涌井秀章投手、エースの自覚
エースの自覚。今年は涌井秀章投手にとって、それが大きく根付いた一年だったのではないだろうか。そしてそれは自覚だけではなく、チーム全体が認める雰囲気が漂っていた。何度も繰り返すようだが、涌井投手は本当に大きく成長してきたと思う。まだ松坂大輔投手がライオンズにいた頃、筆者は彼のことをどうしてもエースとは言えなかった。彼の実力、ピッチング、人間性はもちろん認めていたのだが、だがエースという言葉が絡んでくると、どうしても彼をエースと言い切ることができなかった。その理由は、時に見せるチームを最優先にしないピッチングだった。
それをひとえに悪いとは思わない。例えば平成の名勝負と謳われた清原選手と野茂投手の力と力のガチンコ対決。こういう対戦はファンを感動させ、また球場に行きたいという気持ちにさせてくれる。もちろん松坂投手にもこういう対戦は幾度となくあった。例えば初めてイチロー選手と対した99年5月16日、西武ドームでのオリックス戦。イチロー選手から奪ったあの3打席連続三振は、歴史に残る一戦だった。筆者も西武ドームにいたのだが、まさに手に汗握る対決だった。
だが松坂投手の場合それだけではなく、自分と戦ってしまう場面も多かったのだ。一言で言うと、理想が高すぎるのだろう。自分の理想からかけ離れたピッチングをしてしまうと、理想に近づけようとする気持ちが非常に強くなってしまう傾向がある。これは中高時代からのクセだ。
ピッチャーがマウンド上で戦う相手はあくまでもバッター。バッターを打ち取ることがチームへの貢献となる。いくら自分の理想に近いピッチングをしたとしても、そのプロセスの間で打たれてしまっては意味がない。チームにはどうしても勝たなければいけない試合がある。例えば日本シリーズだ。2002年はその典型の1つだと言えた。
逆に松坂投手とエースの称号を争った西口文也投手は、常にチームの勝利を最優先に考えたピッチングをしていた。だから他球団のエースたちもこう言っていた。「エースは西口、怪物は松坂」と。筆者もこの表現には共感できる。やはり涌井投手入団前のエースは、西口投手だったと思う。
そこで涌井投手に話は戻るのだが、涌井投手は松坂イズムを継承しながらも、西口投手のピッチングができるピッチャーに成長した。涌井投手のマウンドを見ている限り、マウンド上で自分と戦っている場面は外からではほとんど見られない。常に敵と対峙しているように感じることができる。それはもちろんバッターであり、日本ハム戦であれば親友ダルビッシュ投手であり。とにかく涌井投手は敵を倒すことを最優先にピッチングを行っている。
エースというのは、ただ凄いボールが投げられて、ただ勝てれば良いというものではない。マウンドに登っただけでチームの空気を変えられる存在でなければならない。「コイツが投げてるなら大丈夫。コイツが打たれたら仕方ない」。チームメイトにそう思ってもらえる存在でなければならない。
西武時代の松坂投手は「怪物」としてそう思われていたが、しかし今の涌井投手はエースとしてそう思われている。怪物とエースは、まったく別物なのだ。もし涌井投手が今後、松坂投手のように身体を大きくし過ぎなければ、恐らくライオンズのエースとして松坂投手の存在をいつか必ず追い抜けると思う。
(同じ怪物でも、清原選手は常にチームバッティングを最優先させた4番バッターだった)
ピッチャーにとって最も大切なことは、理想のピッチングをすることではない。試合で投げ勝つことだ。例えばマックス135kmが精一杯だった星野伸之投手でも、敵を倒すことに執着した結果、176勝を挙げている。現役時代の星野投手は183cmで65kgしかなかったというのに。
涌井投手は今年2度目の最多勝、沢村賞、ゴールデングラブ賞を獲得したが、契約交渉ではこれらの受賞を盾に球団スタッフの待遇改善を求めていくつもりらしい。具体的にはバッティングピッチャーやブルペンキャッチャーらの、遠征先への前日移動。現在は基本的に予算削減のため当日移動が余儀なくされているのだが、体力的にこれはあまりにも過酷だ。そのため涌井投手は改善を求め、球団に直談判をするらしい。
松坂投手も以前、球団スタッフの移動を選手同様グリーン車にするよう球団に改善を求め、連戦時のみだが受け入れられたという実績がある。これに倣ってというわけではないと思うが、涌井投手も球団スタッフの待遇改善に人肌脱ぐ覚悟のようだ。このような言動1つ1つを見ていても、やはり涌井投手にはエースとしての自覚がハッキリと表れている。ただ凄いボールを投げるだけでもなく、ただ勝てるだけでもなく。涌井投手はチームそのものに影響を与えられるエースへとステップアップしようとしている。
実力だけではなく、これだけの自覚があれば、来シーズンは背番号と同じだけ勝つことも決して難しくはないだろう。そのためにも今オフはしっかりと肩を癒し、また来年フル回転できるようにゆっくりと休んでもらいたい。
埼玉西武ライオンズというチームは、昔から本当にエースという存在に恵まれている。東尾修投手、渡辺久信投手、工藤公康投手、西口文也投手、松坂大輔投手、そして涌井秀章投手。さらにはその候補生として菊池雄星投手。
勝てるチームに不可欠なのはエース、名捕手、4番バッターだ。来季のライオンズはこの3人が怪我なくしっかり揃う。役者が揃った状態でエースがチームを引っ張っていければ、まず今年のような結果にはならないだろう。最悪でも3位、最低でも優勝争い。普通に力を発揮できれば優勝できるはずだ。そしてぶっちぎりで優勝するためにも、エース涌井秀章投手には来年も怪我なく投げ続けてもらいたいと思う。

2009年12月02日 16:05

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