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#86 潮崎哲也
#86 潮崎哲也 - Tetsuya Shiozaki
リリーフ・先発投手、右投右打
1989年ドラフト1位、2004年引退
徳島県立鳴門高~松下電器~西武ライオンズ
徳島県鳴門市出身、1968年11月26日生、177cm / 75kg
タイトル:会長特別賞(優秀新人賞・90)、日本シリーズ優秀選手賞(93)、オールスター出場(95)
現役時代の潮崎投手と言えば、魔球とも称されたシンカーが代名詞だった。このシンカーは面白いように打者の空振りを誘うことができ、ヤクルト時代の野村克也監督は高津臣吾投手に対し「潮崎のシンカーを会得しろ」と言ったほどだった。
現在は岸投手のカーブが魔球と称されている。岸投手の場合はカーブであるため、ボールは左打席側に曲がりながら落ちて行く。潮崎投手のシンカーは、岸投手のカーブによく似た軌道で右打席側に落ちて行った。シンカーを投げる投手自体が少ないし、しかもあれだけフワリと落ちて行くシンカーを投げられるのは、潮崎投手しかいなかった。そのためにバッターはあのシンカーを、狙ってもなかなか打つことができなかった。
このシンカーは、中指と薬指で挟むようにしてボールを握り、サイドハンドスロー特有のインスパイラルで腕を振ることで、ボールにトップスピンをかけて投じられていた。普通のシンカーは回転をかけて落とすイメージの方が強いが、潮崎投手のシンカーは恐らく抜いて投げていたのだと思う。恐らくリリース時にはもうボールは手から離れている感覚だったのではないだろうか?
筆者は数年前にダルビッシュ投手を見たその瞬間、「潮崎投手にそっくりだ」と思ったことを今でもよく覚えている。ダルビッシュ投手のグラブ側の手の使い方、腰の使い方、軸足の使い方など、潮崎投手に本当によく似ている。そして奇しくも潮崎投手とダルビッシュ投手は、まったく同じボールの握り方でシンカーを投げている。
潮崎投手は小柄で、しかもサイドスローでありながらも150km近いストレートを投げていた。それを可能にしていたのはグラブ手による反動・腰を上手く使っていた脊柱軸の回旋・軸足エッジングからのキックの3点だったと思う。強靭な下半身がなければなかなかできることではないのだが、この3点が特に優れていたために、潮崎投手は球界を代表するピッチャーになることができた。
また同時期に、鹿取義隆投手という救援のスペシャリストがいたことも、潮崎投手にとっては大きなプラスに働いたと思う。鹿取投手から学べたことは、決して少なくはなかったはずだ。
球界を代表するリリーバーも、晩年は年齢による身体の衰えを隠しきれなかった。最後の1~2年に関しては登板の指示が出されるたびに「投げたくないなぁ」と思っていたそうだ。実働15年で82勝55敗55S。もしプロ入りの最初から先発を任されていたなら、100勝は確実に達成できていただろう。
2004年9月21日は、筆者も西武ドームにいた。潮崎投手の最後の勇姿を観るために。ライオンズはこの年、12年ぶりの日本一を達成している。ライオンズ黄金時代の後半を支えたリリーバーは、2人の愛息と共にグラウンドを一周し、数え切れないほどの紙テープの祝福を浴び、ユニフォームを脱いだ。
【通算成績】
523試合/82勝/55敗/55S/1249.1回/967奪三振/防御率3.16
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2010年02月11日 14:41 Tweet

