埼玉西武ライオンズニュース

三井投手、楽天に続きソフトバンクも不合格

昨年オフに戦力外通告された三井浩二投手が楽天に続き、ソフトバンクの入団テストでも不合格となった。三井投手は11月に行われたトライアウトでも決して悪い投球をしたわけではなく、楽天・ソフトバンクの入団テストでは好投とも言えるピッチングを披露していた。だが結局は、三井投手を欲しがる日本の球団は現われなかった。

その背景にはやはり、野球の実力以外のことが影響しているのだろうと筆者は感じている。三井投手は2008年オフ、ポスティングシステムを利用してのメジャー移籍に挑戦している。しかし入札に応じるメジャー球団はなく、結局2度のポスティングともに未入札に終わってしまった。その後三井投手はライオンズと再契約を結んだのだが、その時のコメントが喜ばしいものではなかった。

メジャーからはまったく見向きもされなかったという現実を突きつけられても、「もう1年ライオンズで頑張って、来年また挑戦したい」と口にしてしまった。このコメントは完全に、ライオンズを腰掛として扱っているという印象を球界・ファンに与えてしまった。結局は2009年も2008年同様に結果を残すことができず、功労者であるにも関わらずあっさりと戦力外通告をされてしまう。

三井投手を復活させることは可能だったと筆者は考えていた。完全復活とは言わずとも、どうにか1軍で投げられるレベルには戻れるのではないだろうかと。恐らく現場もそう考えていたと思う。貴重な左投手でもあるし、何よりも経験が豊富なピッチャーだ。いざと言う時に頼れるベテランとして活路を見出せる可能性は大きかったと思う。だがポスティング失敗後のあのコメントがあったために、西武球団も三井投手に対し人情が薄れてしまったのだろう。

三井投手が最初にプロから指名されたのはまだ高校3年生だった1991年のことだった。当時はまだパ・リーグのお荷物球団と呼ばれていたダイエーホークスと、阪神タイガースから4位指名を受け、競合の末ホークスが指名権を得たのだがそれを拒否し、新日鉄に入部した。その時の三井投手は「ドラフト3位以上での指名でなければ行かない」とコメントを残している。

もし三井投手がもう少しチーム愛を感じさせる言動をしていれば、ひょっとしたら戦力外になることもなく、なったとしてもどこかの球団が獲得を申し入れてくれたのではないだろうか。

今月ホークスの入団テストを受けて、好投をしたにも関わらず契約はしてもらえなかった。その理由をホークスの編成トップである王貞治球団会長は「支配下の枠がネック。外国人選手が故障した時のことも考えないといけない」とコメントしている。本当に支配下の枠がネックだったのなら、始めからテストを行っただろうか?

王会長は非常に人情味のある人物だ。思い遣りがあり、大きな心を持っている。その王監督が、テストで好投したにも関わらず三井投手に残した言葉は枠の問題だった。長年に渡りホークスの監督を務めた王会長なら、当然三井投手のこれまでの言動は把握しているはずだ。また三井投手のピッチャーとしての実力も分かっているはず。そう考えるとやはり、実力以外の何かが獲得を思いとどまらせたとつい考えてしまう。

実際は本当に枠の問題だけだったかもしれない。だが内情を知らない我々ファンにとってはやはり、三井投手の過去の言動が尾を引いているのではと勘繰ってしまうのも正直なところだと思う。三井投手のファンに対しては大変申し訳ないが、純粋に投手としては素晴らしい能力を持っていたとしても、36歳のベテラン投手という意味では力不足だったと筆者は感じていた。

2010年03月06日 02:50 

明暗が分かれた西口投手と、小野寺投手

オープン戦も始まり、徐々に選手個々の状態も明確に見えてきた。先発ローテーションに関しても開幕投手は涌井投手でほぼ決定的で、裏ローテの一番手もやはり岸投手が濃厚だろう。そこに3~5番手として帆足投手西口投手石井一久投手が入り、6番手を野上投手平野投手武隈投手で争うことになると思う。

先発投手陣に関しての仕上がりは悪くないとは思うが、リリーバーに関しては今年も磐石とは行きそうにない。まずグラマン投手が開幕に間に合うか微妙な情勢の中、工藤投手も左肘に張りを訴え2軍調整となった。そして期待の小野寺投手に関しても2イニング連続で先頭バッターにフォアボールを与え、サヨナラ負けの原因を作ってしまった。

