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小岩ジェッツ

夢を与え続けている人、工藤公康投手

日本のプロ野球は今、大きく変わろうとしている。国際試合への対応も急ピッチで進められ、今シーズンからプロ野球もボール・ストライクの順でカウントをコールすることになった。今までは2ストライク・1ボールとコールされていたが、これが今年からは1ボール・2ストライクとコールされるようになる。恐らくプロ野球中継でもこれは変更され、今までは上からストライク(黄)・ボール(緑)・アウト(赤)の順番で表示されていたのが、今年からは緑・黄・赤の順番に変わっていくのだろう。

そしてボールに関しても、加藤コミッショナーはなるべく早く12球団でボールを統一したい意向のようだ。これに関しては筆者は加藤コミッショナーに賛成なのだが、しかし現実的にはボールを一社のものに統一してしまうことで独占禁止法に抵触してしまう可能性があるらしい。だがこのように国技である野球の発展を阻む法なのであれば、改正や特例も認めるべきだと思う。

そもそも日本で硬式ボールが作られるようになったのは大正時代のことだった。アメリカから持ち帰られたボールを真似て作り始めたのだが、その当時のアメリカの硬式ボールは縫い目が130個だったり、116個だったりと統一されていなかった。しかもアメリカ人向けに作られたボールは、当時の日本人の手の大きさにはあまりに大きすぎた。そのため日本のボール製造業者が改良に改良を加え、現在の硬式ボールの素を作り上げた。それが大正5年のことだった。

予断ではあるが物理的に野球を見て行った時、雄星投手が投げる150kmのボールを、G.G.佐藤選手が155kmのバットスウィングでジャストミートすると、ボールとバットが触れ合っている時間は約1000分の1秒で、その僅かな時間の間にボールは約半分の大きさまでつぶされる。そしてその時の衝撃は実に1.5トンを超える。

早ければ来シーズンから導入される可能性のあるグローバル・ワールド・シリーズ構想。今筆者が最も期待しているのがGWSの開催だ。つまりメジャーナンバー1チームと日本のナンバー1チームが、真のチャンピオンの座をかけて戦う優勝決定シリーズだ。両国のコミッショナー同士は現実的に話し合いを進めているようだが、しかし両国ともに前向きではない人もいる。

アメリカではやはりWBC同様、オーナーたちは選手の怪我を懸念しているのだろう。そして日本でも阪神の新井選手会長が懸念を示している。ファンからすれば、オーナーの意見は分からないでもない。特にアメリカのベースボールはビジネス色が濃いことから、選手を1つの投資対象と見なしている。だが選手にだけは前向きになってもらいたい。多くの選手がメジャー移籍を熱望し、野球最高峰でのプレーを希望しているのだ。しかしGWSが実現されれば、メジャー移籍をしなくてもそれが可能になる。遊び半分で開催されていた日米野球とも訳が違う。

もちろん新井選手は、開催するにあたって様々な問題点があることを承知の上であえて否定的なコメントをしたのだと思う。恐らくそれは古田選手会長であっても、純粋に喜びのコメントだけを出すことはなかっただろう。しかしファンとしては選手に喜んでもらいたいわけだ。WBCのようなナショナルチームでの対戦もエキサイティングするのだが、しかし球団対球団、プロチーム対プロチームのガチンコ対決も、ファンとしては見てみたいのだ。

涌井投手の投球術が、メジャーリーガーにどこまで通用するのか。岸投手のカーブをメジャーリーガーたちはバットに当てられるのか。G.G.佐藤選手のパワーはメジャークラスなのか。中村選手はメジャーのエースを粉砕できるのか。ファンの夢は尽きることはない。

日本という国が経済的に発展していった背景には、常に野球があった。巨人軍には長嶋・王というスーパースターが存在し、他のチームは巨人に勝つことに命をかけて戦っていた。ファンはそのようなプロフェッショナルのガチンコ対決に胸を打たれ「よし、俺も頑張ろう!」という気持ちにさせられていた。

しかし今はどうだろうか。100球を超えたら降板を直訴する先発ピッチャーさえ存在してしまうほどだ。これでは夢も何もあったものではない。「相手の先発がマウンドにいる限りは、俺もマウンドを誰かに譲る気はない」、そう考えているピッチャーは果たして球界に何人いるのだろうか。涌井秀章投手のような考えの持ち主は、稀少とも言える。

今日本だけではなく、世界中から夢というものが減ってしまっている。これが不況を呼び起こした最大の要因ではないだろうか。夢がないから頼れるものはお金、という発想に繋がってしまう。もちろんお金は大切だ。だが貧乏であっても夢さえあれば心は満たされるし、幸せになることはできる。幸せになれないお金持ちよりも、幸せな貧乏人の方がきっと輝いているはずだ。

そして我々一般人にそんな夢を与えてくれるはずの存在が、プロ野球選手たちなのだ。工藤投手の子どもの頃は、本当に生活が貧しかったらしい。5人兄弟の4男として育った工藤投手は、着る物は当然お下がりばかりだし、習字の道具も兄弟で1セットしか買ってもらえなかった。そのためもし兄と習字の授業が被ってしまうと、工藤投手は先生に「忘れました」と言って叱られるしか選択肢はなかった。

高校3年で西武の入団が決まるまでは、コーンスープの存在すら知らなかった工藤投手。コーンスープの存在を初めて知ったのは、入団交渉の挨拶が行われたホテルでの食事の席だった。工藤投手と両親、そして西武の担当者での会食。コーンスープのあまりの美味しさに、工藤家3人は全員でお代わりしてしまったそうだ。

貧しい家に育った工藤投手でも、夢を失わずに頑張り抜いたことで日本の野球史に名を残す大投手となった。そして今は我々ファンのみならず、中年の星として今なお現役で投げ続けている。そして今年の5月5日には47歳を迎える。これこそ夢を失わずにいるということの強みだと筆者は思う。工藤投手は今もメジャー挑戦への夢を失ってはいない。

工藤投手にはGWSが実現するまで現役で投げ続けていて欲しい。そしてライオンズの一員として日本一に輝き、メジャーナンバー1チームを相手に投げて欲しい。そして我々ファンに、更なる夢を与えて欲しい。

生きるということにおいて最も恐ろしいのは、夢を失うことだと筆者は考えている。もちろん筆者にも夢がある。まだ幼い頃に、工藤投手と渡辺久信投手に与えられた夢。叶うかどうかは分からない。しかしその夢があるからこそ、毎日を頑張ることができる。

プロ野球選手は損得勘定で言葉を発するのではなく、野球選手としての本能だけで喋っていてもらいたい。その方がファンはより多くの夢を持つことが出来るのだ。夢を与えることこそプロ野球選手の最大の仕事だと思う。そしてその夢を与え続けている工藤投手は、200勝を達成したという偉業よりもさらに素晴らしいと思う。

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2010年01月26日 16:11 

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