岸孝之投手こそ、すべてのピッチャーのお手本
明けましておめでとうございます。昨年4月3日の開幕戦で立ち上げたこのブログも、短い間で本当にたくさんの方に読んでいただくことができました。そしてその多くの方から感想メール、励ましのメールをいただきました。本当に感謝いたしております。メールのお返事は遅れることもありますが、100%返信いたしておりますので、もしご感想などあればお気軽にお寄せくださいませ。それでは、2010年度も日刊埼玉西武ライオンズのご愛読、どうかどうかよろしくお願いいたします。さて、筆者は新年早々ある1冊の本を購入した。それは野球肩・野球肘を治すための方法が書かれたもので、著者は元プロ野球選手の柔道整復師。彼は「甲子園史上最も美しいフォームの投手」と評されていたようだが、書かれている内容に関しては酷く、勉強不足と言わざるを得ない。
もちろん書いてある内容すべてが悪いというわけではないが、野球選手、特にピッチャーにとっては致命的な内容が多かった。この本が昨年までに13刷もされ、多くのアマチュア選手に読まれていると考えただけで筆者は恐ろしくなる。
いくつか例を挙げると、まずインナーマッスルを鍛えるためのトレーニング方法の記述の1つだが、この本の通りやるとインナーマッスルではなくアウターマッスルが鍛えられてしまい、意味を成さない。
そして最も致命的になると思われるのが「肩・ひじを痛めない投球フォーム」の章だ。もしこの本の通りの投球フォームで練習をし続ければ、今まで怪我をしたことのなかった選手まで怪我をすることになるだろう。この本を読んでいるとつくづく感じた。投球フォームに美しさなど必要ない、と。大切なのはフォームの中に存在する1つ1つのモーションだ。モーションさえ間違わなければ、肩は消耗品にはならない。そしてモーションさえ間違わなければ、フォームなんて何だっていいのだ。トルネードだろうがサブマリンだろうがマサカリだろうが。
ただしもう一度付け加えておくと、書いてあることすべてが間違っているわけではない。例えばストレッチやクールダウンに関する記述は勉強になるだろう。だがこの本を読んで、野球肩・野球肘を根本的に治すことは難しいと筆者は個人的にだが思っている。
新年最初の記事をなぜこのような冒頭にしたかと言うと、岸投手の話をしたかったからだ。今年の先発ピッチャー陣で、筆者は岸投手に最も大きな期待を寄せている。
昨年は残念ながら銀仁朗捕手のリードが岸投手の好投を引き出せなかった試合が多かった。岸投手の調子が悪ければ、そのまま試合の終盤までズルズル行ってしまった。いわゆる「城島リード」の弊害というか、弱点だと筆者は考えている。
一言で言うと、あの「岸カーブ」を狙い打ちされる場面が多かったわけだ。だがリードをもっと三次元で行えていれば、岸投手自身の調子が悪かったとしても、悪いなりに試合を組み立てることはできていただろう。その点で、今季細川捕手が完全復活すれば、岸投手の勝利数は自ずと増えていくはずだ。
「岸カーブ」と表現したのは、他のピッチャーが投げるカーブとはまるで別のものだからだ。もちろん曲がり方が違うということもあるのだが、それ以上に投げ方が違う。実は筆者も現在岸カーブを習得しようと練習しているのだが、普通のカーブとは投げた時の感覚がまったく違う。
右ピッチャーが投げる普通のカーブは、リリース時は腕(手)を小指方向に回旋させてボールにカーブ回転を与えている。この投げ方は身体の仕組みを理解すると、決して安全な投げ方ではないということが分かる。野球肘の多くは、この運動が引き起こしている。そのため近年では、まだ身体ができていない少年野球では変化球は禁止されている。
だがもし日本の野球指導者に正しい運動生理学の知識があり、岸カーブの投げ方を教えることができれば、小学生が岸カーブを連投しても肘を痛める可能性はかなり低くなるだろう(もちろん投げ過ぎは禁物だが)。
普通のカーブは腕を小指方向にひねって投げると先述したが、岸カーブはこれが逆なのだ。つまり腕を親指方向にイン・スパイラル(内旋)させてカーブを投げている。恐らく日本のプロピッチャーでこれができるのは、現段階では岸投手だけではないだろうか。いや、ひょっとしたら世界中のプロピッチャーの中でも岸投手1人だけかもしれない。それほど特殊で、身体の理に適ったカーブの投げ方をしている。
投球時の腕の回旋を1つずつ見て行くと、テイクバックは内回旋、コッキング~レイトアクセラレーションまでは外回旋、リリース時に初めて指先がキャッチャーミットに正対し、フォロースルーでは再び内回旋となる。この投げ方こそが肩・肘に最も負担が掛からず、しかも初速と終速の差を最大限に減らすことのできる投球時の腕の使い方なのだ。ライオンズでこれを完璧に実践できているの1軍クラスの投手は工藤投手、西口投手、星野投手、それに岸投手の4人。
しかしこの中でも、カーブにおいてもなおこの腕の使い方ができているのは岸投手ただ1人だ。岸投手がこの投げ方を今後も持続することができれば、外傷や酷使、筋力低下以外で肩・肘を壊す心配はほとんどないと思う。