渡辺監督からすれば、小野寺投手の乱調が最も頭の痛いところだと思う。グラマン投手に関しては、元々ゴールデンウィークを目処にしていたし、工藤投手に関しても焦らせる必要はなかった。だが小野寺投手の場合は違う。小野寺投手は開幕からやってもらわなければ困る存在の投手なのだ。それがせっかく1軍に上がってきた直後の登板で、2イニング連続先頭打者へのフォアボール。これには渡辺監督も「問題外」と呆れるしかなかった。

渡辺監督は、グラマン投手が開幕に間に合わなかった場合はシコースキー投手をクローサーとして起用することをもうすでに決めているようだ。本来であればここで迷わず小野寺投手を起用したいところだとは思うが、小野寺投手自身がそうさせてくれない。

筆者はまだ今年の小野寺投手のピッチング映像を見ていないため、どこが良くてどこが悪いのかはまだ分からない。だがフォアボールの出し方、ヒットの打たれ方を見れば、状態が良くないことだけはよく分かる。先日の記事では小野寺投手が打たれてしまう理由について書いたが、やはり筆者のようなアマチュアにも弱点が気付かれてしまうというのは、プロとしてはまだまだ物足りなさばかりが残ってしまう。簡単に修正できることではないが、小野寺投手には何としてでも開幕までにはしっかりと仕上げて行ってもらいたいと思う。

そして2005年以来2ケタ勝利から遠ざかっている西口投手だが、こちらはかなり状態は良さそうだ。まだまだ仕上げという段階ではなさそうだが、開幕2週間前としては悪くはなさそうだ。あと1試合どこかで5イニング以上投げて問題がなければ、開幕ローテーション当確と言っても問題ないだろう。

その西口投手は昨年まではSSKの黒いグラブを使っていたが、今年からは色をオレンジがかった赤のグラブに変えている。パッと見だけで実際の詳細までは分からないが、2009年までとは若干仕様も変えているように筆者には見えた。これまではずっとブルーやブラックのグラブを愛用していた西口投手が、今年急に赤いグラブに替えたのはやはり験担ぎからだろうか。もしそうならば、今年はこのグラブが西口投手に勝ち運を運んできてくれそうな予感がする。

ここまでは西口投手と小野寺投手とでハッキリと明暗が分かれてしまったが、開幕まではまだ2週間ある。西口投手はさらに調子を上げ、小野寺投手には何とか復調してもらいたいと思う。

2010年03月04日 21:53 

中村剛也選手、2008年に続き顔面を骨折

渡辺監督の言う通り、本当におはらいが必要なのかもしれない。中村剛也選手が3月3日に行われたホークスとのオープン戦、6回の打席で自打球を顔に当て、右目眼窩底を骨折した。眼窩(がんか)とは頭蓋骨における眼球を収めるためのくぼみのことで、中村選手は右目側のこのくぼみの下部を骨折してしまった。今のところ骨折と腫れだけでそれ以上の症状は出ていないようだが、今後万が一目の奥に痛みを感じるようになればオペ(手術)も必要になってくると、佐々木チーフトレーナーは話している。

だが当の中村選手本人はそれほど深刻ではない。「前より痛くはない。本当に折れているんですか?・・・おなかがすいた」と話しているほどだ。このコメントを聞く限りでは開幕に影響することはないのかな、とも思ってしまうが、骨折個所が個所なだけに、油断することはできないだろう。

プロ野球という世界で何年も生きている選手であっても、顔面を骨折する選手は非常に稀だ。それが中村選手の場合、2008年に続き2度目となる。しかも先月25日にはブラウン選手のバットが顔面に直撃し、鼻を打撲している。ここまで顔面渦が続くと、渡辺監督の「おはらいが必要」という言葉にも重みを感じてしまう。

2008年に頬骨を骨折した時はデッドボールだった。左頬(きょう)骨の骨折で、この時は特種シールドを装着したヘルメットを被り、2日後から試合に強行出場していた。だがこの時はボールが見づらいということで、すぐに普通のヘルメットに被り替えていた。そして骨折した4日後には、もうホームランを打っていた。

