涌井秀章投手を支えるのは球界一の走り込み量
プロ生活5年を終え、今シーズン6年目を迎える涌井秀章投手。実は筆者は、もう少し早い段階で涌井投手は肩・肘の調子を一度落とすのでは、と考えていた。その理由はひとえに投球時の腕のスウィングにある。プロ2年目以降だったろうか。現在の腕の振り方に変えたことで、25歳前後で一度どこかを故障するのではと筆者は考えていた。だがその心配は要らなかったのかもしれない。今現在肩・肘に故障の兆候はまったくなさそうだ。なぜ涌井投手の腕の振りに問題があるかと言うと、それは腕を直線運動で振り下ろしているためだ。しかもそれに加え、リリースポイントが打者に非常に近い。リリースポイントを打者に近づけられればその分勝負では有利になるが、自らの肩へのダメージは決して小さくはない。具体的に言うと、右肩後部の筋肉群、もしくは背中を故障しやすくなる。
高校時代の涌井投手は、今とはまるで違うタイプのピッチャーだった。どちらかというと荒削りで、勢いでピッチングをする姿も見られた。だがプロに入るとそのピッチングは通用せず、1年目を1勝6敗という数字で終えた。この数字を境にし、涌井投手はピッチングのモデルチェンジを行ったのだった。
涌井投手は絶対的に頼れる変化球を持っていなかった。そして球速もプロとしてはビックリするような速さではない。そこで考えたのがリリースポイントの移動だった。よりバッターの近くでリリースすることで、バッターに球種を絞りにくくさせる。
リリースポイントをバッターに近づけるという作業は、多くのピッチャーが挑戦していることだ。だがこれに成功しているピッチャーとなると数えるほどしかいない。なぜリリースポイントをバッターに近づけることがこれほどまでに難しいのだろうか?その理由はやはり腕のスウィングにあった。
真っ直ぐ投げをしていようが、スパイラル投法をしていようが、ボールをリリースした後の腕は多かれ少なかれインスパイラルすることになる。右投手の場合であれば、投手から見て時計と反対回りに腕がスパイラルし、親指が下の状態で手のひらがバッターを向いていく。スパイラル投法の投手がこうなるのは当然なのだが、真っ直ぐ投げをしている投手であっても、多少のインスパイラルは必ず起る。
リリースポイントをバッター寄りに移動させるということは、単純にインスパイラルが始まった段階でリリースするということになる。これはつまりボールにシュート回転がかかってしまうということだ。ボールにシュート回転がかかってしまうと、右打者の外角では勝負できなくなってしまう。なぜなら外角に投げたはずのボールはシュート回転によって、すべてど真ん中に入ってきてしまうからだ。この現象が起るからこそ、多くのピッチャーがリリースポイントの移動に失敗している。
だが涌井投手は成功どころか、大成功をしている。しかも真っ直ぐ投げが原因の肩の疲労を感じたのも2008年の一時期だけだった。
ピッチャーが肩を壊す最大の要因は疲労だ。だがこれは肩の疲労という意味ではない。下半身の疲労だ。ボールというものはピッチャーだけに限らず、野手であっても下半身を主動として投げなければならない。だが下半身にスタミナがなくなってくると足で踏ん張れなくなり、どうしても上半身だけでボールを投げてしまう。するとそれまでは下半身がリードしてくれていた肩は、自らの筋力でもってスウィングしていく必要がある。腕(肩)の筋肉を使って腕(肩)をスウィングする、これこそが野球肩の最大の原因なのだ。
また真っ直ぐ投げの場合、スパイラル投法のように肩周りの筋肉がバランスよく使われることがない。外なら外、後ろなら後ろと、投球に対する負荷が一部の筋肉に集中してしまう。そのためスパイラル投法よりも肩・肘に問題を抱えるケースが多くなる。
だが涌井投手はそうはならない。年間200イニングを投げてもスタミナに不安を感じさせることがないのだ。その理由は涌井投手の走り込みの多さにある。涌井投手は西武で1番ではなく、球界で1番多く走っている選手だ。この走り込みの多さが強靭な下半身を生み出し、肩の負担を軽減させている。もし涌井投手が並の投手と同じくらいしか走っていなければ、とっくに肩を壊していただろう。
今年も開幕投手は涌井投手でほぼ決まりだと思う。本人は渡辺監督に言われるまでは「一候補として頑張るだけ」と言ってはいるが、しかしこの段階で涌井投手を開幕投手に指名したとしても、誰もが納得するだろう。松坂イズムを継承する投手としても、今年は沢村賞投手としても、並み居るバッターを見下ろすような堂々としたピッチングを披露してもらいたいと思う。そして松坂投手が果たせなかった20勝を目指して欲しいと思う。
2010年02月27日 02:11
中島裕之選手が酷評されるアッパースウィング
中島裕之選手の成長を認めながらも、彼のアッパースウィングを否定する解説者・評論家は実に多い。だが筆者は中島選手のアッパースウィングは決して悪くはないと見ている。まず中島選手のバッティングフォームに対する考え方を知るだけでも、中島選手が決してホームラン狙いのアッパースウィングをしているわけではないということが分かるはずだ。だが多くの解説者・評論家はその部分に気付いていない。中島選手があえて長打を狙いに行く時は、後頭部でグリップを構える際バットを立てている。この時に限っては、ひょっとしたら本当に長打を狙ってのアッパースウィングだったかもしれない。だが中島選手が昨年バットを立てて構えたのは、中村選手が故障をして代役4番に座ったほんの数試合だけだった。
アッパースウィングをやめれば、中島選手はもっと良くなると言う解説者・評論家は非常に多い。だが筆者は中島選手がもっと良くなるためには、むしろ『中島裕之選手が首位打者獲るために足りない物』で書いたことの方が大切だと考えている。
日本の野球界はプロ・アマ問わず、未だにアッパースウィングを否定する向きがある。だがこれは間違いだし、根拠に乏しい。スウィングには主に3種類ある。下から上に向けてバットを振るアッパースウィング、水平に振るレベルスウィング、上から下に向けて振るダウンスウィング。日本ではレベルスウィングとダウンスウィングを重んじる傾向が強い。この考え方も分からないでもない。確かにアッパーで打ってポップフライを打つよりは、ダウンスウィングで打ってゴロを転がした方がアウトにするまでのプロセスが多い分野手のエラーも出やすく、出塁できる可能性は高くなる。だが果たして野球界の底上げを考えた時、本当にこれで良いのだろうか?
