<< #17 菊池雄星 | ホーム | 涌井秀章投手、11完投16勝で沢村賞を受賞! >>
小岩ジェッツ

#55 工藤公康



#55 工藤公康 - Kimiyasu Kudoh

投手(先発、リリーフ)、左投左打
1981年ドラフト6位
名古屋電気高(愛工大名電)~西武ライオンズ~ダイエーホークス~読売ジャイアンツ~横浜ベイスターズ~埼玉西武ライオンズ
愛知県豊明市出身、1963年5月5日生、176cm / 80kg
タイトル:シーズンMVP(1993、1999)、最優秀防御率(1985、1987、1993、1999)
最高勝率(1987、1991、1993、2000)、最多奪三振(1996、1999)
最優秀投手(2000)、ベストナイン(1987、1993、2000)
ゴールデングラブ賞(1994、1995、2000)
日本シリーズMVP(1986、1987)、正力松太郎賞(1987)

夢を与え続けている人、工藤公康
工藤投手、初の千葉自主トレ慣行
工藤公康投手、今オフはリリーバーとして本格調整
工藤公康投手の背番号が55に決定、その理由
工藤公康投手、16年振りの西武復帰が決定!
工藤投手西武復帰に関する続報
工藤公康投手の西武復帰ほぼ確実に
工藤公康投手、16年振りの西武復帰が有力!

工藤公康投手は、言わずと知れたライオンズ黄金時代の左のエースだ。そして渡辺久信投手、清原和博選手と共に、『新人類』として1986年に流行語大賞も受賞している。野球選手としてこの明るすぎる性格は、3人共に当時の先輩選手たちからよく叱られていたそうだ。だが元をたどればライオンズの現在の明るいチームカラーは、この3人が中心になり作ったと言っても過言ではない。

プロ入り前、高校時代の工藤投手は、3年時に出場した夏の甲子園大会2回戦で長崎西高校を相手に、甲子園18人目19回目のノーヒットノーランを達成している。そしてチームもそのまま勝ち進み、この大会ではベスト4まで進出した。高校球児としてはそれほど騒がれた存在ではなかったが、しかしプロに無視されるレベルの投手でもなかった。だが当時の工藤投手はプロ入りを頑なに拒み、ドラフト前から熊谷組入りを表明していた。

そんな工藤投手のことをドラフト6位で強行指名したのが、亡くなってもなお工藤投手らが「オヤジ」と呼び慕う根本陸夫管理部長(当時)だった。ドラフトで指名されてもプロ入りに難色を示していた工藤投手だったが、根本さんの眼力は正確だった。ひたすら説得を続け、何とか入団までこぎつけ、その後2009年まで28年間プロで投げ続けている。この大エース工藤公康投手が存在するのも、すべては故根本陸夫の眼力と尽力のお陰だった。

プロ入り後3年は、それほど目立った活躍をすることはなかった。だが3年目・84年のオフにメジャー留学をしたことで大きな経験を積むことができ、その後も当時の宮田征典投手コーチの指導により球速を10kmアップさせると、4年目からは主戦投手として活躍し出した。その85年は8勝3敗という成績を残し、最優秀防御率賞を受賞。左の先発としてしっかりとローテーションに定着した。

そしてその後の工藤投手の活躍は目覚しい。翌86年の日本シリーズでライオンズは広島相手に初戦を引き分けるものの、その後3連敗と崖っぷちに立たされた。だが第5戦の1-1で迎えた延長12回、辻初彦選手がフォアボールで出塁し、そのランナーを伊東勤捕手が送り、そこで打席に立ったのが工藤公康投手だった。工藤投手はこの試合、球界の兄として慕っている東尾修投手の好投の後を継いでいた。その打席で「1,2,3」のタイミングで振り抜いた内角球はライト線を破り、シリーズの流れをガラッと変えるサヨナラヒットとなった。

このサヨナラヒットでライオンズは蘇り、3連敗の後は4連勝して日本一に輝いた。もちろんこのシリーズのMVPは工藤投手だ。そして優勝を決めた第8戦に同点ホームランを放ち、バック転でホームインしたのが現ホークス監督の秋山幸二選手だった。

工藤投手は今年実働28年となり、来季も現役を続ければ29年となる。これはとてつもない数字だ。プロ野球は10年飯を食っていくことすら困難な世界で、毎年60人前後の新人が入ってくるものの、30歳までプロにいられる選手はその中のほんの一握りだ。結果を残せなければ容赦なくクビを切られるこの世界で、工藤投手は28年も投げ続けている。そして通算224勝を挙げ、今オフ横浜を戦力外になったにも関わらず、来季も現役を目指している。