2008年のデッドボールにしろ、昨日の自打球にしろ、すべては内角攻めが原因となっている。これだけ執拗に内角攻めされるということは、それだけマークされているということで、つまりは大打者の証と言えるだろう。だが怪我をしてしまっては元も子もない。今回の自打球にしても、もしあと1cm上部にぶつかっていたら失明の恐れもあった。

インコースを得意とする選手は少ない。ライオンズでは後藤武敏選手G.G.佐藤選手くらいだろう。中村選手もインコースは得意とはしていないのだが、インコースであってもベルト付近に来たボールは良く打っている。筆者は昨日の自打球は映像ではまだ確認していないのだが、オープン戦であえて苦手なインコースを打ちに行ったということは、ひょっとしたらベルト付近のボールだったのかもしれない。そしてそのボールが予想よりもボール1つ分高かったためにファールチップとなり、それが自打球となったのかもしれない。

とにかく開幕を前にした4番の離脱は、V奪回を目指すチームにとっては計り知れないダメージとなる。そうならないためにも患部がこれ以上腫れることなく、1日でも早く快方に向かうことを祈りたいと思う。

2008年もそうだったが、顔面の骨折は中村選手にとっては大きなストレスになるだろう。口を上手く動かせなくなるため、消化の良い柔らかいものしか食べられなくなる。「おかわり」が座右の銘の中村選手だけに家族の温かいサポートのもと、1日でも早く回復し、また美味しいものをたくさん食べられるようになってもらいたいと思う。

2010年03月04日 07:00 

赤田選手のトレードは、西武側の要望で実現

赤田選手のトレードはファンにとってもチームにとっても悲しい出来事となった。しかし赤田選手本人にとっては、これが吉となるトレードとなって欲しい。

筆者はこのトレードが、てっきりオリックス側からの要望で実現したものだと思っていた。しかし実際には西武側が申し入れる形で成立したらしい。オリックスの岡田監督自身も驚いていて、まさかストーブリーグが終了したこの時期になって、しかも同一リーグでトレードが成立するとは思っていなかったようだ。現に小瀬選手の穴は空けたままシーズンを迎える覚悟だったらしい。

西武がこのトレードを申し入れたのは、恐らくは親心からだろう。決して赤田選手が必要ではなかったということではない。むしろ赤田選手はライオンズというチームを1つにまとめるためにも必要な選手だった。それでも西武が赤田選手を放出したというのは、やはり親心なのだろう。

近年ライオンズの外野争いは熾烈を極め、赤田選手は怪我などもありなかなかレギュラーを獲得することができなかった。真面目な性格である赤田選手にはこれがプレッシャーにもなっていただろう。本来ならば自分がチームを引っ張って行かなくてはならないのに、怪我をしたり調子が上がらずにファームに落ちたり。気持ちと身体がリンクして行かないジレンマもあったと思う。

それならば、ライオンズよりももっとレギュラーを獲得しやすいチームに移籍させてあげ、もっと伸び伸びと野球をあらせてあげたいと球団は考えたに違いない。プレッシャーの少ない場でプレーをさせてあげれば、赤田選手はもっと結果を出せる選手だ。

赤田選手にはオリックスで確固たるセンターの定位置を獲得し、笑顔で西武ドームに帰ってきてもらいたい。そしてその時にはぜひファン全員で、スタンディングオベーションで迎えてあげましょう!

2010年02月19日 14:49 

赤田将吾選手、18日朝に伝えられたトレード

赤田選手本人にトレードが通告されたのは、18日の午前9時半のことだった。アーリーワークを終えると球団スタッフに呼ばれ、オリックスへの移籍を告げられた。このニュースは筆者にとっても本当に悲しいものだった。昨年からトレード話が頻繁に浮上していた赤田選手ではあったが、球団はそのたびに「トレードの話はない。これからもライオンズで頑張って欲しい」と赤田選手に伝えていた。だが現実は違い、春季キャンプも終盤に差し掛かるこの時期でのトレードとなった。

その背景にあるのは当然小瀬選手の死だ。小瀬選手の穴を埋めるべくオリックスが探していたのが俊足巧打の外野手だった。そして主戦級の選手以外となると若干層が薄くなるライオンズの内野陣。この2チームの思惑が合致し、今回のトレードに至った。

