#17 菊池雄星
#17 菊池雄星 - Yusei Kikuchi投手(先発タイプ)、左投左打
2009年ドラフト1順目
花巻東高~埼玉西武ライオンズ
岩手県盛岡市出身、1991年6月17日生、184cm / 83kg
雄星投手はなぜ本領を発揮できなかったのか?
雄星投手が今現在抱えている投球に関する欠点
雄星投手の肩がなかなか温まらない理由
ボール以上に素晴らしかった雄星投手の能力
直筆のお礼状を書くことにした雄星投手
菊池雄星投手がマスターすべき変化球
菊池雄星投手のピッチングフォーム解析
菊池雄星投手の入団会見、メディカルチェック
菊池雄星投手、春季キャンプ1軍帯同が内定
菊池雄星投手、埼玉西武ライオンズ入りへ!
西武1位指名候補の菊池雄星投手は、プロで通用するか?
高校球界ナンバー1投手・菊池雄星投手は、2009年10月29日に行われたプロ野球ドラフト会議にて6球団から指名を受けた。その時クビ引きで当たりを引いたのが埼玉西武ライオンズの渡辺久信監督だった。日米合わせて20球団による争奪戦が繰り広げられたわけだが、菊池雄星投手は晴れて埼玉西武ライオンズの一員となった。
花巻東高校での活躍を知るファンは多いと思う。2009年春の選抜高校野球大会では152kmを計測し、準優勝投手になった。そして夏の甲子園大会ではベスト4に輝いた。だがこの夏の甲子園大会で、菊池投手は背中を痛めてしまった。だがこの故障は起きてもおかしくなかったというのが、筆者の正直な意見だ。原因はピッチングフォームでも、相手チーム野手との交錯でもない。過度なストレスだ。
スター不在と言われていたこの世代に2009年春、突如として表れた菊池雄星投手。マスコミ、プロスカウトたちは放っておかなかった。しかもそのマナーは呆れるほどに悪く、話半分で聞いたとしてもマナーのかけらも感じられない。
マスコミはどうしてもピッチング風景を撮影したいということで、投球予定のない日に無理を言って投球させたり、誕生日にはプレゼントを渡している写真を撮りたいと言い、雄星投手の母親をわざわざ花巻東の寮まで連れて行ったこともあったそうだ。彼らはスポーツライターの端くれであるにも関わらず、スポーツマンシップという言葉は知らないようだ。
だがそれは一部のプロスカウトたちにも同じことが言えた。花巻東の試合を偵察に行って雄星投手の登板がないと、花巻東高の佐々木監督に次の登板予定日を教えるように迫ったそうだ。またメジャー球団のスカウトの中には、アポなしで花巻東を訪問し、学校関係者を困らせたこともあったようだ。
こういうことが数え切れないほどあったせいだろう。ドラフトで西武入りが決まった直後の会見で菊池雄星投手は、「学校や家族に迷惑をかけてしまった」とまずそれに対し謝罪をした。立派な大人であるマスコミやプロスカウトよりも、菊池雄星投手はよほど大人の対応をしている。高校ナンバー1投手という以前に、本当に素晴らしい1人の人間ではないか。
18歳の高校生を相手に大人気ない対応を繰り返したマスコミ、プロ関係者の影響で菊池投手は調子を落とし、それが夏の怪我に繋がってしまった。そしてその怪我は理不尽なことに、マスコミやプロ関係者からの評価を一気に下げることになってしまった。雄星投手がメジャー挑戦を口にした際は、日本プロ野球の衰退を心配するようなコメントばかりを飛ばしたマスコミやプロ関係者だったが、一連の対応により、彼らの心配が口だけだったことがよく理解できた。中にはしっかりとマナーやモラルを持ったマスコミ、プロ関係者もいるだけに、野球ファンとして上述した出来事が本当に残念でならない。
さて、菊池雄星投手だが彼の最も素晴らしい点はその人柄だ。花巻東の佐々木監督も、チームメイトも、雄星投手のことを悪く言う者は1人もおらず、それどころか彼の人間性を称える言葉ばかりが聞こえてくる。チームメイトにしても「雄星が評価されなければ、僕らが評価されるわけがない」という風にインタビューに答えていた。
そして夏の甲子園敗退時、グラウンドで泣き崩れた雄星投手の姿を覚えているファンも多いだろう。「この試合で壊れてもいい、最後になってもいいから、この仲間たちと優勝したかった」。雄星投手は号泣しながらそう口にしていた。これだけチームメイトを愛し、これだけチームメイトから愛される菊池雄星投手。10年後も20年後もこういう気持ちを失うことなく、野球を続けて行って欲しいと思う。そうすればライオンズ史上最高のエースピッチャーになることだってできるかもしれない。