では、工藤投手はなぜここまで長く活躍することができたのか?普通46歳であれば、四十肩でボールを満足に投げることもできない。だが工藤投手はまだプロ野球の1軍で投げ続けている。それを可能にする理由は、ピッチングモーション(ピッチングフォームではない)だ。筆者はこれまでにライオンズ投手陣のピッチングモーションについていろいろと書いて来たが、工藤投手のモーションはすべてが模範クラスのパフォーマンスなのだ。

筆者が小学生の頃、野球チームのコーチから「工藤の真似をして投げてみろ」とよくアドバイスされた。確か小学4年生くらいの時だったと思うが、そのアドバイスを元に筆者は来る日も来る日も工藤投手のモーションのトレーシングを行った。だが当時はその理由がよく分からなかった。ただ、真似をすることでボールがそれまで以上に走るようになり、小学6年生になると100km近いボールを投げられるようになっていた。

当時はそのメカニズムがまったく分からなかったのだが、と言うよりは気にしていなかったのだが、今考えてみると「なるほど」の一言に尽きる。工藤投手のピッチングモーションは、身体にほとんど負担をかけずに、最大限のパフォーマンスを引き出すために最適な動きをしているのだ。これはまさに模範であり、子どもが真似すべき最良のお手本だと思う。

まず一番素晴らしいのは、肩甲骨の使い方だ。分かりやすく言うと、テイクバック。工藤投手のテイクバックは、素晴らしいモーションの中でも格段に素晴らしい。ほとんどのピッチャーはテイクバックする際、腕の筋力を使って、「フォーム」としてテイクバックしようとする。だが工藤投手の場合はSSC(ストレッチ・ショートニング・サイクル)と言って、筋肉が持つ習性を活かし、身体にとって最も自然な「モーション」でテイクバックを行っている。そしてテイクバックの頂点にはしっかりとサイレント・ピリオド(筋力の活動がゼロの状態のこと)が存在しており、その後の腕のスウィングの加速を助長させている。

専門用語ばかりで大変申し訳ないのだが、とにかく工藤投手のピッチングモーションは生理学的に理に適った動きをしているのだ。そのために、よほど無理をしたり疲労を溜めない限りは大きな故障を起こさない。だからこそ28年間もプロで投げ続けて来れたのだ。

そしてさらに言えば、食生活にもアスリートとしてかなりのこだわりを持っている。粗食に関する本の出版にも参加しており、オフになるとファスティング(断食)にも取り組んでいる。筆者はファスティングに取り組んだことはないので詳しい方法は分からないのだが、身体のコンディションを整えるために大きな効果があるようだ。

また温泉治療も積極的に行っており、オフシーズンは効能の高い温泉の素を利用し、練習で疲れた身体の回復にも努めている。工藤投手曰く、最近の入浴剤は本当によく研究されており、実際の温泉とほとんど同じ効能を自宅のお風呂で得ることができるそうだ。

これだけ身体のケアをしっかり行っていることを知ると、28年間投げ続けていることにもうなづくことができる。それなのにヘビースモーカーであるという点はちょっとお茶目ではあるが、2008年にはタバコをやめてもらいたい有名人にランクインされていた。

94年オフにFA宣言をしてホークスに移籍し、その後は巨人、横浜と渡り歩いた工藤投手だが、横浜を戦力外になった今オフ、再びライオンズが獲得に興味を示している。西武の小林球団社長は「ドラフト次第」とコメントしていたが、そのドラフトでサウスポーを菊池雄星投手しか獲らなかったことを考えると、工藤投手のライオンズ復帰の可能性は非常に高いと思う。

野球選手として、アスリートとしてこれだけ模範的な選手がライオンズに復帰してくれれば、ライオンズにとってはそれだけでも大きな財産となるだろう。そして工藤投手のライオンズ復帰の噂を耳にした菊池雄星投手も、「工藤投手のようになりたい」と話している。そして菊池投手だけではなく、工藤投手に憧れて背番号47を背負っている帆足投手にとっても、工藤投手のライオンズ復帰は願ってもない喜びとなるだろう。