ライオンズのナインに伝えられたのは、18日に行われた韓国斗山との試合後だった。試合中は誰も赤田選手のトレードのことは知らず、知るのは赤田選手のみ。だからこそ赤田選手はこの試合で何が何でもヒットを打ちたかった。すると途中出場した8回での打席、その強い思いが実を結び、ライオンズでの最終打席をライト前ヒットで締めくくった。

試合後、ナインは食堂に集められて赤田選手のトレードの話を聞かされた。誰よりも先に号泣し出したのはエース涌井投手だった。涌井投手は石井貴投手が引退した2007年の西武ドーム最終戦でも号泣している。一見クールに見えるが内面はとても繊細で、感情の豊かな選手なのだ。そしてそんな涌井投手の姿を見てもらい泣きしてしまったのが、当の赤田選手だった。

トレードが知らされるとナインは赤田選手を外野に引っ張り出し、胴上げをした。背番号と同じく9回、赤田選手は宙を舞った。その間も赤田選手はずっと目頭を押さえていた。ライオンズというチームはチームであると同時に、ファミリーでもある。こんなに温かい雰囲気のチームは、他を探しても見つからないはずだ。

11年間まとったライオンズのユニフォーム。ライオンズのコアなファンから、誰よりも愛された選手が赤田将吾だった。そしてライオンズのために、ライオンズファンのために、誰よりも尽力してきたのも赤田将吾だった。度重なる怪我に熾烈な外野争い。赤田選手にとっては必ずしも良い時期ばかりではなかった。2004年にブレイクをするもその後は長い時期を怪我のためにファームで過ごした。

だが赤田選手はライオンズを愛し、ライオンズもまた赤田選手を愛した。だからこそこのトレードには非常に驚いてしまった。筆者としても「まさか」という思いが強かった。近日アップするつもりで赤田選手のコラム記事も書き溜めていただけに、この突然のトレードには本当に驚いてしまった。

怪我さえなければもっと早い時期にレギュラーの座をつかめていたと思う。松井稼頭央選手に憧れているだけに、ファンとしても赤田選手には稼頭央選手のような選手になってもらいたかった。ライオンズのユニフォームを着て。

筆者が初めて赤田選手のプレーを見たのは99年の後半戦だった。松坂大輔投手とともに高卒1年目で、2軍で大活躍をしての1軍昇格だった。当時の東尾監督は松坂投手の話し相手として赤田選手を昇格させたのだったが、しかし赤田選手は昇格後、13試合で14安打放つという活躍を見せた。まだセカンドを守っていた時期だったと思う。

入団時から応援し続けている選手が移籍、引退してしまうのは、ファンとしては本当に悲しい。だが一緒に戦い続けたナインたちはもっと悲しいのだろう。マウンドではあれだけ度胸満点のピッチングをする涌井投手であっても、涙を押し殺すことは出来なかった。そして未だB班にいる親友小野寺投手にとっては、とても悔いが残ったことだろう。本来ならばA班で一緒に胴上げをしてあげたかったはずだ。

ファンとしては本当に悲しいことではあるが、今シーズン赤田選手が西武ドームに帰ってきたら、筆者は心からの拍手を送ってあげたいと思う。

赤田選手、オリックスに行ったら今まで以上に大活躍し、いつか選手・指導者としてまたライオンズに帰ってきてください。大阪でも暴れん坊将吾で頑張れ!!

赤田選手本人のトレードに関するコメント
小野寺力投手のコメント
藤田太陽投手のコメント

2010年02月19日 01:56 

赤田将吾選手、オリックス阿部選手とトレード成立

赤田将吾選手のオリックスへのトレードが球団から発表された。突然のトレード成立に赤田選手は「気のいい仲間と野球をやらせてもらい、選手会長としてビールかけの音頭をとったことが思い出です。前向きにとらえて頑張ろうと思います」とコメント。赤田選手はライオンズ、そして埼玉に本当に大きな貢献をしてくれた。オリックスに行っても頑張ってもらいたいと思うし、今まで以上の活躍をしてもらいたいと思う。

赤田選手のトレード相手は阿部真宏選手で、それぞれ19日から新チームに合流予定。

2010年02月18日 17:07 

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