西武戦中継の映像を見ている限りでは、岸投手はカーブを投げる際人差し指を浮かせて投げている。中指ではボールを線で握り、人差し指は指先の点で押さえていると思われる。つまり人差し指と中指を使いボールを四角で握るのではなく、三角で握っているわけだ。この利点は、ボールが抜けやすくなるという点にある。
岸投手のストレートを投げる際とカーブを投げる際での腕の振りは、まったく同じだ。だがストレートとカーブの違いは、今お話した握りと、リリースポイントにある。岸投手の投げ方はリリースの瞬間のみ指先がキャッチャーミットと正対するのだが、カーブを投げる際はこの時点ではもうすでにボールは放たれている。わずか0.0数秒の差でしかないのだが、この差がバッターのタイミングを大きく狂わせている。
実はライオンズにはもう1人このようなボールを投げるピッチャーがいた。それは潮崎コーチだ。潮崎コーチの場合はカーブではなくシンカー(反対側に曲がるカーブ)なのだが、潮崎コーチのシンカーにも、岸投手のカーブ同様のことが言える。
潮崎コーチの場合は中指と薬指にボールを挟んで抜くことで、あの独特なスローカーブのようなシンカーを投げていた。普通のシンカーはシュートが沈むイメージなのだが、潮崎コーチの場合はまさに逆方向に曲がるスローカーブだった。この魔球とも呼べるボールがあったからこそ潮崎コーチは入団1年目に8者連続三振をやってのけ、岸投手は2008年の日本シリーズで巨人相手に14回2/3を無失点に抑えMVPに輝いた。
運動生理学をしっかり理解してピッチングを行えば、岸投手のように華奢であっても、潮崎コーチのような小柄であっても、最高のピッチングをすることが可能なのだ。筋力トレーニングを一生懸命やって怪我のリスクを高めなくても、150km近いストレートを投げることも可能なのだ。
ピッチャーにとって最も大切なことは、筋力アップをして球速を増すことではない。身体の構造をしっかりと理解した上で、最も理に適ったモーションで(球速アップも含めて)良いボールを投げることだ。西口投手や工藤投手と言った大ベテランたちは、このような理に適った投げ方をしているからこそこの年齢まで投げ続けることができている。
もし将来プロのピッチャーを目指している方がいれば、ライオンズであればぜひ岸投手・西口投手・工藤投手・星野投手のピッチングモーションを真似てもらいたい。フォームではない。モーションだ。もちろんフォームを真似てもらっても構わないが、大切なのはあくまでもモーション。
冒頭に出した本の内容では、肩・肘痛の根本を正すことは難しいだろう。むしろ本の内容を忠実に実行した場合、再発や更なる肩痛を誘発しかねない。逆に岸投手たちのモーションを真似て、なぜそのモーションが良いのかが理解できれば、息の長い現役生活を送ることができるだろう。
子どもを含めたアマチュア選手で、野球が嫌いになって野球をやめる選手は本当に少ない。野球をやめてしまうほとんどの理由が怪我と人間関係だ。だがもし野球指導者たちに正しい知識が備わっていれば、この両方を回避することができるだろう。少年野球においては集中できていない選手に対し「集中しろ!」と何度も怒鳴りつける監督を未だよく目にする。だがこれで集中できるなら子どもたちも苦労はしない。監督が怒鳴って良い時は唯一、子どもが悪いことをした時だけだ。
知識の乏しい監督やコーチは、子どもたちが自然と集中できるような指導ができないからこそ怒鳴りつけるしか手段がない。そして怒鳴られれば子どもたちは野球チームに行きたくなくなり、一瞬でもそう感じてしまえば上達はそこで止まってしまう。上達しなければ野球もつまらなくなり、チームを辞めてしまう。この問題は精神論や根性では解決できない。唯一の解決法は、指導者の指導レベルの向上だ。
集中できない子どもがいても、筆者なら5分もあれば集中させられる自信がある。逆を言えば、この自信がない監督やコーチは子どもを指導すべきではないだろう。
WBCのおかげで昨年は日本の野球人口が大幅に増加した。だからこそこれから野球を始める人たちにとっては指導者の知識・技術が大切になってくる。なぜ岸投手のモーションが良いのか?なぜ岸投手のカーブなら肘を痛める可能性が低くなるのか?せめてこれくらいの理解は必要だと筆者は感じている。
だがそんな岸投手にもある大きな弱点がある。それは食だ。岸投手は非常に食が細い。横浜高校出身だけに大食いの涌井投手のコメントを聞いている限りでは、恐らく岸投手は一般人である筆者よりも食が細い。
体型を比べてみると、筆者は175cmで70kgなのだが、岸投手は180cmで68kgしかない。もし岸投手の体重が75kgになれば、シーズン中盤以降でもスタミナ切れを起こさず、20勝を目指すことだって十分可能だろう。
岸投手はせっかく素晴らしい技術を持っているのだ。あとは食もトレーニングだということも実践していければ、涌井投手の成績を追い越す日もそう遠くはないはずだ。だからこそ筆者は今季、岸投手に最も大きな期待を寄せているというわけなのだ。
では、新年早々から非常に長い記事になってしまいましたが、改めまして本年も日刊埼玉西武ライオンズをよろしくお願いいたします。

2010年01月03日 13:43

Copyright(C) 2009-2010 日刊埼玉西武ライオンズ All Rights Reserved.



