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小岩ジェッツ

#5 石井義人



#5 石井義人 - Yoshihito Ishii

内野手(ファースト、サード、セカンド)、右投左打
1996年ドラフト4位
浦和学院高~横浜ベイスターズ~埼玉西武ライオンズ
埼玉県川口市出身、1978年7月12日生、178cm / 80kg
タイトル:月間MVP(2005年5月)
2009年推定年俸:4300万円
ニックネーム:ジャッキ(足がO脚で、車整備機具のジャッキみたいだから)


1996年、浦和学院高校時代に甲子園春夏連続出場を果たした石井義人選手は、同年のドラフト4位で横浜ベイスターズに入団した。新人時代から非凡な打撃センスは横浜首脳陣から高い評価を得ていたが、しかし守備に難があるため横浜時代はレギュラー獲得どころか、1軍定着も叶わなかった。

横浜時代の1999年はファームで.373というハイアベレージを残し、翌2000年から1軍で活躍するようになった。規定打席には達しなかったものの、その年は1軍で.328という好成績を残し、代打率に限っては.444という凄まじい数字を残した。だが2001~2002年の横浜は森祇晶監督が指揮を執っており、ライオンズの黄金時代を知る人ならお分かりだと思うが、守備を重要視する野球を好んでいた。その影響もあり、レギュラーを獲得することはできなかった。

そして守備に対するプレッシャーも年々増していき、それが原因で本来のバッティングを見失ってしまう時期もあった。だがプロ4年目となった2002年のオフ、石井義人選手に転機が訪れた。2対2のトレードにより、西武ライオンズに移籍することになったのだ。それでも移籍1年目はやはり守備を重視する伊原監督が指揮を執っており、やはり守備難が原因で出場試合はさらに激減した。しかし2004年に伊東監督が就任するとその才能は一気に花開く。

2004年は自己最多の58試合に出場し.304を打ち、ライオンズ12年振りの日本一に貢献。さらに2005年は125試合に出場し、自身初の規定打席に到達し.312という素晴らしい打率を残した。

2008年、伊東監督から渡辺久信監督に代わると、石井選手はそれまで以上にチャンスを与えられた。だがそれでもなお守備難を克服することは出来ず、絶対的なレギュラー獲得には至っていない。そして同年4月にはファーストへのコンバートを渡辺監督から指示され、DHとファーストでの併用機会が増えていった。

守備での出場機会が少ないためにエラー数自体は少ないのだが、しかし記録には残らないエラーを頻繁に起こしている。2009年も筆者が見ている限り、石井選手が普通に守備をこなしていれば勝てていたゲームが数試合あった。例えば勝ち越しランナーの進塁を許してしまう1プレーや、ファーストゴロでの連携ミスなど、エラーとして記録に残ってはいないが、ピッチャーの足を引っ張る守備がいくつかあった。

石井選手は、ひょっとしたら守備に対する意識が低いのかもしれない。実際にどう考えているかは筆者には分からないが、ライオンズに移籍してきて以来、石井選手の守備の上達は感じられない。だが筆者としてはそれも悪くはないと思う。石井義人選手といえば“打撃の職人”と呼ばれるほどバットコントロールの優れた選手だ。守備に意識が奪われてバッティングを崩してしまうようなら、少しくらい守備に目を瞑っても高いバッティング能力を活かしてあげた方がいいと思う。

ただそうなるとどうしてもDHでの出場がメインになってしまい、2009年のように125試合で.300を打っても規定打席に到達しないという結果になってしまう。だが首位打者争いに固執しないようなら、これもまたいいのかもしれない。

石井選手のバットコントロールの上手さは、筆者が見る限りバットが出てくるタイミングにあると思う。左バッター特有のスウィングとも言えるのだが、胴体のスピンよりも1テンポ遅れてバットが出てくる。そのためストレートに関しては、一番遅くなるポイントで打つことができ、変化球に関しても軌道を予測できるだけの余裕を持ってバットを振りにいける。そして左バッターである石井選手がレフト方向へのヒットが多いのも、ただ流し打ちをしているというわけではなく、このようなバットが出てくるタイミングが大きく影響している。

一般的なバッターは、バットは基本的には利き腕とは逆の腕で振り抜く。左バッターであれば右腕でバットを引っ張ってスウィングをするのが普通。だが石井選手の場合は、右腕でバットを振っているように見えるのだ。これはテニスで言うところのフォアハンドストロークに違い。石井選手がレフト方向へヒットを打つ時は、だいたいがフォアハンドになっている。逆にライト側に引っ張る時は、バックハンドに切り替えて振り抜くことができる。つまりピッチャーの投球に合わせて、フォアハンドとバックハンドをしっかり使い分けているのだ。

こういう素晴らしいバッティング技術を持っているからこそ、“打撃の職人”と呼ばれているのだろう。もしこれで守備を普通にこなすことができていれば、恐らくどこのチームでもレギュラーを獲得できるはずだ。石井選手は、DHのあるパ・リーグに移籍してきて本当に良かったと思う。あのままDHのない横浜にいたら、恐らくほとんど出場機会に恵まれることはなかっただろう。これこそ、トレードが大成功した選手の好例と言える。

ライオンズでは2008年からアーリーワークが導入されているが、石井選手ももちろん参加している。だが調子が悪くなると参加はしないそうだ。その理由は、調子が悪い時のバッティングフォームを身体に刷り込みたくないかららしい。この発言だけを聞いても、石井選手のセンスの高さをうかがい知ることができる。

石井義人選手はまだ31歳になったばかり。これからいよいよ円熟味を帯びる年齢に差し掛かる。2010年はベテラン選手として、まだまだ若いライオンズナインをしっかり引っ張っていってもらいたい。そして日本一奪回に向けて、今年以上にキラリと光るヒットを量産してもらいたい。レオの安打製造機はまだまだ健在だ。

 打撃成績 Batting Results






























横浜ベイスターズ
1997 10 18 17 2 4 1 0 0 5 0 0 0 1 0 0 0 0 2 0 .235 .235 .294
2000 41 61 58 6 19 3 0 1 25 6 1 0 0 0 3 0 0 9 3 .328 .361 .431
2001 53 81 67 7 19 5 0 0 24 8 0 0 0 1 13 0 0 16 2 .284 .395 .358
2002 22 23 20 2 5 1 0 0 6 1 0 0 1 0 2 0 0 7 0 .250 .318 .300
埼玉西武ライオンズ
2003 8 12 12 0 5 2 0 0 7 2 0 0 0 0 0 0 0 4 0 .417 .417 .583
2004 58 169 138 22 42 9 0 2 57 16 1 1 1 0 30 1 0 24 4 .304 .429 .413
2005 125 471 414 48 129 25 3 6 178 38 7 5 1 1 51 3 4 74 9 .312 .391 .430
2006 67 213 186 32 58 10 0 3 77 16 3 0 2 1 23 1 1 35 1 .312 .389 .414
2007 92 296 260 26 66 14 0 2 86 17 7 0 4 3 29 0 0 53 2 .254 .325 .331
2008 108 335 306 31 85 21 1 4 120 29 0 1 0 4 25 2 0 53 2 .278 .328 .392
2009 125 422 383 48 115 17 3 6 156 39 3 2 5 1 30 1 3 73 7 .300 .355 .407
通算 709 2101 1861 224 547 108 7 24 741 172 22 9 15 11 206 8 8 350 30 .293 .364 .398


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2009年10月15日 13:05 


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