子どもを指導しているコーチでも、プロを教えているコーチでも、レベルスウィング・ダウンスウィングで打つことをしつこく指導している人は多い。理由は前述した通りだ。だがこれは非常にネガティブな考え方だ。言い方を変えれば、打ち損じた時のことを考えて打つことを教えていることになる。筆者はこの教え方には大きな違和感を感じる。プロ・アマ問わず実際に指導に当たっているコーチならば、アウトになった時のことを考えさせるよりは、より高い確率でヒットを打てる方法を指導するべきではないだろうか?
恐らくほとんどの方はアッパースウィングのことを誤解していると思う。アッパースウィングとは、打球を高く遠くへ打ち上げるためのスウィングではない。このことだけはぜひ覚えておいて欲しいと思う。
ピッチャーが投げてくるボールは、どんなボールであっても18.44mの間では失速し、必ず重力に負けてしまう。これはストレートでももちろん同様で、投げた瞬間のボールの高さを、バッターの手元まで維持することは不可能だ。球種によっては投げた瞬間、つまりリリースした時のボールの高さから、バッターの手元では1m近く落ち込んでいることもある。分かりやすく言うと、ほぼすべてのボールは上から下に落ちながら飛んでくる。そしてその軌道がより顕著なのが、チェンジアップという球種だ。
レベルスウィングやダウンスウィングばかりに固執してしまうと、ヒッティングゾーンを狭めてしまう危険性が高まる。どうしてもゴロを打たなくてはならない場面は仕方がない。例えば送りバントを2度失敗した2ストライク後では、スリーバントではなく、右方向にゴロを転がせと指示する監督も多い。
しかし通常のシチュエーションであれば、中島選手のアッパースウィングは理に適っていると筆者は考える。いや、正しくは中島選手のアッパースウィングは本当はアッパースウィングではない。レベルスウィングなのだ。普通の方が見て、明らかにアッパースウィングだったとしても、筆者から見ればそれはレベルスウィングということになる。
どういうことかと言うと、中島選手は地面に対してではなく、ボールに対してレベルスウィングをしているのだ。ボールは常に落ちながら飛んでくるという話はすでにした。と言うことはボールの軌道上にバットスウィングの軌道を合わせていくと、アッパースウィングに見えてしまうレベルスウィングになってしまうわけだ。
落ちてくるボールに対しダウンスウィングに固執してしまうと、ボールの軌道とバットの軌道が交差する×印の真ん中でしかヒッティングすることはできない。つまりボールを点でしか捕らえることができないのだ。逆にボールの軌道上にバットスウィングの軌道を入れてあげると、ボールを線で捕らえることができ、空振りをする可能性も大きく減っていく。
昨年首位打者を獲得したのは楽天の鉄平選手で、打率2位はオリックスの坂口選手だった。この2選手はホームランバッターではない。10本前後打てたとしても、中島選手のように30発を狙えるバッターではない。この2選手の2ストライク後の三振率は31~32%という数字だ。そして長打が期待される中島選手の2ストライク後の三振率は36%。わずかに5%しか差がない。ちなみに昨年中島選手と同じく22本塁打打ったロッテのサブロー選手の数字は53%、オリックスのローズ選手も50%だった。この数字を比べていただければ、ホームランを打てる中島選手の三振率がどれだけ低いかが分かっていただけると思う。これこそが評論家たちが酷評する、中島選手のアッパースウィングに見えるレベルスウィングが生み出した成果なのだ。
このようなバッティング理論から言っても、中島選手のアッパースウィングに見えるスウィングは、決して間違いではないと筆者は考えている。解説者や評論家たちは恐らく、地面に対しアッパーかレベルかと言っているのだろう。だがバッターが打ち狙っているのはボールであり、地面ではない。と言うことは、ボールに対してアッパーかレベルかと考えるべきではないだろうか?
中島選手の、ボールの軌道にバットの軌道を合わせていくレベルスウィングは、決して簡単な技術ではない。よほど優れた動体視力と、よほど優れた身体のバランス、よほど優れたバットコントロール力がなければ習得することはできないだろう。中島選手にしろ、中村選手にしろ、ライオンズの3・4番は他の選手とは違う次元で野球をしているように感じてしまう。2選手とも豪快に見られがちだが、持っている技術は非常に高く繊細だ。アマチュア選手だけではなく、プロ選手であってもお手本にできるレベルの選手たちだと筆者は考えている。やはり今年も、この2選手からは目を離せそうにはない。
2010年02月26日 02:36
中村剛也選手が今季、50本塁打打てる理由
今季3年連続ホームラン王を狙う主砲中村剛也選手。筆者は、彼のホームラン王獲得には大きな価値があると考えている。埼玉西武ライオンズというチームは万年Bクラスというチームではない。ほとんど毎年優勝争いに加わっているチームだ。勝つことを求められているチームにおいて、2年連続でホームラン王を獲得したことには大きな価値がある。個人プレーを優先できる下位チームで獲得するホームラン王とは、その価値は大きく異なる。ライオンズにはもう1人、G.G.佐藤選手というスラッガーがいる。だが中村選手とG.G.佐藤選手とではタイプがまったく異なる。技の中村に対し、力のG.G.という違いだ。この2つは大きく異なる。
まず技よりも力に頼ってホームランを打とうとするG.G.佐藤選手の場合、一度不調に陥るとそこからなかなか上がってくることができない。昨年に関しても不調時は、ドアスウィングから抜け出せない時期が長引いた。力で打つタイプのスラッガーは、不調に陥るともっと力を込めたがる。バットスウィングにおいて力を入れ過ぎてしまうと、バットの軌道は必ずぶれる。そうなってくると当たるものも当たらなくなり、ホームランどころかヒットも出なくなってしまう。反面好調時は信じられないくらいに打ち出す。昨年の8~9月のG.G.佐藤選手はまさにその状態で、ピッチャーに対して自然とタイミングが合っていた。そのおかげでドアスウィングも解消された。
一方技で打つタイプの中村選手の場合、ホームランを打つのに力を利用することはしないため、不調に陥っても短い期間で抜け出せる。本人の話によれば、7~8割程度の力で振り抜いた時、一番ホームランになりやすいと言う。また9~10割の力で振った時は、ほとんどホームランにはならないようだ。