筆者は今年の春・夏・秋を合わせて、菊池投手のピッチングは映像で4~5回見た程度だが、まだプロレベルのピッチャーでないことは確かだ。もちろんこの冬の取り組み次第では春季キャンプで1軍に食い込む可能性は十分あるが、しかし焦る必要はない。だが、彼は間違いなく近い将来大成するだろう。
雄星投手は、シアトル・マリナーズのイチロー選手に通ずる哲学をすでに持っている。そして準備・ルーティンの大切さも理解している。イチロー選手が最も大切にするのが準備作業で、その準備作業をルーティンにしている。試合前、そして打席前のイチロー選手は、どんな時も同じパターンの行動を繰り返し、どんな時もその流れのまま平常心でプレーすることを心がけている。
そのイチロー選手と同じように、雄星投手も準備やルーティンを怠らない。「準備をしないということは、失敗を目指しているのと同じ」とまで言い切っている。一体何人の高校3年生が、これだけの言葉を言い切ることができるだろうか?練習が終わると寮に戻り、着替え、食事をし、風呂に入り、ストレッチをし、野球日誌を書き、そして練る。雄星投手は常にこのルーティンを繰り返したそうだ。
また、食生活にも気をつけていて、中学時代からお菓子、炭酸飲料、カップラーメンの類は自主的に絶っていて、チームメイトが練習帰りにコンビニでお菓子を買い食いしていても、雄星投手だけは母親に作ってもらったおにぎりやパンを食べていたそうだ。
雄星投手のピッチングを見ていると、下半身の強さが際立って感じられる。身体の柔軟性も素晴らしく、しかもただ柔らかいだけではなく、野球にとって股関節の重要性を理解した上で柔らかいのだ。つまり天性だけではなく、しっかりとした勉強に基づいた知識に則って柔軟性をキープしている。そして下半身の強さは中学時代に身に付けたようだ。中学時代はシニアで野球をやっていたのだが、その頃はピッチングに関しての指導はほとんど受けず、ただひたすら走らされたそうだ。365日休まず毎日10km走をしたり、ポール間ランニングを100本繰り返したりの野球生活だったらしい。
このシニアチームの指導者の判断は正しかったと思う。中学生はとにかく身長がよく伸びる。故に変に指導をしてしまうことで、身体のバランスが整う前に身体がフォームを覚えてしまう。するとそれが将来的に悪いクセとして残ってしまい、身体が出来上がる高校生になるとそのクセがなかなか抜けなくなってしまうのだ。
中学時代までは、身体の成長に任せて野球を楽しむことが1番だ。中学までは、高校に入ってから必要な基礎体力をしっかりと身に付け、あとは野球を楽しむ。これだけで良いと思う。特にピッチャーを目指す子にとっては。
今現在の雄星投手の変化球の精度はかなり低い。だがそれは中学時代に良い意味で野球指導を受けなかったことが要因なのだ。つまり、今はまだ精度が低くて良いのだ。これから1~2年かけて、じっくりとプロレベルの野球を覚えていけば良いと思う。1年目から活躍しようなんて焦る必要はない。3年目にローテーションに食い込むくらいの目標で良いと思う。その結果もっと早く活躍できるようになればそれに越したことはないわけだ。
ライオンズのピッチングコーチ、そして監督なら、決して雄星投手を焦られるようなことはしないだろう。ファームには小野コーチ、石井貴コーチという人間味溢れた2人がいるし、1軍にはアマチュア野球マニアの潮崎コーチ、サウスポーの橋本コーチ、そして何よりもライオンズ黄金時代のエース渡辺監督がいる。雄星投手は、安心してライオンズで野球を覚えていけば良いと思う。
多い月には本代に3万円以上かけるという読書家の雄星投手のことだ。覚えていくスピード、理解していくスピードはどの選手よりも早いと思う。だからまずは焦らずに、まずはプロでやっていくための身体作りをしていって欲しい。そうすれば4~5年後には日本を代表するピッチャーに、10年後にはメジャーを代表するピッチャーになれるはずだ。菊池雄星投手には、間違いなくそれだけの資質がある。
そしてその資質を壊さないためにも西武球団は春季キャンプ中、しっかりと外敵から雄星投手をガードしてあげて欲しい。

2009年10月30日 01:34
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