見比べると、下半身の安定感がまるで違う。体型自体はほとんど変わらず、スリムで典型的な投手体型なのだが、下半身のブレがほとんどなくなったように筆者は感じている。恐らくオフの間にかなり体幹トレーニングを行ったのだろう。春季キャンプの岸投手のフォームを見ていると、投球時に出現する身体の軸が本当に美しい。そしてリリース前後の体勢も、下半身が非常にバランスよく立てられていて、その上にある上半身もまたバランスよく乗せられている。ピッチャーとしては本当に理想的なフォームで、このフォームだけを見ると筆者は、今季は涌井投手よりも勝ち星を挙げるのではないかとさえ考えてしまう。
岸投手が主に投げる球種は4種類。ストレート・カーブ・スライダー・チェンジアップだ。その他カッターなどいくつかの変化球も持ってはいるが、主に使う球種はこの4つ。球種だけを見ると非常にオーソドックスで、どこにでもいるようなピッチャーに思える。しかし実際には違う。2008年の日本シリーズ、巨人打線相手に14回2/3を無失点、12イニング連続奪三振を記録して以来、岸投手のカーブは魔球と呼ばれるようになった。
通常の変化球というのは、バッターの手元近くになってから動いて来る。その動くタイミングがバッターに近くなればなるほど、バッターはその変化球に対して対応ができなくなる。逆に早く曲がり始めてしまうと、変化球はストレートよりも打ちやすい。
岸投手のカーブは普通の変化球ではない。リリースされた瞬間からすでに変化が始まっている。昔で言うところのドロップと呼ばれる変化球だ。そしてドロップで思い出されるのはやはり沢村栄治投手だろう。沢村投手のドロップは三段ドロップとも呼ばれるほど鋭く大きく変化した。ちなみに沢村投手はこの三段ドロップを今で言うツーシームの握りで、人差し指・中指ともに縫い目にかけて投げていた。岸投手のカーブは、沢村投手のドロップにも匹敵すると筆者は真剣に考えている。
人間の目というのは横に並んでいる。そのため、縦の動きに大きな弱点を抱える。これが野球の場合、スライダー系の横に動くボールに対しては両目を使ってパノラマでボールを追うことができるのだが、フォーク系の落ちるボールの場合、どうしても片目でボールを追う傾向が強くなってしまう。つまり2つの目で見れていたボールを、縦の変化の場合1つの目でしか見れなくなってしまうことがある。
岸投手のカーブは高低差が非常に大きい。リリースされた直後のボールは、バッターは顎を上げなければボールを追うことができない。逆に手元まで来ると今度は顎を下げて行かなければボールを追えなくなってしまう。これが岸投手の投げるカーブの強みだ。縦方向に弱点を抱える人間の目を、上下を使って揺さぶる。これだけ目線を動かされたら、バッターはなかなかバットをコントロールすることはできない。
フォークボールは下にしか変化はしない。しかし岸投手のカーブは一度上に行ってから下に落ちてくる。この2方向への動きはバッターにとっては脅威だ。しかも岸投手がさらに素晴らしいのは、このカーブをストレートと同じ腕の振りで投げられることだ。
同じカーブの使い手であっても星野伸之投手の場合、ストレートとカーブでは腕の使い方は異なっていた。この差はすでに、2人の間には大きく現われ出している。星野投手は通算18年で貯金は36勝(通算176勝)だったが、岸投手はまだ通算3年という短さにも関わらず、すでに20勝(通算36勝)の貯金を挙げている。どの球種に対してもほとんど同じ腕の振り方でボールを投げるということが、この数字だけでどれだけ大切であるかが分かってもらえると思う。
今季フィジカルで成長を見せ始めた岸投手は、よほど調子を崩さなければ15勝は間違いなく狙って行けるだろう。今季は結婚もして、心身ともに充実している岸投手だ。どのポジションの選手よりも神経質なピッチャーという人種は、精神的な安定を得られるだけで大きく飛躍することができる。恐らく岸投手もそうなるだろう。だからこそ筆者は今季、岸投手に対し背番号以上の貯金を作ってもらいたいと考えている。つまり具体的には16勝5敗という数字だ。春季キャンプの投球を見た限りでは、十分に可能な数字だと筆者は考えている。
だが勝つにしても負けるにしても、大切なのは怪我をしないことだ。怪我をしてしまえば、先発ピッチャーとして最低限の務めであるローテーションを守るということもできなくなってしまう。だからこそ岸投手には春季キャンプでしっかりと身体を磨き上げ、1年間怪我なく投げ続けられる状態にしてもらいたいと思う。そしてそれさえクリアできれば、ライオンズから2年連続で沢村賞投手が出る可能性も高くなるだろう。

2010年02月17日 12:58

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