本ブログでも何度か書いていることだが、ホームランとはパワーで打つものではない。筋骨隆々のメジャーリーガーなら話は別だが、日本人の体格ではホームランをパワーで打つのには限界がある。
ライオンズにはかつて清原和博選手、秋山幸二選手という日本人スラッガーがいたが、彼らもまた技でホームランを打つタイプの選手だった。バットのどこかにボールが当たってくれれば、あとは力でスタンドまで運ぶというタイプではない。しっかりとタイミングを合わせ、バットのスウィートスポットにボールを当てることで、あとは身体の回転でボールを飛ばしていく。清原・秋山両選手が、軽くバットを振ってホームランになったシーンを覚えているファンもきっと多いと思う。
そして話を中村選手に戻すと、恐らく今季の中村選手は確実にキャリアハイの成績を残してくると筆者は考えている。その理由は中村選手が現在取り組んでいる新打法にある。
プロ・アマ問わず、少なくとも9割以上の打者はバットを真っ直ぐスウィングさせている。中村選手もこれまでは真っ直ぐバットを出していくことがほとんどだった。だが今季は違う。非常にレベルの高い技術、バットをスピンさせる技を習得した。もっと細かく言うと、バットにトップスピンをかけてスウィングしているのだ。
バットにスピンがかかるとどうなるかと言うと、ジャストミートした打球に関してはそれほど大きな影響は出ない。だがそうじゃない打球に関しては、真っ直ぐバットを振った時と比べるとまったく質の違う打球が飛んでいくことになる。
ボールの下部を叩いてしまった場合、バットを真っ直ぐ振っていたらポップフライになる。だがバットにトップスピンがかかっていると、打球にはバックスピンがかけられることになる。ボールにバックスピンがかけられると、ボールには上に向かって行こうとするマグナス力が働き、その結果打球の飛距離が伸びるようになり、普通の外野フライが簡単にフェンスを越えて行くようになる。
逆にボールの上部を叩いてしまった場合、バットを真っ直ぐ振っていればそれはボテボテの内野ゴロになってしまう。だがバットにトップスピンがかけられていると、ボールにもトップスピンがかかってくる。トップスピンがかかった内野ゴロは、あっという間に野手の間を抜けて外野まで転がっていく。
このようにバットにトップスピンをかける技を、中村選手は今キャンプで習得した。これはその昔、868本のホームランを打った王貞治選手や、日本中の野球ファンを魅了した長嶋茂雄選手らが持っていた技だ。ひょっとしたら中村選手は今季、歴史に名を残す活躍を魅せてくれるかもしれない。
だがもし中村選手が今季55本塁打を打てたとしても、それは王選手の記録に並んだとは言えないだろう。なぜなら王選手が55本塁打した1964年と今とでは、ボールがまったく違うのだ。64年のボールは今のボールと比べると、まったく打球が伸びていかない。よく「飛ぶボール」という言葉が使われるが、飛ぶボールとは、ボールの弾力性を奪ったボールのことを言い、64年に使用されていたボールは、それとは真逆に弾力性の高いボールだった。
140kmのストレートを、160km以上のバットスウィングで打った場合、野球のボールは1/1000秒程度の間、約半分に潰されてしまう。通常このシーンを映像に収めることは不可能だ。なぜなら近年のハイスピードカメラであっても、1秒間に30フレームの撮影しかできないためだ。1/30秒というスピードでしか撮影できないカメラで、1/1000秒という瞬間を撮影することはできない。
だがもし機会があれば、王選手や長嶋選手が打ったホームラン映像をスロー再生で見ていただきたいと思う。この時代のカメラは当然現代のカメラよりも性能ははるかに劣る。しかしそれでも、ごくたまに王選手のバットに捕らえられたボールがかなり潰れて映されているのを確認することができる。つまり64年のボールにはそれほどの弾力性があり、バットとの衝突エネルギーを吸収してしまう性質があった。
このような理由から今季もし中村選手が今季55本塁打を打てたとしても、歴史に名は残るが王選手に並んだと表現することはできない。だからこそ筆者は中村選手には55本という数字ではなく、自分の背番号と同じだけのホームランを打てるバッターになってもらいたいと願っている。
2010年02月25日 16:48
日刊埼玉西武へのリンクバナーを作成しました
日刊埼玉西武ライオンズへのリンクバナーを作成いたしました。ご自由にご利用くださいませ。なお相互リンクをご希望の方は、メールにてお問合せください。よろしくお願いいたします。相互リンクに関しましては、基本的には西武関連・野球関連のみとさせていただきますので、あらかじめご了承くださいませ。
2010年02月24日 18:00
小野寺力投手は、こころ優しき守護神
応援している選手の記事は、やはりついつい多く書いてしまう。小野寺力投手もその1人だ。筆者はこの投手がライオンズに入団した時から「この投手には活躍してもらいたい!」と思っていた。それがなぜかは分からないのだが、とにかくそんなことを思い続けていた。だが2006年は素晴らしい活躍を魅せるも、それ以外のシーズンではなかなか力を発揮することができない。力があるのは分かっているし、素晴らしい資質を持った投手だ。それが分かるからこそ、ファンとしてはとても悔しくなってしまう。もちろん小野寺投手本人の悔しさほどではないが。
今季は肩関節包断裂から復帰を目指すグラマン投手に加え、ライオンズは工藤公康投手とシコースキー投手を獲得した。さらには昨年移籍してきた藤田太陽投手も状態が良いようだ。今シーズンはこの4人が守護神の座を虎視眈々を狙っている。
だが今年の秋、筆者が胴上げ投手になってもらいたいと思う投手はリリーバーでは小野寺投手しかいない。もちろん星野智樹投手や大沼幸二投手という素晴らしい生え抜きリリーバーもいるが、やはり胴上げ投手になるべく人は筆者は小野寺投手だと思っている。逆を言えば、小野寺投手は胴上げ投手にならなければいけないと思っている。
筆者はよくこのブログ内で、小野寺投手のことを厳しい目線で書くことが多い。時には技術論を踏まえて書くこともあるのだが、しかし筆者の技術論なんてまだまだたかが知れている。筆者が書いていることは、もし小野寺投手に伝えられる機会があったとしても、小野寺投手自身とっくに分かっていることだと思う。それどころか、もっともっと高い次元で野球を考えていると思う。
