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小岩ジェッツ

守護神候補の小野寺投手は、なぜB班なのか?

小野寺力投手はなぜ春季キャンプ、B班スタートになったのだろうか。昨秋に痛めた肩の状態も悪そうではないし、戦力的に言えば1軍にいなくてはならないレベルの投手だ。それなのに渡辺監督はあえて、小野寺投手をB班スタートとした。

これは恐らく、渡辺監督の親心なのだろう。B班に行かせたからと言って、決して期待していないというわけではない。反対に、期待しているからこそのB班だったのだろう。だが筆者個人の感想としては、小野寺投手のブログのコメントには少しばかりガッカリしてしまった。

もちろん筆者が感じたことと、実際に小野寺投手が書きたかったこと、伝えたかったことは別なのだと思う。しかし「キャンプは所沢スタートになりました!!宮崎でスタートしたかったですが、仕方ないですね」という書き込みを読んでしまうと、筆者は小野寺投手がB班行きを受け入れてしまっていると感じてしまうのだ。もちろん実際はそんなことはないと思う。これからピッチを上げて、全力でA班入りを目指してくれるとは思う。だがファンとしては、その心意気をブログを通して伝えて欲しいのだ。「出陣式までに監督の気持ちを変えて見せます!」くらいのことを言って欲しいのだ。

小野寺投手は2007~2009年の3年間は、まったく期待通りのピッチングをすることができなかった。日によっては本当に素晴らしいピッチングを見せてくれたりもするのだが、しかしそれが長続きしない。昨日はどこに投げても打たれる気がしなかったのが、今日になるとどこに投げても打たれるような気がしてしまう。ここ3年間の小野寺投手はそんなピッチングの繰り返しだった。

2008年の春季キャンプ。渡辺監督は前年低迷していた星野投手をB班スタートにした。これは1軍に安住したと若干気を抜いてしまった星野投手の、ハングリー精神を目覚めさせる処置だった。今回の小野寺投手のB班行きも、恐らく同じ理由ではないだろうか。渡辺監督は小野寺投手をB班に振り分けることで、反骨精神の目覚めを期待したのだと思う。

小野寺投手は「メンタルが弱い」と評価されることが非常に多い。筆者もそれは感じている。だがメンタルが弱いとは、実際はどういうことなのだろうか。生理的に言うと、ピンチに動じてしまうとか、チャンスで浮き足立ってしまうとか、そういうことになる。つまりその場の環境や雰囲気が瞬間的に変わった時、自分の精神状態を上手に調整することができない、ということになる。

例えば理想論の話をすると、ピッチングにしろバッティングにしろ、80点でもダメだし、120点でもダメなのだ。あくまでも100点であることが理想とされる。80点の時はそれなりにコントロールが甘くなったりするだろう。そして120%の時は逆に力が入り過ぎてスピードは出るものの、ボールの切れを失ってしまう。

小野寺投手投手がメンタル面を強化するためにはまず、自分自身の100点のポイントをハッキリと掴む必要がある。だがそれは結果論ではない。例えば100点のピッチングをして打たれたなら、それはそれで仕方ないのだ。配球の組み立ても投げたボールも100点。それで打たれたらバッターを誉めてあげればそれでいいわけだ。だから100点というポイントを結果論で見てしまってはいけない。

高めのストレートがホームランになるか、ポップフライになるかは紙一重だ。しかしたまたま高めに良いボールが行って打たせたポップフライよりも、高目を狙ってベストピッチをして打たれたホームランの方が、筆者は価値があると思っている。だからこそ小野寺投手には結果論のみで自分のピッチングを判断してもらいたくはないのだ。

2009年にしても、最高のピッチングをしたにも関わらず打たれてしまった場面があった。だがそんなことはピッチャーをやっている限り誰にでもあることだ。しかし小野寺投手の場合、そこから調子を崩してしまうことが少なくないように感じる。「ベストピッチをしたのに打たれてしまった・・・」と落ち込んでしまっているように筆者は時々感じてしまうのだ。

だが打たれたものは仕方がない。年間50試合前後投げて1点も取られないピッチャーなんて、絶対的守護神だとしてもありえない。あの豊田清投手だってキャリアハイの活躍をした2002年は年間5点、2003年は年間8点取られているのだ。ヒットだって60イニング弱を投げて30本以上打たれている。

そんな豊田投手は打たれた後、意外にもクヨクヨしてしまう性格らしい。打たれたことを引きずり、長時間をその反省に費やしてしまう。そのクヨクヨを断ち切るために、マウンド上であの儀式を行っていたというわけだ。投球練習を終え、ボール回しから戻ってきたボールを受け取り、マウンド上で数秒間の瞑想。この儀式が豊田投手に強い平常心と闘争心を与えていた。

逆に、豊田投手の親友でもある小林雅英投手のように、打たれたことをあっさりと忘れてしまうタイプのピッチャーもいる。小林投手はクローサーとして登板し逆転負けを食らったとしても、それを一々気にすることはしない。打たれたことは試合後のシャワーで汗と一緒に洗い流してしまえるらしい。さすがに小野寺投手にそこまでは求められないが、しかしこういうピッチャーもいるということをしっかりと知っておき、忘れなければ、小野寺投手もマウンドをもっと楽しめるようになると思う。

小野寺投手を見ていると、どうしてもプレッシャーを1人で背負い込んでしまっているように感じる。緊迫した場面では、その緊張感をすべて自分の肩に乗せてしまっているのだ。もちろんピッチャーとしてその責任感はとても大切だとは思うが、しかし本来野球は楽しむべきものだ。それはプロでもアマでも同じだと筆者は考えている。マウンド上で野球を楽しむ姿をファンに見せることができれば、小野寺投手に憧れるファンは益々増えるだろう。だが勘違いしないで欲しいのは、打たれても気にせず楽しめ、ということではない。打たれたら打たれたなりに悔しがる姿が必要だ。

ピッチングは楽しみ、悪い結果に対しては悔しがる。これが小野寺投手には必要だと思う。もし小野寺投手がマウンドに行くことを楽しめていないようなら、現役生活はこれから長く続くことはないだろう。潮崎コーチは引退直前、登板の指示があっても「俺なの?投げたくないよぉ」と心の中で思っていたらしい。ピッチャーの引き際とは体力に限界を感じた時ではなく、マウンドに登りたくないと感じてしまった時だと思う。

だが小野寺投手はあと10年は投げていなくてはならないピッチャーだ。これから30歳を過ぎていけば球威も少しずつ落ちてくる。だがそれでも40歳まで投げ続けることは可能だ。小野寺投手には、そういうピッチャーになっていってもらいたい。向う10年は、小野寺投手には背番号14を守り続けてもらいたい。

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2010年01月22日 19:37 




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