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小岩ジェッツ

もしもあの鳥になれたなら第1章 -2-

いけば、またいつか先発させてもらえるさ。だから今日のことはヨーグルトレモンを飲んで、さっさと忘れちまえ」

恒は入団当初から吉井に可愛がられていた。どこかに出掛けるとなれば吉井は必ず恒を連れ出し、メルセデスのサイドシートに座らせ、延々と野球談義に花を咲かせた。食事中も、酒の席でも、チームメイトとカラオケに行った時でも、吉井は恒に野球の話をして聞かせた。野球に対する情熱、考え方、哲学、技術。自分が持っているものをすべて恒に伝えようとした。
そんな吉井の熱い野球談義を聞かされると、恒はいつでも感銘を受けずにはいられなかった。吉井貴という野球人を心の底から尊敬していた。
恒はある日、吉井に質問をしたことがあった。
「貴さんっていつも野球のことを考えてるんですね。野球のことを考えない時間ってあるんですか?」
 しかし何気ない恒のこの質問は、吉井を怒らせただけだった。
「バカ野郎!俺たちはプロの野球選手だ。野球のことを考えない時間なんてあるもんか。二十四時間いつだって頭の中は野球のことばかり。お前も少しか見習ってみろ」
それ以来恒は、本当に吉井の野球に対する取り組み方を見習うようになった。オフの自主トレも毎年吉井と一緒に山に篭り、春季キャンプのブルペンでもいつも吉井の隣で投げ込みを行った。チーム内で誰よりも練習をこなしているエース吉井よりも、少しでも多くの練習をし、少しでも早く吉井に追いつけるよう努めた。吉井が百球の投げ込みをすれば、恒は百十球投げ込み、吉井がグラウンドを十周すれば、恒は十一周走った。
するといつしか恒のそんな努力が首脳陣にも認められ、消化試合と言えども初めてプロ初先発の舞台を与えられた。三回でノックアウトされてしまう散々な結果ではあったが。

恒の沈み切った気持ちがやっと落ち着いた頃、吉井は窓の外に目をやりながら独り言のように呟いた。
「やまない雨はない」
恒も窓の外に目をやると、いつの間にか小雨が駐車場に停められているメルセデスの、まるで火に掛けられたフライパンのようなボンネットを冷まそうと降り頻(しき)っていた。
「平尾、お前美空ひばりの歌好きか?」
雨に奪われたままの目で吉井が尋ねると、恒は「いえ、歌は聴いたことありません」と答えた。すると今度は、隣にある本屋から雨を避けながら、駆け込むようにしてカフェに入ってくる男性客を眺めながら、「聴いてみろ」と静かに言った。
恒がその言葉に答える間もなく、雨のせいで急に慌しくなったキッチンカウンターの方から、ヨーグルトレモンが注がれたちょっとした振動でも倒れてしまいそうなほどに細く背の高い二つのピルスナーグラスをトレンチに乗せて、あかりが急ぎ足で配膳して来た。
「お待たせ致しました。ヨーグルトレモンでございます」
あかりは店の忙しさをまるで感じさせない笑顔でそう言うと、慣れた手つきでグラスをテーブルに置き、吉井と恒それぞれにフレックスストローを直接手渡ししてくれた。そして満面の笑みで「ごゆっくりどうぞ」と言うと、ディシャップに並べられた出来立てのホットサンドが乗せられた皿を運ぶため、また急ぎ足で戻っていった。恒は不覚にもその後姿に見入ってしまった。そしてあかりの、朝の静けさの中をゆっくりと昇っていく太陽のように眩しい笑顔に、さっきまで沈み切っていた心のすべてをすっかり魅了させられていた。数時間前にマウンドで火だるまにされたことなど、恒はもうすっかりと忘れていた。あかりの笑顔はとても清廉(せいれん)で、雲一つない五月の青空のような明るさも兼ねている。恒は真向かいに吉井が座っていることも忘れ、視線のすべてをあかりの後姿に委ねていた。
吉井はまるで別世界に行ってしまった恒を怪訝そうに観察すると、その視線には切りがなさそうだと悟り、恒の頭を軽く小突いた。
「見すぎ」

恒は試合で打ち込まれたショックからはすっかり立ち直っていた。それは勿論吉井のアドバイスのお陰でもあったが、後から考えてみると確実にあかりの笑顔によるところが大きかった。
恒は吉井に小突かれて誤魔化すように窓の外に目をやると、さっきまでの小雨がいつの間にか夕立へと変貌していた。しかし二人がヨーグルトレモンを飲み終えた頃には、夕立を降らせる真っ黒い分厚い雲は、夏の顔をした真っ白いふわふわの積乱雲によってどこかに押しやられていた。

恒は先発して打ち込まれた翌日からは、敗戦処理投手としてブルペンに待機して、短いイニングだったがほとんど毎日マウンドに登った。二軍暮らしが長かった恒にとっては、一軍のマウンドで投げられるだけでも幸せだった。だが一軍半選手の恒はその幸せに甘えることなど許されず、常に結果を求められ、毎試合が勝負の場となる。ちょっとでも気の抜けた投球をしてしまえば、即二軍に戻されてしまい、恒としてはそれだけはどうしても避けたいところだった。だからこそ恒は、残り僅かなシーズンを死に物狂いで投げ続けた。

恒がプロ入りしたのは一九九七年。前年十一月のドラフト六順目で、投手として指名された。高卒ルーキーで契約金六〇〇万円、年俸四〇〇万円、背番号は五八。大きな期待をされて入った選手とは言えなかった。現に恒は甲子園出場の経験もなく、北海道のまったくの無名高校からの入団だった。プロ志望届けを出したとは言え、恒自身もまさかドラフトで指名されるなどとは夢にも思ってはなく、その当日は学校の図書室で野球部のチームメイトたちと雪で真っ白に漂白された窓の外の、まるで別世界のように美しい白銀の景色を眺めながら受験勉強をしていた。するとそこに息急き切らした野球部の顧問がやって来て、ひっくり返った声でドラフト六順目で埼玉レグルスから指名を受けたことを告げられた。
恒は突然の指名に驚きはしたものの、悩むことなく即決でプロ入りを決意した。高校三年間での練習量はどの名門校のエースピッチャーにも引けを取らなかった。それだけは恒自身が自分自身で自信を持っていることだった。練習は後悔しないだけ十分にやって来た。甲子園には行けなかったが、プロに行けばひょっとしたら芽が出るかもしれない。そういうプロ選手もたくさんいる。努力すれば必ずそれは報われる。恒は甲子園で怪物と騒がれている選手たちとは違い、類稀な才能には恵まれていなかったが、しかし怪物たちにも負けないだけの練習量は積んで来ていた。「練習は嘘をつかない」と言う野球部監督の言葉を信じて、高校三年間一日も休むことなく練習を続けた。その努力が例え下位指名と言えども、ドラフトで指名されるという最高の結果に結びついたのだった。甲子園で活躍をしていても、ドラフトで指名され

もしもあの鳥になれたなら



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2009年10月28日 02:52 

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