なぜ筆者が色々と書いてまで小野寺投手に活躍してもらいたいかと言うと、その理由は人柄にある。2004~2006年にかけて、筆者は何度か応援仲間に誘っていただき、小野寺投手が参加するファンイベントを観に行ったことがあった。そこで見た小野寺投手は、本当に紳士という言葉が相応しい人物だった。西武沿線にある西友というスーパーの前で行われたトークショーではマイクを握り、ファンと一緒に応援歌を歌ったこともあった。筆者は今年の6月32歳になり、プロ野球を見続けて四半世紀がゆうに経つ。だが小野寺投手(と赤田将吾選手)ほどファンを大切にする選手を見たことはなかった。
野球は人柄でするスポーツではない。特にピッチャーというポジションは性格の良さが弱点になってしまうことも少なくはない。仲の良いバッターに対してはどうしてもインコースを攻められなくなってしまうからだ。東尾監督などはよくこんなことを言っていた。「味方のバッターとは仲良くしておけ。そうすれば自分が投げている時に打ってもらえる。だが敵になるバッターとは仲良くするな。自分が相手の内角を攻められなくなる」と。
これは筆者自身のことも含めてという意味だが、プロ野球選手である限りは解説者、ファンから色々なことを言われてしまうのが宿命だ。筆者自身もファンとして、このブログを経由し自分の考えを発信し続けている。時に「これを選手本人が読んだら怒ってしまうかもしれない」ということを書いてしまったことだってあっただろう。だが筆者はできる限り批判にはならないように、あくまでも筆者自身の野球観をオープンにするという意味合いで本ブログを書いている。そもそも選手のことを批判する気ないし、そんな立場にはない。ただ純粋に応援したいという気持ちのみだ。
最近読者の皆さんからいただくメールで多いのが、ファンのマナーとモラルについて。例えば選手の迷惑を考えないような行動を勢い余ってしてしまうファンや、完全に選手を批判するブログを書いているファンも少なくないらしい。筆者自身は最近は試合以外で選手を観に行くことはないし、URLをお知らせいただいた方以外のファンブログを読むこともない。しかしマナーやモラルを考えないファンが多いということは、最近何人かの読者さんからいただいたメールで知ることとなった。
そういうメールをいただいている内に、自らの襟も正さなければいけないなと、最近よく考えるようになった。昨年の開幕から書き始めたこのブログも、今では毎日6000アクセス前後を数えている。ということは当然無責任なことは書けない。自分の意見を書くことに躊躇いはないが、それが選手であったり、その選手のファンを傷つけるような内容であってはならないと思う。
そしてこれもやはりある読者さんにいただいたメールで知ることとなったのだが、「日刊埼玉西武ライオンズは、選手を批判している」とネット上のどこかで書かれていたらしい。それがどこかは筆者には分からないのだが、少なくとも選手に対し悪意のある記事を書いたことは一度もない。現にファンの方からお叱りのメールをいただいたこともない。
今日はいつもとはかなり趣旨の違う記事となってしまったが、ある程度のアクセス数をいただけるようになったブログとして、自らを諌める意味でも大切だと思い書かせてもらった。筆者はこれからも自分の意見を書き続けて行くつもりではあるが、選手・ファンを傷つけるようなことだけは書かないように注意していきたいと思う。そしてこれは、ファンブログを書いている方、球場や練習場に選手を観に行くファンの方全員に気をつけて欲しいと切に願うばかりである。
2010年02月24日 08:51
中島裕之選手が首位打者獲るために足りない物
中島裕之選手が首位打者を獲得するためにはいくつかの課題がある。今回はその課題について書いてみようと思う。まず中島選手が首位打者を獲得できる可能性だが、これは誰もが思う通り非常に高いと思う。ライオンズにおいて言えば、筆者は左打ちである栗山選手と並び可能性の高いバッターだと考えている。もし中島選手が3番ではなく、1・2番を打つバッターであればもうとっくに首位打者は獲得していただろう。だが3番であるがゆえに、未だ獲得には至っていない。
ではなぜ1・2番なら獲得できていて、3番だと獲得できないのか?その理由は1塁までへの全力疾走にある。1・2番の仕事はとにかく塁に出ることだ。そしてそのためにはどんな平凡なゴロであっても、常に全力疾走を心がける必要がある。例えば同じ右打者である片岡選手が、打ってから1塁に到達するまでの時間は約4.2秒を要している。そして中島選手の場合この数字は約4.3秒となる。筆者が中島選手に唯一不満なのがこの数字なのだ。
一見するとわずか0.1秒の差でしかない。だがこれが約27mあるホームベースから1塁ベースへの距離で考えると、0.1秒の差は約80cmの差になる。もし内野ゴロが野手から1塁に送球され、ファーストがその送球をキャッチした時、バッターランナーが1塁ベースの80cm手前を走っていたなら、それは野手からすると余裕のある内野ゴロだったことになる。そして4.3秒という中島選手の数字は、昨年膝痛や足首痛に苦しんだG.G.佐藤選手とほとんど同じタイムとなる。
そしてさらに言うならば、何も起こらなければ100%アウトになるであろう内野ゴロの場合、1塁までのタイムが5秒を大きく回ることさえもある。これは本当にもったいないことだ。もちろんプロ野球であるため、内野ゴロで何かが起こる可能性の方がはるかに低い。だが1つ1つのプレーによって、何かを起こすことは十分に可能なのだ。
他球団の野手も中島選手の走りに関してはすでに気付いている。「内野ゴロだと全力で走らないことがある」と考えながら守っているため、中島選手の内野ゴロに対しては余裕を持ってフィールディングする野手が多い。特にサード、セカンドは多いのではないだろうか。
もし中島選手が本来の走力をしっかり発揮し、片岡選手同等4.2秒で1塁まで到達することができれば、守っている野手は確実に慌てるはずだ。慌てれば悪送球などのエラーにも繋がり、チームにチャンスを呼び込める。そして守っている野手に「中島は全力疾走してくる」という考えがあれば、野手は自ずと一歩前を本能的に守りたがる。すると横に対する守備範囲が狭くなり、ヒットゾーンが野手の足一歩分広がり、内野安打や外野へ抜けていくヒットが年間数本増えることになる。
もし昨年、中島選手の走力で稼ぐヒットがあと10本多く出ていたら、打率は.327となり、首位打者を獲得した楽天・鉄平選手(左打)と並んでいた。
ではなぜ中島選手は全力疾走を諦めてしまうのか?中島選手は走れないのではない。場面によっては1塁まで素晴らしい全力疾走を魅せてくれることがある。つまり中島選手は間違いなく走れるのだ。それでも走らないのには、2つの理由が考えられる。まず単純に諦めてしまっているか、それかフルスウィングを優先したか、だ。
