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小岩ジェッツ

#26 星野智樹



#26 星野智樹 - Tomoki Hoshino

投手(先発)、左投左打
1998年ドラフト3位
三重県四日市工~プリンスホテル~埼玉西武ライオンズ
三重県員弁郡東員町出身、1977年7月29日生、179cm / 74 kg
2009年推定年俸:6,000万円
球種:スライダー、カーブ、シュート
ニックネーム:ジョリちゃん(ひげが濃いから)、モミちゃん(もみ上げが濃いから)

星野智樹投手の年俸10%減は成?否?
チーム平尾のメンバーだけあって、ライオンズの中ではダントツに性格の明るい選手。しかも平尾選手同様、野球に対してはどの選手よりも真摯に向き合っている。明るいキャラクターからは想像も出来ないが、非常にストイックな選手でもある星野智樹投手。

入団は松坂大輔投手と同期で、1998年のドラフト3位。入団当初のライオンズは深刻な先発サウスポー不足に泣かされていたため、先発ピッチャーとして期待されていた。プリンスホテルという社会人出身ということもあり、即戦力投手としても期待されていたが、しかし1年目は初勝利を記録するものの、当時の東尾監督の期待に応えることはできなかった。そしてその後もなかなかきっかけを掴むことができず、入団からの5年間は1軍と2軍を行ったり来たりする生活が続いた。

そんな星野投手がきっかけを掴んだのが、2003年の福岡ダイエーホークス対阪神タイガースによる日本シリーズだった。そこで星野投手が目にしたのが、阪神の吉野誠投手(現オリックス)の投球フォーム。左のサイドから鋭く曲がるスライダーを多投し、ホークスの重量打線を沈黙させた姿。その吉野投手の姿が、星野智樹投手を変えることになった。

その年の秋季キャンプから、星野投手はさっそくピッチングフォームをオーバースローからサイドスローに変えた。2004年が背水の陣と言われていただけに、2003年の秋はまさに死に物狂いで練習に励んだらしい。するとその厳しい練習が見事に実り、2004年は左キラーのワンポイント投手として、チーム最多の56試合に登板し、防御率も2.15と一気に花開いた。この年以降星野投手は2006年まで3年連続50試合以上の登板を記録し、もはやチームに欠かすことの出来ないサウスポー投手となった。

だが2007年は低迷するチームに連動するかのように、星野投手の成績も一気に下がってしまった。左キラーであるはずなのに対左の被打率が.316と打ち込まれ、登板数も37に減ってしまった。過去3年の勤続疲労もピークだったと思う。

2008年は伊東監督から渡辺久信監督に代わった。その渡辺監督が最初に悩んだことが、自信を失った星野投手をどう甦らせるかということだった。渡辺監督の著書『寛容力~怒らないから選手は伸びる~ 』によると、渡辺監督は「星野は自分が1軍に定着しているというおごりがある」と感じたそうで、そのための荒治療として2008年の春季キャンプでは、渡辺監督は星野投手を1軍キャンプには呼ばず、2軍に帯同させた。その効果はすぐに現われたそうで、星野投手は危機感を覚え、今まで以上にストイックに練習をし、強い反骨心を見せてくれたそうです。

渡辺監督は、片平2軍監督に星野投手のケアもしっかり頼んでいた。一線級のピッチャーを2軍スタートにさせるわけなので、心が腐ってしまうことが心配されたための処置。しかし渡辺監督のこの心配は無用のものとして終わった。星野投手はしっかりと身体の切れを取り戻し、オープン戦直前にベストに近い状態で1軍に戻って来た。

そしてオープン戦2戦目の広島戦。9回裏2アウト満塁、1点差で勝っている場面。渡辺監督はブルペンの潮崎コーチに電話をし、「1番シビアな場面だから、ここで星野に投げさせて自信を取り戻させよう」と伝えた。渡辺監督の言うとおりまさに断崖絶壁とも言える場面。打ち取れば自信を取り戻せるが、もし打たれたら二度と立ち直れなくなる可能性もあった場面。しかもバッターは前田智徳選手。球界を代表する名選手。

このしびれる場面、星野投手は前田選手を見事キャッチャーへのファールフライに仕留めた。これで星野投手は一気に自信を取り戻し、オープン戦でさらに調子を上げ、2008年の4~5月はほとんどヒットすら許さない見事なピッチングを続けた。この広島戦での起用に関して渡辺監督は「今年は大事な場面でお前を使うからな!」というメッセージを込めていた。星野投手は、その渡辺監督の思いに見事応えた。

2008年、その後の星野投手の活躍に関してはまだまだ記憶に新しいところ。日本シリーズでは3試合に登板し、巨人相手に1本のヒットも許さず、アジアシリーズでも台湾チャンピオンの統一相手にノーヒットピッチを見せた。

そして2009年は中継ぎ陣が次々と崩壊する中、孤軍奮闘を続ける星野智樹投手。もし星野投手がいなかったらと考えると本当に恐ろしくなってしまいます。

そんな星野投手を筆者が応援する理由は、星野投手の野球に対する姿勢にあります。星野投手はリリーフ登板する際、ブルペンを出てレフト線(もしくはライト線)に沿って走り、3塁ベース(もしくは1塁ベース)付近で一旦立ち止まり、グラウンドに対し脱帽の上一礼してからレフト線をまたぎ、マウンドに向かって行きます。筆者は星野投手のこの姿を見る度に感動してしまいます。星野投手の野球への情熱、野球への尊敬を強く感じられるからです。

また球審から新しいボールを受け取る時も、必ず審判に対して脱帽した上で目礼をしています。普段は誰よりもおちゃらけた性格の星野投手ですが、野球に対する姿勢は球界ナンバー1だと思います。子どもたちにもどんどん真似して欲しいプロ野球選手の1人です。

サービス精神旺盛な星野投手ですが、今年の春季キャンプではこんな場面が見受けられました。赤田選手がカメラを持って選手たちを取材するという企画で、赤田選手の「ずいぶんヒゲが濃いですが、いつ剃ったんですか?」という質問に対し、「5分くらい前」と答え、周囲の爆笑を誘っていました。この愛すべきキャラクターの星野投手には、最低でもあと5年以上はライオンズのリリーフ陣を支えていってもらいたいと思います。

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2009年06月29日 20:39 

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