この記事を書いている10月31日の段階では、工藤投手が今後どのような進路を取るのかまったく明確ではない。ただ西武だけが獲得に興味を示しているという情報のみだ。だが西武の選手も、西武ファンも、工藤投手のライオンズ復帰を心待ちにしている。筆者としても是が非でも復帰してもらいたいと考えている。

とにかく野球に関して、誰よりも真摯な取り組みをしている選手だ。まだまだ若いライオンズというチームが再び常勝気流に乗るためには、必要な存在だと思う。工藤投手がライオンズに復帰すれば投手陣の底上げだけではなく、選手全体の意識向上にも繋がるはずだ。だからこそ筆者は復帰への願いを込めて、その日を待ちたいと思う。

 投球成績 Pitching Results




























西武ライオンズ
1982 27 1 1 0 - .500 122 28.2 22 0 21 2 1 29 1 0 11 11 3.41
1983 23 2 0 0 - 1.000 138 33.1 30 6 13 0 0 24 0 0 13 12 3.24
1984 9 0 1 0 - .000 53 12.1 10 1 10 0 1 8 0 0 4 4 2.92
1985 34 8 3 0 - .727 554 137.0 84 13 73 2 2 104 1 1 44 42 2.76
1986 22 11 5 0 - .688 586 145.1 111 22 56 3 1 138 1 0 53 52 3.22
1987 27 15 4 0 - .789 899 223.2 181 18 64 4 2 175 2 0 65 60 2.41
1988 24 10 10 1 - .500 694 159.0 164 18 70 6 1 94 4 0 77 67 3.79
1989 33 4 8 2 - .333 540 118.0 126 12 76 4 2 94 9 0 70 65 4.96
1990 13 9 2 0 - .818 359 85.2 58 11 46 1 2 89 4 0 33 32 3.36
1991 25 16 3 0 - .842 705 175.1 124 17 75 1 0 151 4 0 55 55 2.82
1992 25 11 5 0 - .688 645 150.2 140 17 69 3 3 133 4 0 60 59 3.52
1993 24 15 3 0 - .833 697 170.0 129 10 65 4 2 130 5 0 46 39 2.06
1994 24 11 7 0 - .611 554 130.2 120 12 44 0 3 124 2 1 54 50 3.44
福岡ダイエーホークス
1995 22 12 5 0 - .706 652 163.0 137 15 48 0 0 138 4 0 69 66 3.64
1996 29 8 15 0 - .348 867 202.2 207 17 70 2 1 178 6 0 94 79 3.51
1997 27 11 6 0 - .647 670 161.1 153 14 48 2 3 146 2 0 61 60 3.35
1998 15 7 4 0 - .636 386 93.2 90 8 28 1 2 65 0 1 35 32 3.07
1999 26 11 7 0 - .611 754 196.1 143 12 34 1 1 196 6 1 56 52 2.38
読売ジャイアンツ
2000 21 12 5 0 - .706 545 136.0 127 14 16 0 1 148 5 0 53 47 3.11
2001 5 1 3 0 - .250 103 21.1 35 3 7 1 0 8 2 0 21 20 8.44
2002 24 9 8 0 - .529 681 170.1 157 21 26 3 2 151 5 0 61 55 2.91
2003 18 7 6 0 - .538 483 117.0 117 15 22 2 3 115 1 0 56 55 4.23
2004 23 10 7 0 - .588 596 138.2 160 27 33 1 1 128 3 0 78 72 4.67
2005 24 11 9 0 0 .550 595 136.0 159 26 44 3 1 130 4 0 73 71 4.70
2006 13 3 2 0 0 .600 295 70.0 69 12 19 0 3 52 0 0 41 35 4.50
横浜ベイスターズ
2007 19 7 6 0 0 .538 442 103.2 118 6 28 1 4 73 2 0 46 45 3.91
2008 3 0 2 0 0 .000 70 13.2 21 3 5 0 1 7 2 0 13 8 5.27
2009 46 2 3 0 10 .400 172 37.1 53 11 14 1 0 24 2 1 30 27 6.51
通算 625 224 140 3 10 .615 13857 3330.2 3045 361 1124 48 67 2852 81 5 1372 1272 3.44


   


日刊埼玉西武ライオンズをフォローしよう!
baseball 記事を楽しんでもらえたら、ランキングに1球の投票をお願いいたします。
にほんブログ村 野球ブログ 埼玉西武ライオンズへ

2009年10月31日 00:51 

Baseball Times Online



Copyright(C) 2009-2010 日刊埼玉西武ライオンズ All Rights Reserved.