フルスウィングをして全力疾走が怠ってしまうのは仕方がない。右打者の場合、しっかりバットを振ると身体はどうしても3塁方向に流れてしまう。そこから1塁に方向転換するわけだから、こういう場面であれば走る始動が遅れ、タイムがかかってしまうことも仕方がない。
しかし2ストライクと追い込まれたあととなると話は別だ。中島選手は2ストライクに追い込まれると、バットを一握り短く持ち変える。つまり軽打によるシングルヒットを狙いに行っている。この場面で内野ゴロを打った時こそ、中島選手の走力の魅せ所になるわけだ。ここでもし中島選手があと0.1秒、距離にして80cm先を走る全力疾走を見せていけば、守っている野手の意識は確実に変わるはずだ。2ストライク後の中島選手に対しては、多くの内野手が一歩前を守りたがるだろう。なぜなら一歩前で打球処理をしなければ、内野安打になってしまう危険が多く生まれてしまうためだ。
こういう状況を中島選手がしたたかに演出することができれば、先述した通りヒットゾーンが広がるし、エラーによる出塁も増えてくる。そしてヒットであれエラーであれ出塁する回数が増えれば、それだけ盗塁する機会も増え、30盗塁も見えるようになってくる。
それと最後にもう1点中島選手にはあえて注文をしたいと思う。中島選手は2ナッシングと追い込まれると、気を抜いてしまう場面がある。つまり「3球目は1球ボールゾーンに外してくるだろう」と決め付けてしまうのだ。そのため2ナッシングを追い込まれると、あっさり凡退してしまうことが多い。
これが昨年首位打者を獲得した鉄平選手の場合、35打数6安打.171となるのだが、中島選手の2ナッシング時の打率は44打数3安打.068となる。つまり昨年の首位打者は中島選手よりもはるかに少ない打数で、倍の数のヒットを打っているのだ。これも昨年首位打者を獲った鉄平選手と、獲れなかった中島選手の昨年までの差だと言うことができるだろう。
中島選手は年々非常に速いスピードで進化して行っている。そのため筆者が中島選手のプレーを見ていても、なかなか彼の弱点を見つけることができない。このブログを書いていても、中島選手のことは誉めるしかなくなっている。だが読者はきっとそういう記事よりも、中島選手がさらに進化する余白がどれくらいあるのか、ということをこのブログには求めているのだと筆者は考えている。そういう理由もあり、若干あら探し的な記事になってしまったが、素晴らしいプレイヤーとなった中島選手にもまだまだ伸び白があるという意味で、こうして筆者なりの意見を書かせてもらった。
中島選手はまだまだ進化できる選手だと筆者は考えている。その余白が見つかる限り、魅力だけではなく、余白についてもこのブログではしっかり書いていこうと思う。もちろんそれは中島選手以外の選手についても同様に。
2010年02月23日 14:59
片岡・中島コンビは今後名手となれるだろうか
現在のライオンズに「名手」と呼べる選手がいるかどうかを考えてみた。ライオンズの歴代名手と言えば、まず名前が挙がるのが辻初彦選手だろう。そしてそこに最近では高木浩之選手が続いてくる。だが現在のライオンズの中には、筆者は「名手」と呼べる選手はいないと考えている。片岡易之選手という素晴らしいピボットマンがいるが、しかしまだまだ名手と呼んでいい域には達していない。中島選手にしてもそれは同様だ。2人とも非常に守備の上手い選手ではあるが、名手かと聞かれればまだイエスとは答えられない。特に、名手と呼ばれる人たちから見れば片岡・中島両選手の守備にはまだ安心感を覚えることはないだろう。
現在のライオンズにおいて、片岡選手が最も守備の上手い選手の1人であることに間違いはない。片岡選手の好プレーのおかげで勝てた試合だって少なくはないはずだ。それでもなぜ筆者が片岡選手を名手と呼ばないかというと、それはプレーに対するギャンブル性に起因している。もちろんこのギャンブラー気質は片岡選手の大きな魅力となっているのだが、しかし名手という言葉をここに当てはめることはできない。
片岡選手が盗塁や走塁においてギャンブルスタートを切ることは広く知られている。しかし守備に関してもギャンブルしていることを、どれだけの人が気付いているだろうか。ギャンブルという言葉を使うと誤解を招いてしまうかもしれないが、名手が理性でプレーをしているのに対し、片岡選手は野生味でプレーをしているという印象だ。
例えばランナー1塁という場面、ファーストは1塁ベースに付いているため、一・二塁間のヒットゾーンが広くなってしまう。そのため通常のポジショニングであれば難なくファーストゴロになる当たりも、ライト前に抜けてしまうことがある。この打球を追う時、片岡選手はギャンブルをすることが多い。
結論から言ってしまうと、次のプレーを考えることなく、とにかく打球に追いつく動きのみを行っているのだ。そして打球に対しグラブ手を伸ばして行くシーンでも、打球を見ていないことが非常に多い。もちろんこれは良い悪いということではない。この野性味溢れる感覚は片岡選手の魅力にもなっているため、これはこれで良いと筆者は考える。しかしこれを「名手」の部類に入れても良いかと聞かれれば、筆者はノーと言うわけだ。
では名手とは?筆者はライオンズにおいては辻初彦選手、高木浩之選手をリアルタイムで見続けて来た。この2人は間違いなく名手と呼べるだろう。では片岡・中島両選手と、辻・高木両選手の違いとは?まず最初に比べられるのが走力だろう。片岡・中島両選手に比べると、辻・高木両選手は決して足は速くはなかった。走塁技術に関しては非常に高いものを持つ2選手ではあったが、50mのタイムを計ったなら、片岡・中島両選手の俊足さには敵わないだろう。だが守備範囲に関しては走力のある中島選手よりも、むしろ足が速くない部類に入っていた高木選手の方が広かった。
辻・高木両選手は、片岡・中島両選手にはないものを持っている。それは確固たる理性だ。つまり、常に次のプレーが頭に入っているのだ。例えば先ほど挙げた片岡選手のギャンブルプレーに関しても、辻・高木両選手の場合は追いついた先のことも考えている。捕球後1塁に投げるのか、2塁に行ったランナーを牽制するのか。これらの動きに対する流れが、辻・高木両選手に関しては常に存在していた。
片岡選手が打球に対して目を切ってしまうシーンでも、辻・高木両選手はグラブ手に右手を添える仕草を見せている。つまり捕るだけではなく、捕った後すぐに投げられるように準備をしているということだ。
そしていわゆるファインプレーに関してもそうだ。ダイビングキャッチをしてアウトを奪うとスタンドは大いに沸く。だがこのダイビングに関しても上手い下手の見分けができる。ダイビングに関しては、中島選手よりも片岡選手の方が上手い。
中島選手の場合、すべてがすべてと言うわけではないが、真横にダイブするシーンがまだ見受けられる。真横にダイブして捕球できるということは、あと1歩足を使えば打球に追いつけるということを意味している。名手は決して真横にはダイブしない。そもそも名手と呼ばれる選手は基本的にはダイビングキャッチを嫌う。最近で言えばヤクルトの宮本慎也選手、中日の井端弘和選手などがそうだろう。
名手がダイビングキャッチを試みる時は、選択肢の最後の最後、飛ばなきゃ捕れないし、飛んで止めることさえできれば失点を防げるかもしれないという場面だけだ。そして何度も言うが真横にダイブすることはなく、ダイブする時は必ず斜め後ろにダイブをする。斜め後ろにダイブして辛うじて捕れる打球というのは、真横に追いかけたりダイブしても決して捕れない打球なのだ。
中島選手がもう一段上のショートストッパーになるためには、この判断も大切な要素となってくるだろう。さらに言えば中島選手はストライドがやや大きい。二遊間を守る選手は、守備ではストライドを小さくする必要がある。それこそ股関節をクルクルと回してサササーっと走っていくイメージだ。この動きをしていたのが辻選手であり、高木浩之選手だったわけだ。
このようにさらに上のプレーを考えて行った時、ライオンズには非常にもったいないと感じさせる面がある。それはコーチングスタッフの編成だ。中島選手は恐らく近い将来メジャーリーグに移籍してしまうだろう。となるとショートストッパーの育成は現在急務となっている。だがファームの守備コーチを任されているのは、鈴木康友コーチと熊澤とおるコーチだ。鈴木コーチは現役時代確かに守備は上手い方だったとは思うが、しかし名手ではなかった。一方熊澤コーチは、守備よりも打撃理論に長けているコーチだ。
色々と理由があるとは思うのだが、筆者はなぜ高木浩之氏にコーチを任せないのか不思議でならない。現在は編成部(スカウト)でアマチュアを担当しているのだが、彼の野球観を編成部に置いておくのは非常にもったいないと筆者は感じる。もちろん球団としてはその野球観でもって、次世代の内野手を探して欲しいという考えなのだろうが、原選手、浅村選手、美沢選手などが高木氏の指導を受けられれば、彼らはもっと伸びていくはずだ。また高木氏は大学時代にキャプテンを任されていた経歴もあるため、言葉を使うことは決して苦手ではないはず。
ここで守備に定評のある中日ドラゴンズを少し見ていくことにしよう。中日の守備コーチを見ていくとまず見つかるのが辻初彦コーチだ。そして奈良原浩コーチ、苫篠誠治コーチがいる。彼らは黄金時代のライオンズで鉄壁の守備陣を支えた名手たちだ。特に辻コーチ、奈良原コーチの守備は芸術的とも言えた。そしてさらに2軍監督には川相昌弘監督の名前がある。言わせてもらえれば、名手だらけだ。これだけ名手と呼ばれたコーチ陣がいるのだから、中日の守備が鉄壁であることにも納得ができる。
もちろんコーチ陣に名手を集めればそれで良いというわけではない。指導力・洞察力のある名手である必要がある。例えば有名どころで言えば山崎裕之氏のような人材だ。ライオンズは山崎氏に対し何度も監督要請を行ってきたが、「家族の側にいたい」という本人の意向が強く、山崎監督誕生は実現していない。それだったら家族の側にいられるように2軍で臨時コーチなどを任せてみたらどうかと筆者はよく考えてしまう。
いずれにせよライオンズは今後、外部招聘を含めたしがらみなきコーチ編成を行えないようでは、鉄壁の守備陣形を整えることは難しいだろう。特に数年後、中島選手が抜けてしまった後は間違いなく苦労すると思う。そのためにも球団は、名手を育てられる環境を整える必要があるだろう。そしてそれは同時に片岡・中島両選手のさらなるレベルアップにも直結していくと筆者は考えている。
2010年02月22日 13:18
小野寺投手のボールが簡単に打たれる理由
小野寺力投手はなぜ打たれてしまうのか?なぜあれだけ恵まれた体格を持ち、素晴らしいボールを投げられるのに、打たれる時はいとも簡単に打たれてしまうのか?筆者が考えるに、それは変化球が曲がり出すポイントだと思う。つまり変化球が曲がり出すタイミングが早すぎるために、打者に球種を見極められてしまうということだ。そもそも変化球とは何物なのだろうか?なぜ曲がるのだろうか?例えばスライダー。小野寺投手もスライダーを投げることができるが、スライダーという球種は誰にでも投げることができる。そしてスライダーが横にスライドしていく原理は、重力に隠されている。地球に重力が存在するからこそ、スライダーという球種は存在している。ここで「あれ?」と思われた方も多いと思う。「スライダーは横に滑る球種なのに重力?それじゃフォークボールじゃないか」と。最もな疑問だと思う。
速い初速で投げられたボールは、ある程度の時間は重力の影響を受けない。と言うよりは、重力よりも強いエネルギーを持って突き進むことができる。だがそれもバッターの手元近くまで行くとその勢いは衰え、重力やマグナス力が働きやすくなる。
右投手が投げるスライダーの場合、通常のバックスピンから左側に回転軸が傾く。ボールに串が刺さっていると想像してみて欲しい。バックスピンストレートの場合はその串の左右がほぼ水平になっている。この串が、首をかしげるようにして左に傾けばスライダーとなり、右に傾けばシュートとなる。
ボールを投げられた直後というのは、まだ手から放たれた時の勢いがそのまま活きている。しかしマウンドからホームベースまでの18.44mの後半に入って行くとその勢いは衰え、ボールは重力の影響を受け出す。つまり下に沈んで行くということになる。通常のバックスピンであれば、ボールは重力に身を任せそのまま落下していく。だがスライダー回転がかけられて投げられたボールは、その回転のマグナス力の影響を受け、ボールは左打席側へと滑って行く。
右投手が投げるスライダーのマグナス力は、左上に向かって働く。だがスライダーが左上に曲がることはありえない。なぜなら上方向に働くマグナス力は、重力によって相殺されてしまうからだ。そうすると残る力は左方向へのマグナス力のみとなる。ボールは、空気抵抗が少ない方少ない方へと曲がりたがる。つまりマグナス力が働いている方向だ。
もし地球に重力が存在していなかったら、投じられたボールの勢いが衰えることはない。いや、そもそも重力がなければ、ボールにエネルギーを込めることは不可能だろう。速いボールを投げることにも、ボールを遠くまで打つことにも欠かせないのが反力だ。つまり地球に、重力という反力があるからこそ球技は成り立っている。
さて、話をここで小野寺投手に戻したいと思う。小野寺投手の変化球は曲がり出すタイミングが非常に早い。理由はもうすでにご理解いただいていると思うが、小野寺投手のボールは、他の投手のボールよりも早いタイミングで重力に負けてしまっているのだ。だからこそ早いタイミングでボールが曲がり出してしまっている。
150km以上の剛速球を投げるのに、130km台の野上投手のボールよりも重力に早く負けてしまっている。これはなぜなのか?その理由は投球モーションにある。小野寺投手の投球モーションは、アクセラレーション(ボールを加速するための腕のスウィング動作)の距離が非常に短い。岸投手や西口投手と比べたらその差は歴然だ。
アクセラレーションの距離が短いと、加速距離が減るということになるため、ボールの勢いは短時間しかキープできない。つまりピッチングにおいては、18.44mの前半でしかキープできないということになる。逆にアクセラレーションの距離が長いと、18.44mの7割前後の間、ボールの勢いをキープできるようになる。それだけ長い時間勢いをキープすることができれば、初速と終速の差もそれだけ小さくなる。
小野寺投手の場合はアクセラレーションの距離が短いため、ボールの勢いは18.44mの前半で失速してしまう。例え初速が150kmだったとしても、終速は130km台だろう。150kmのままであればバッターは振り遅れてくれるが、130km台まで落ち込んでしまうと、せっかく振り遅れたバットにボールの方が合って行ってしまう。
そしてフォークにしてもスライダーにしても早い段階で曲がり出してしまうため、打者には簡単に見極められてしまう。フォークボールが良い場所に落ちているにも関わらず空振りを取れないというのは、ここに原因がある。
対処法としては、サイドスローに挑戦するというものがある。もちろんサイドスローに転向するという意味ではなく、サイドスローに挑戦することで、肩甲骨を深く使うという感覚を身体に覚えさせるのだ。サイドスローの腕の角度の場合、肩甲骨を最も楽に動かしやすくなる。そして覚えた肩甲骨の動きを、オーバースローの中に取り組めれば小野寺投手のボールはもっと良くなるはずだ。ちなみにこの調整方法で大成功したのが巨人の斎藤雅樹投手だった。斎藤投手はサイドスロー転向後、5度最多勝に輝いている。
小野寺投手は肩甲骨を上手に使えているピッチャーではない。それはピッチングモーションを見ていれば良く分かる。分かりやすく表現するため大袈裟に言うと、小野寺投手のモーションは二次元なのだ。つまり縦と前後のみ。ピッチングモーションの中に左右の動きが少ないため、縦と前方向の動きのみでボールを投げてしまっている。ということは左右の動きが少ない分ボールに勢いをつけられないし、少ない個所に投球の負担を集中させてしまうため、故障も起こしやすくなる。
変化球投手ならこれでもある程度は通用するだろう。だが小野寺投手は違う。本格派だ。しかし小野寺投手のモーションは、上半身・下半身ともに変化球投手の動きをしている。昔阪急にいた山沖投手を覚えている方はいるだろうか?小野寺投手の下半身の使い方は、山沖投手によく似ている。上げた左足を垂直方向に落とし、落とし切ったら今度は前方向へと並進させていく。つまりステップが直角の動きになっているのだ。
このステップは、球速を求めない変化球投手の場合には球の出所を安定させられる効果があるが、小野寺投手の場合は自身の魅力を殺してしまう結果となる。つまりボールの安定感を求めるあまり、ボールの勢いを失ってしまっているのだ。そしてこれは、変化球が早く曲がり出してしまう大きな要因にも繋がってしまっている。
筆者はこう考えている。小野寺投手には身長が188cmあることを忘れて欲しい、と。もし身長が175cmしかなかったとしたら、果たして小野寺投手は今と同じ投げ方をするだろうか?筆者は決してしないと考えている。もし自分が175cmだったらどんな投げ方をしようとするか、小野寺投手にはそれを考えてもらいたい。自分の身長に頼らないピッチングができるようになれば、小野寺投手は必ず良くなるはずだ。そして今季は工藤公康投手という素晴らしいお手本もいる。
小野寺投手にはいつまでもB班にいるのではなく、直訴してでもA班に上がって来てもらいたい。先日松下投手がB班に落とされた際、A班に上げられたのは長田投手と山本投手だった。この悔しさをもっと前面に出し、今季小野寺投手には復活を遂げてもらいたいと筆者は切に思う。
2010年02月20日 15:28
赤田選手のトレードは、西武側の要望で実現
赤田選手のトレードはファンにとってもチームにとっても悲しい出来事となった。しかし赤田選手本人にとっては、これが吉となるトレードとなって欲しい。筆者はこのトレードが、てっきりオリックス側からの要望で実現したものだと思っていた。しかし実際には西武側が申し入れる形で成立したらしい。オリックスの岡田監督自身も驚いていて、まさかストーブリーグが終了したこの時期になって、しかも同一リーグでトレードが成立するとは思っていなかったようだ。現に小瀬選手の穴は空けたままシーズンを迎える覚悟だったらしい。
西武がこのトレードを申し入れたのは、恐らくは親心からだろう。決して赤田選手が必要ではなかったということではない。むしろ赤田選手はライオンズというチームを1つにまとめるためにも必要な選手だった。それでも西武が赤田選手を放出したというのは、やはり親心なのだろう。
近年ライオンズの外野争いは熾烈を極め、赤田選手は怪我などもありなかなかレギュラーを獲得することができなかった。真面目な性格である赤田選手にはこれがプレッシャーにもなっていただろう。本来ならば自分がチームを引っ張って行かなくてはならないのに、怪我をしたり調子が上がらずにファームに落ちたり。気持ちと身体がリンクして行かないジレンマもあったと思う。
それならば、ライオンズよりももっとレギュラーを獲得しやすいチームに移籍させてあげ、もっと伸び伸びと野球をあらせてあげたいと球団は考えたに違いない。プレッシャーの少ない場でプレーをさせてあげれば、赤田選手はもっと結果を出せる選手だ。
赤田選手にはオリックスで確固たるセンターの定位置を獲得し、笑顔で西武ドームに帰ってきてもらいたい。そしてその時にはぜひファン全員で、スタンディングオベーションで迎えてあげましょう!
2010年02月19日 14:49
赤田将吾選手、18日朝に伝えられたトレード
赤田選手本人にトレードが通告されたのは、18日の午前9時半のことだった。アーリーワークを終えると球団スタッフに呼ばれ、オリックスへの移籍を告げられた。このニュースは筆者にとっても本当に悲しいものだった。昨年からトレード話が頻繁に浮上していた赤田選手ではあったが、球団はそのたびに「トレードの話はない。これからもライオンズで頑張って欲しい」と赤田選手に伝えていた。だが現実は違い、春季キャンプも終盤に差し掛かるこの時期でのトレードとなった。その背景にあるのは当然小瀬選手の死だ。小瀬選手の穴を埋めるべくオリックスが探していたのが俊足巧打の外野手だった。そして主戦級の選手以外となると若干層が薄くなるライオンズの内野陣。この2チームの思惑が合致し、今回のトレードに至った。
ライオンズのナインに伝えられたのは、18日に行われた韓国斗山との試合後だった。試合中は誰も赤田選手のトレードのことは知らず、知るのは赤田選手のみ。だからこそ赤田選手はこの試合で何が何でもヒットを打ちたかった。すると途中出場した8回での打席、その強い思いが実を結び、ライオンズでの最終打席をライト前ヒットで締めくくった。
試合後、ナインは食堂に集められて赤田選手のトレードの話を聞かされた。誰よりも先に号泣し出したのはエース涌井投手だった。涌井投手は石井貴投手が引退した2007年の西武ドーム最終戦でも号泣している。一見クールに見えるが内面はとても繊細で、感情の豊かな選手なのだ。そしてそんな涌井投手の姿を見てもらい泣きしてしまったのが、当の赤田選手だった。
トレードが知らされるとナインは赤田選手を外野に引っ張り出し、胴上げをした。背番号と同じく9回、赤田選手は宙を舞った。その間も赤田選手はずっと目頭を押さえていた。ライオンズというチームはチームであると同時に、ファミリーでもある。こんなに温かい雰囲気のチームは、他を探しても見つからないはずだ。
11年間まとったライオンズのユニフォーム。ライオンズのコアなファンから、誰よりも愛された選手が赤田将吾だった。そしてライオンズのために、ライオンズファンのために、誰よりも尽力してきたのも赤田将吾だった。度重なる怪我に熾烈な外野争い。赤田選手にとっては必ずしも良い時期ばかりではなかった。2004年にブレイクをするもその後は長い時期を怪我のためにファームで過ごした。
だが赤田選手はライオンズを愛し、ライオンズもまた赤田選手を愛した。だからこそこのトレードには非常に驚いてしまった。筆者としても「まさか」という思いが強かった。近日アップするつもりで赤田選手のコラム記事も書き溜めていただけに、この突然のトレードには本当に驚いてしまった。
怪我さえなければもっと早い時期にレギュラーの座をつかめていたと思う。松井稼頭央選手に憧れているだけに、ファンとしても赤田選手には稼頭央選手のような選手になってもらいたかった。ライオンズのユニフォームを着て。
筆者が初めて赤田選手のプレーを見たのは99年の後半戦だった。松坂大輔投手とともに高卒1年目で、2軍で大活躍をしての1軍昇格だった。当時の東尾監督は松坂投手の話し相手として赤田選手を昇格させたのだったが、しかし赤田選手は昇格後、13試合で14安打放つという活躍を見せた。まだセカンドを守っていた時期だったと思う。
入団時から応援し続けている選手が移籍、引退してしまうのは、ファンとしては本当に悲しい。だが一緒に戦い続けたナインたちはもっと悲しいのだろう。マウンドではあれだけ度胸満点のピッチングをする涌井投手であっても、涙を押し殺すことは出来なかった。そして未だB班にいる親友小野寺投手にとっては、とても悔いが残ったことだろう。本来ならばA班で一緒に胴上げをしてあげたかったはずだ。
ファンとしては本当に悲しいことではあるが、今シーズン赤田選手が西武ドームに帰ってきたら、筆者は心からの拍手を送ってあげたいと思う。
赤田選手、オリックスに行ったら今まで以上に大活躍し、いつか選手・指導者としてまたライオンズに帰ってきてください。大阪でも暴れん坊将吾で頑張れ!!
赤田選手本人のトレードに関するコメント
小野寺力投手のコメント
藤田太陽投手のコメント
2010年02月19日 01:56

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